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拒絶されたのは

眩い光が、すべてを飲み込んだ。


「――ッ!」


身体が浮く。

 

足場が消える。


上下も左右も分からない。

ただ、凄まじい勢いで何かへ引き寄せられていく感覚だけが全身を襲った。


「オサリア!」


誰かの声が聞こえる。


サクヤだ。


返事をしようと口を開く。


しかし声は光へ呑まれ、何一つ届かなかった。


次の瞬間――


〈ドンッ!!〉


身体が固い石畳へ叩き付けられた。


「っ……!」


肺から息が漏れる。

遅れて、あちこちから着地音が響いた。


〈ドサッ〉


〈ガシャン〉


〈ゴトッ〉

 

〈タッ〉


「いってぇ……ッ」


グランヴィアが頭を押さえながら起き上がる。


「全員いるか!」

「……生きてる」


イリアスが咳き込みながら銃を拾い上げる。


「サクヤ!」

「おる!」


「ヨザキ!」

「……問題ない」


最後に。


「オサリア!」


「……うん」


掠れた声で答える。


グランヴィアが安堵したように息を吐いた。

ヨザキはローブに着いた砂を払い、ゆっくりと立ち上がる。


「成功した……か」


その一言に、全員が周囲へ視線を向けた。


「――」


誰も言葉を失う。


目の前にそびえ立っていたのは、巨大な白い門。

見上げても終わりが見えない。

滑らかな白亜の扉一面へ、幾重もの神聖文字が刻まれている。


その周囲を囲むように展開された、巨大な魔法陣。


風はない、鳥も鳴かない。虫一匹の気配すらない。

世界から音だけが切り取られたような、異様な静寂。


見渡す限り、地平線というものがなかった。

足元の遥か下、雲の切れ間に。

鈍く光る海面が僅かに覗いていた。

 

「……ここが、サンクチュアリ……」


オサリアが小さく呟く。

ヨザキは静かに首を横へ振った。


「ここは入口だ」


白い門を見上げる。

ヨザキは門へ刻まれた神聖文字へゆっくり視線を走らせた。


「転移術式は、ここまでしか繋がっていない」


静かに息を吐く。


「この先は勇者だけが認証を受け、門を開ける」


白亜の扉へ視線を向ける。


「……つまり」


イリアスが眉をひそめる。


「ペプシルはもう、この先にいるってことか」


「その可能性が高い」


ヨザキは短く答えた。


沈黙。


全員の視線が、巨大な白い門へ集まる。


向こう側に、ペプシルがいる。


そして——プルーも。


オサリアは拳を握り締めた。


「……迎えに行こう」


誰に向けた言葉でもない。

それでも、その一言だけで全員が頷いた。


ふらつく足で、オサリアが一歩踏み出す。


白い石畳へ、小さな足音が響く。


「オサリア」


サクヤが思わず呼び止める。


「……無理だけはしたらあかん」


オサリアは振り返らない。

ただ、小さく頷いた。


「大丈夫」


そう答えた声は、少しだけ掠れていた。


門の前へ立つ。

見上げても終わりが見えないほど巨大な白亜の扉。

幾重にも刻まれた神聖文字が、静かな光を湛えている。


ヨザキがゆっくりと口を開く。


「侵食は、一度始めれば止められない」


静かな声だった。


「成功する保証はない」


「……うん」


「途中で術式に弾かれれば、その反動はすべて君へ返る」


オサリアは目を閉じる。

ゆっくりと息を吸い込んだ。


「それでも」


小さく呟く。


「行かなきゃ」


脳裏に浮かぶ。

笑いながら歩く金髪の青年。


『…悪くない』


不器用に笑う、その顔。


「……待ってて」


誰にも届かないほど小さな声。

右手を、ゆっくりと持ち上げる。


指先が震えていた。

鼻の奥が熱い。

身体は、もう悲鳴を上げている。


それでも。


白い門へ向かって、手を伸ばす。


「闇よ――」


指先が、扉へ触れた。


その指先が扉へ触れた瞬間――


〈ゴォォォォ……〉


大地が鳴動した。


「――ッ!?」


全員が息を呑む。


白亜の門全体へ黄金の紋様が一斉に駆け巡る。

幾重にも刻まれた神聖文字が、眩い光を放ちながら浮かび上がった。

 

「……え」


オサリアの口から、間の抜けた声が漏れる。


白亜の門は、まるで長い眠りから目覚めるように。

ゆっくりと、独りでに開き始めた。


〈ゴォォォ……〉


低い音が空間を震わせている。


「は……?」


イリアスが固まる。

グランヴィアも、大剣を握ったまま言葉を失った。


「なんや……」


サクヤは目を見開く。


「闇魔法……使う前やろ……?」


オサリア自身も、信じられないように自分の手を見つめていた。


まだ、魔力は流していない。

闇魔法も発動していない。


ただ、触れただけだった。


「どうして……」


掠れた呟きが零れる。


その横で。


ヨザキだけが、門を見上げていた。


神聖文字。

認証術式。

流れ始めた魔力。


紫色の瞳が、静かに揺れる。


「……そういうことか」


誰にも聞こえないほど小さな声。

その視線だけが、オサリアから離れなかった。


〈ゴゴゴゴゴ……〉


重く。


あまりにも重い音が、大地そのものを震わせた。

白亜の門が、ゆっくりと中央から開いていく。


眩い光。


違う。

向こう側から溢れているのは、白く澄んだ霧。

静かに流れ出した霧が五人の足元を撫でる。


冷たくも、暖かくもない。

ただ、触れた感覚だけが曖昧に消えていく。


「……開いた」


グランヴィアが呆然と呟く。


誰も動けなかった。

勇者しか開けられない。


そう聞かされていた門が。


今——オサリアへ応えた。


「ヨザキさん……」


掠れた声で、オサリアがゆっくりと振り返る。


「うち……何もしてない」


その声には、困惑しかなかった。


ヨザキは答えない。

紫色の瞳は、白い門だけを見つめていた。


「……」


何かを考えている。

だが、それを口にすることはなかった。


「今は、先へ進もう」


静かな一言だった。


「ペプシルを探すのが先だ」


その言葉で、全員がようやく我に返る。


「……せやな」


サクヤが槍を握り直す。


「理由なんて後でええ」


イリアスも小さく頷く。


「アイツを連れ戻す」


グランヴィアは大剣を肩へ担ぎ直した。


「それだけだ」


オサリアだけが、もう一度だけ門を見上げる。


自分を迎え入れるように開いた、白亜の門。

胸の奥が、微かにざわついた。


知らない場所のはずなのに。

どうしてか、懐かしい。


そんなはずはない。


「……行こう」


小さく呟き、白い霧の中へ一歩を踏み出した。


 

白い霧は、足音さえ呑み込もうとする。


〈コツ……〉


石畳を踏む音だけが、微かに耳へ残る。

誰も口を開かない。


霧の向こうには、果てしなく続く白い道。


左右には、天を支えるような巨大な柱が等間隔に並び、その先は何も見えなかった。


風は吹かない。

空気すら動いていない。


「……静かやな」


サクヤが思わず呟く。

返事はない。

その声さえ、霧へ吸い込まれるように消えていく。


「生活の気配がしねぇ……」


イリアスが辺りを見回す。

 

民家も。

畑も。

灯火さえ見当たらない。


ただ白だけが続いている。


「……妙だ」


ヨザキが立ち止まる。


「人はいる」

「え?」


グランヴィアが振り返る。

ヨザキはゆっくりと前方を指差した。


「足音がする」


全員が息を潜める。


耳を澄ませると。


〈……コツ……コツ〉


誰かが一定の間隔で、歩いている。

ゆっくりと。

その音だけが霧の奥から聞こえてくる。


やがて。


白い霧の向こうに、人影が浮かんだ。


純白の法衣。

両手を胸の前で組み。

俯いたまま、一人の老人が歩いている。


「……!」


五人は身構える。


しかし、老人は五人を見ない。

視線すら向けない。

ただ、決められた道を歩き続ける。


すれ違いざま、オサリアは思わず息を呑んだ。


法衣の下の首も、手首も。

骨の形がそのまま浮き出るほど細い。

 

瞼は落ち窪み、唇には血の気がない。

歩き方だけが、長年繰り返してきた動作のように迷いなく、それがかえって恐ろしかった。


「……生きてるん、だよね」

 

〈コツ……〉


〈コツ……〉


そのまま五人のすぐ横を通り過ぎる。


表情はない。

呼吸も聞こえない。

生きているのかさえ分からない。


「お、おい……」


グランヴィアが恐る恐る声を掛ける。


「アンタ――」

「……」

 

反応は、ない。

老人は足を止めることなく、霧の向こうへ消えていった。


「……なんやねん」


サクヤが小さく息を吐く。


「聞こえへんかったんか……?」


「いや」


ヨザキは静かに首を振る。


「あれは聞こえていた」


「……でも」


紫色の瞳が老人の消えた先を見つめる。


「答えるという発想自体が、最初から無い」


その言葉に、全員が黙り込んでしまった。

 


再び歩き出せば、白い霧は少しずつ薄れ視界が開けていく。

しばらく歩いた後。


「……階段?」


オサリアが足を止めた。


横幅が随分と広い、白い石段があった。

何十人が並んでも余るほどの幅を持つ大階段が、

緩やかな弧を描きながら上へと続いている。


その先は霧に隠れ、終わりは見えない。


「上へ……続いとる」


サクヤが見上げる。

イリアスも目を細めた。


「街、ってトコじゃねえな……」


その呟きに答えるように。


階段の脇を、一人、また一人と白い法衣の信徒が無言で登っていく。


誰も会話をしない。

誰も周囲を見ない。

ただ、祈るように両手を重ね、一段ずつ階段を踏みしめていた。


〈コツ……〉


〈コツ……〉


〈コツ……〉


一定の足音だけが静寂へ溶けていく。


「……みんな、上に向かってる」


オサリアが小さく呟く。

ヨザキは視線を階段の先へ向けたまま、静かに口を開く。

 

「神を迎えるための、巨大な塔」


紫色の瞳が霧の向こうを見据える。

その言葉に、全員が改めて周囲を見回した。


白い柱。

白い壁。

一定の間隔で設けられた回廊。

どこまでも上へ伸びていく構造。


“街”ではない。

 

一つの巨大な建造物。

 

神を召喚するためだけに築かれた、果てしない塔。


「……気味悪ぃな」


イリアスが肩を竦める。


「こんなとこで、何千年も暮らしてんのか」

「暮らしてる……のか?」


グランヴィアが苦く笑う。


「生きてる、って感じがしねぇよ」


その言葉を、誰も否定はしなかった。

 

その時。

 

〈さら……〉


微かに、今まで聞こえなかった音が耳へ届く。

水音だった。


「……?」


オサリアが顔を上げる。

石段のさらに上。

霧の向こうで、陽光のような白い光が揺れている。


「水……?」


ヨザキの視線もそこへ向く。


「行ってみようや」


サクヤの声で、五人は再び石段を踏み出した。

水音は、静かな塔の中へ響いていた。


〈さら……〉


水音は、一段上るごとに少しずつ大きくなっていく。

白い石段は終わりを知らないように続いていた。


やがて。


霧がゆっくりと晴れる。


「……っ」


オサリアが思わず足を止めた。

石段の先には、大きく開けた円形の広間が広がっていた。


中央には、透き通る泉。


水底まで見えるほど澄み切った水が、静かに光を湛えている。


天井は遥か高く。


どこから差し込むのかも分からない柔らかな白い光が、水面を淡く照らしていた。


〈さら……〉


泉の中心から湧き上がる水が、小さな波紋を幾重にも描いている。


それだけだった。


「……綺麗」


オサリアが思わず呟く。


その声は、静かな空間へ溶けていった。

 

泉の周囲には、何十人もの信徒が静かに膝をついている。


誰も会話をしない。

誰も顔を上げない。


ただ、両手を組み、泉へ祈りを捧げている。


「ここも……」


サクヤが小さく息を吐く。


「祈っとるだけなんやな」


ヨザキは泉を見つめたまま、ゆっくり口を開いた。


「……違う」


四人が振り向く。


「見てごらん」


泉の縁へ、一人の少女が歩み寄る。

年は十歳ほど。


純白の法衣を纏ったその少女は、何も言わず両手で水を掬った。

ゆっくりと口へ運ぶ。

その瞬間。

少女の青白かった頬へ、ほんの僅かに血色が戻った。

ふらついていた足取りも、徐々に安定する。


「……回復してる?」


イリアスが目を細める。

ヨザキは静かに頷いた。


「生命力を補う泉だ」

「長時間祈り続けるための……」


「栄養じゃなくて、生命力、か……」

グランヴィアが泉を見つめる。


「ふーん……」


イリアスは突然、泉の縁へしゃがみ込んだ。


「お、おい」


グランヴィアが止めるより早く。

両手で水を掬い、そのまま躊躇なく口へ運ぶ。


〈ちゃぷ……〉


静かな水音だけが響く。


「イリアス!?」


オサリアが目を丸くする。


一拍。


二拍。


「……」


イリアスは何度か喉を鳴らし、ゆっくり息を吐いた。


「……なんだこれ」


驚いたように、自分の手を握り開く。

肩へ重くのしかかっていた疲労が、すっと薄れていく。


鉛のようだった身体が、羽を一枚外したように軽い。


「体が……軽くなった」


その呟きに、四人が顔を見合わせる。


「ほんまか?」


サクヤがすぐに泉へ駆け寄る。

両手で水を掬い、一気に飲み干した。


「……っ!」


目を見開く。


「ほんまや……」


グランヴィアも無言で泉へしゃがみ込み、水を飲む。


「……やべぇな」


拳を握る。

疲労が薄れていく。

傷口の痛みまで僅かに和らいでいた。


オサリアも恐る恐る口へ運ぶ。

冷たい水が喉を通った。

 

身体中へ、温かな何かが染み渡る。

悲鳴を上げていた身体が、安らぎを得たように静かになる。

白くなっていた頬に赤みが戻った。

 

「……すごい」


小さく呟いた。


ヨザキも最後に一口だけ口へ含み、静かに息を吐く。


「生命力を補う泉……」

「長時間祈祷を目的としたものか」

 

ヨザキは納得したように、静かに頷く。

 

イリアスはもう一度だけ泉を見下ろえる。


「使えそうだな」


そう呟くと、鞄から水筒を取り出し、蓋を外した。


〈ちゃぷん……〉


静かに水を汲み、栓を閉めた。


ヨザキの視線は、今度は泉の奥へ向く。

その先にも、さらに石段が続いていた。


上へ。


さらに上へ。


果てが見えないほど高く。


「……終わらへんな」


サクヤが苦笑する。


「ほんまに塔なんや」


その時だった。


〈カラン……〉


どこかで、小さな鐘の音が鳴った。


一度だけ。

澄み切った音色が、塔の中へ静かに響く。


泉で祈っていた信徒たちが、一斉に立ち上がる。


誰も言葉を交わさず、迷いもせず。

ただ、示し合わせたように一つの道を空けた。


〈コツ〉


静かな足音が響く。

白い回廊の奥から、一人の老神官が姿を現した。


純白の法衣。

胸元には金糸で織られた紋章が刻まれている。

灰色の瞳が、ゆっくりと五人を見渡した。


「……」


長い沈黙。


やがて老神官は、小さく息を吐く。


「門が……二度、開いた」


その声には、僅かな困惑が滲んでいた。


「そのような記録は、残されていない」


静かな視線が五人を順に移る。


「……貴方達は、外界の者」


その一言で、泉の周囲にいた信徒たちが一斉に五人へ視線を向けた。

ただ、教義に存在しないものを見るような、無機質な眼差しだけが集まる。


「外界の穢れが……」


老神官は小さく目を伏せる。


「何故、この聖域へ」


誰も答えない。

沈黙だけが流れた。


その時だった。


「ぁ……」


小さな声。


本当に、小さな悲鳴だった。


信徒たちの列の後方。

一人の女性が、口元を押さえたまま震えていた。


年は四十ほどだろうか。

痩せ細った身体を純白の法衣が包んでいる。


虚ろだった瞳だけが、大きく見開かれていた。


「そんな……」


掠れた声が漏れる。

女は一歩、後ずさった。


「生きて……」


唇が震える。

目には、ゆっくりと涙が滲んでいく。


「いや……」


首を横へ振る。


何度も。


何度も。


まるで、自分へ言い聞かせるように。


「違う……」

「そんなはずがない……」


オサリアは首を傾げた。


「……なに」


知らない人だった。

なのに、自身へ底知れぬ恐怖を向けられている。


女は震える指を、ゆっくりとオサリアへ向ける。


そして。


喉を引き裂くような声で叫んだ。


「忌み子……ッ!!」


広間の空気が、凍り付く。


「……!」


何十もの視線が、一斉にオサリアへ集まった。


「忌み子……?」

「忌み子……」

「穢れ……」


ざわめきは大きくならない。


誰も叫ばない。


ただ。


一歩、また一歩と。

信徒たちが、オサリアから距離を取っていく。


まるで、触れれば穢れが移るかのように。


「神よ…何故、穢れが……」


祈る声だけが、静かに重なっていく。

老神官は、オサリアを見つめたまま静かに目を閉じた。


「……鐘を」


その一言。


一人の信徒が無言で頷き、回廊の奥へ駆けていく。


ヨザキの表情が僅かに険しくなる。


「……まずい」


直後。


〈カァァァァン――――〉


先ほどとは比べ物にならないほど重く、低い鐘の音が、塔全体へ響き渡った。

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