禁忌の製造記録
「……因みにさ」
イリアスが材料の準備をしながら、ふと思い出したように口を開く。
「その剣、どうやって手に入れたわけ? 握りたくないっつってたけど…闇市場か何か?」
ペプシルは一瞬だけ間を置いて、短く言った。
「俺が抜いた」
「……君がニュースでやってた今回の勇者くんかい。…今のアストラに管理されたくなくて逃亡したってとこか?」
「逃亡っつーか、コイツに勝手に連れてこられただけだよ」
ちら、とオサリアを見る。
「でもうちが言ったことは実際思ってたんでしょ?もし間違ってたなら、森で目覚めたあの時点で、うちに罪を擦り付けて帰ればよかった」
『嫌なんでしょ。期待を背負わされるのも、駒のように扱われるのも』
「……」
ペプシルは何も言わなかった。
その沈黙が答えになっていた。
イリアスは小さく笑い、軽く肩をすくめる。
「……なるほどね。面倒なのを拾ったな、君ら」
「…それはイリアスもだろ。これ作る時点で、お前も国家転覆レベルの犯罪に加担したことになる」
ペプシルは、珍しく申し訳なさそうな顔で言う。
「……分かってるよ」
イリアスは工具箱を開けながら、面倒そうに眉を寄せる。
「本来なら今頃、君らを店から叩き出して、見なかったことにしてる」
そう言いながらも、視線は何度も聖剣へ向いていた。
「……けどまあ」
小さく息を吐く。
「こんなモン見せられて、“無理です帰ってください”で済ませられるほど、俺も出来た職人じゃなくてね」
オサリアは、イリアスがどこか気遣うような、それでもしんみりとした空気をカラッと吹き飛ばしてくれるような雰囲気を感じ取った。
薄暗い工房に、鉄の匂いと熱気が満ちている。
炉の火はすでに最大まで焚かれ、真鍮の歯車が低く軋む。
「さて…」
空気を切り替えるように、イリアスはパン、と手を叩く。
「寝る暇はねぇと思え。アストラにバレないうちに、今夜中に形にする」
イリアスはそう言うなり、作業台の端に積まれていた金属板を乱暴に引き寄せた。真鍮、黒鉄、見たこともない青白い鉱石の混じったパーツが、ガシャガシャと騒がしい音を立てる。
「まず外装フレームを組む。聖剣本体に直接干渉すると何が起こるか分からねぇから、接触は最小限。魔力を逃がすための排熱路を作って、その上から蒸気圧を被せる」
「おい待て、説明が一ミリも分からねえ」
「分からなくていい。勇者くんは黙って剣押さえてな」
「その呼び方やめろ」
ペプシルが露骨に嫌そうな顔をする。
イリアスは鼻で笑うと、聖剣へ視線を向けた。
「……しかし、本当に綺麗だな」
「何がだ?」
「造形。無駄がない、装飾も最小限…なのに存在感だけで周囲を支配してる。クソほど趣味悪いレベルで完成されてる」
「褒めてんのか貶してんのか分かんねぇな」
「職人としては最高級の褒め言葉」
イリアスはさらさらと図面へ追加の線を書き込みながら続ける。
「だから腹立つんだよなぁ。こんな神話級の代物が、“勇者様専用”とかいう政治の道具にされてるの」
「……」
「武器ってのは、本来もっと自由でいい。使う奴がいて、振るう理由がある。ただそれだけで十分だろ」
一瞬だけ、工房の空気が静かになる。
だが次の瞬間。
〈ギィィィン……!!〉
作業台に置かれていた聖剣が、突然強い白銀の光を放った。
同時に、周囲の歯車が一斉に高速回転を始める。
「うおっ!?」
「なに!?」
「ッッ、来たか……!」
蒸気圧計の針が一気に振り切れ、天井の配管から白い蒸気が激しく噴き出した。
棚の上の工具がガタガタと震え、吊るされていたレンチが勝手に宙へ浮き上がる。
「おいイリアス!なんか爆発しそうなんだが!?」
「するかもしれん!!」
「するの!?!?」
イリアスは叫び返しながら、慌てた様子もなく巨大なレバーを引いた。
〈ゴウンッ!!〉
工房奥の大型機関が起動する。
重低音と共に無数の歯車が噛み合い、蒸気が唸りを上げた。
「嬢ちゃん!冷却水!!」
「はい!」
「勇者くん!剣から手ェ離すなよ!今魔力が暴れたら工房どころか周囲一帯吹っ飛ぶ!」
「サラッと怖えこと言うな!!」
ペプシルは悪態を吐きながらも、聖剣を押さえ込む。
だが剣は脈動するように熱を帯び、まるで生き物みたいに震えていた。
その様子を見たイリアスの口元が、ふっと吊り上がる。
「……はは」
「おい?」
「はははっ……!!」
イリアスは、完全に目の色を変えていた。
「最高だなオイ!! 神話級の聖剣が機械に反発してやがる!!」
「なんでテンション上がってんだお前!?」
白銀の魔力が工房中を荒れ狂う。熱を帯びた空気で視界すら歪んでいた。だがイリアスは狂おしいほどの笑顔のまま、白銀の光の中に躊躇なく手を突っ込む。
すかさずオサリアが叫ぶ。
「イリアス!!手が焼けてる! 光の熱で焦げてるよ!」
「構うな、嬢ちゃん! 治しながらでいい、そこにある真鍮の制御弁を同時に叩き込め!」
「う、うん……!!」
オサリアの放つ淡い光が、聖剣の熱で焼かれゆくイリアスの手をリアルタイムで修復していく。痛覚すら麻痺するような熱と再生のループの中で、イリアスの大槌が、聖剣を包み込む黒鉄の外装へ目にも留まらぬ速さで振り下ろされた。
カァァァァァン!!!!
――……。
職人の意地とプライドが火花を散らした夜は、どんな夜よりも濃密だったかもしれない。
オサリアの不思議な治癒術でイリアスの怪我や疲労を限界までリセットし、ペプシルがその怪力で重い鉄板を抑え込む。言葉の通り「寝る暇もなく」動き続けた即席チームの夜通しの作業は、アイゼルの空中列車が始発の汽笛を遠くで響かせた頃、ようやく終わりを迎えた。
「――よし、完成だ」
イリアスが最後に大きなレンチを回し、カチャリと小気味いい金属音が響いた。
作業台の上に横たわるのは、かつて白銀に輝いていたはずの聖剣。しかし今、その姿はどこからどう見ても、巨大な歯車と複数の排気筒が絡み合った、重厚で無骨な『機械大剣』へと完全に変貌を遂げていた。
「…流石に疲れた」
ペプシルは汗を拭いながらオサリアに視線を向ける。
工房の壁にもたれたまま、静かな寝息を立てていた。度重なる治癒術で、魔力を使い果たしたのだろう。
「やっぱりアンタは、選ばれし勇者くんなんだな」
イリアスは唐突に、ペプシルの方を向いて言った。
何度も治癒された手をひらひらと振る。
「なんだよいきなり」
「俺はあの光で手が焼けたってのに、勇者くんは火傷一つ無しか」
「…別に、勇者なんてちっとも嬉しくねえけどな。目の前の人を助けられる手段がそれしか無かっただけ」
「自分の人生を棒に振ってでも助けたかったのか」
「俺は後悔に囚われ続けるのが嫌なんだよ」
ペプシルは憂いを帯びた表情を浮かべる。
「……その結果が、この逃亡生活か」
イリアスは苦笑混じりに肩をすくめた。
「聖剣握って後悔してんじゃないの?」
「…何もしなかった後悔と、何かした後の後悔じゃまた違うだろ。お前も同じようなもんじゃないのか」
出来上がった大剣を見る。
彼が居なければ、絶対に完成しなかった代物。
「俺ぁただ自分がやりたいからやっただけよ。君らのためとかでも無い。聖剣の魔改造…こんな機会無いだろ?このまま逃すのも惜しいと思っただけだ。後悔なんざ死ぬほどしてる。なんなら今もな」
イリアスはハハッ、と自分を嘲るように笑った。
「でも手順書がない一度きりの人生だぜ?自分が選んだ道を信じて進むしかねえんだわ」
「…お気楽だな」
呆れたように吐き捨てながらも、ペプシルの視線はどこか羨むようにイリアスへ向いていた。
そんな視線に気付いているのかいないのか、イリアスは完成した大剣を満足げに眺めていた。
「褒め言葉として受け取っとくよ」
そう言って工具箱を閉じる。
工房の窓から、薄い朝焼けの光が差し込み始めていた。
白く濁った蒸気がその光に照らされ、ぼんやりと漂う。
遠くで、空中列車の汽笛がもう一度鳴った。
「あんな職人を眺める側の身にもなってくれよ」
「痛いのは俺だぜ?」
「見た目がグロいんだよ。肉熔けてただろあれ」
「知らん。あんときゃ痛覚がイカれちまってた」




