鍛冶屋の意地
「……信じられない。商品一つも壊さずに片付けちゃった……」
オサリアは店内をまじまじと見ている。
「た、ただの鍛冶屋じゃねえのかよ…」
「少なくとも戦闘職ではないけど…自分が作った武器くらい自分で使用できるようにならないとな?」
そういって、イリアスはカウンターの席にまた戻って脚を組む。
「あ、イリアス手ちょっと怪我してるよ。」
「んお、ホントだ。気づかなかった」
オサリアはペプシルにした時と同じように、イリアスの手に触れる。
流れていた鮮血は光の粒となって消え、切り傷は傷跡ひとつ残さずに塞がれていく。
「…嬢ちゃん…ってか、二人ともただもんじゃないな…」
「あんたが言うか」
「…とりあえず、残りのゴロツキ外に放り出しといてくれるか?」
「俺かよ!」
「さっきの戦闘で指先に全神経使ったので、今は重いもの持てないんですぅ。ほら、そこ、二人転がってっから。表の大男の横にでも置いといて」
イリアスはもっともらしい顔で手をひらひらさせると、箒を取り出してガラスの破片をさっと片付けた。
ゴロツキの足を引っ張って割れた窓の外へと放り出しながら、オサリアが尋ねる。
「で、作ってくれるんだよね?」
イリアスはカウンターの奥から木箱や怪しげな測定器を抱えて戻ってくると、それを作業台にドサリと置いた。
「そんだけヤバいブツ持ってて、おまけに傷を一瞬で治す変な嬢ちゃん達に長居されたら、俺の店ごと国家案件になる…さっさと用件を済ませて帰らせるわ」
「酷い言い方だ」
オサリアは苦笑する。イリアスは入り口のドアへ歩いていき、ガシャリと鍵を閉めた。ついでに『準備中』の札を表に掲げる。そしてゴロツキの腕から外れて転がっていた『無認可魔法器』を拾い上げた。メガネの奥で光る翡翠の目が、ふっと職人の険しさを帯びる。
「……それにしても、やっぱりこれか」
イリアスは忌々しそうに、魔法器の内部にある魔導回路を覗き込む。
「あんたから見ても、そいつは粗悪品か?」
パンパンと手を払いながらペプシルが聞いた。「粗悪品なんてレベルじゃない、ただのゴミだ。出力の調整がデタラメだから、使っていればそのうち暴発して、使った本人の腕ごと吹き飛ぶぜ。あんたのその剣の魔力が尋常じゃなかったおかげで、今回はたまたま助かっただけだな」
イリアスは続ける。
「……最近アストラの新聞が『アイゼル製の無認可魔法器が犯罪に使われた』なんて書き立ててっけどな、こんな雑なハンダ付け、アイゼルの見習い職人でもやんねえよ。100パーセント、いや200パーセントアストラ側がうちの街の評判を落とすために意図的に流した『偽物』だ!」
イリアスは「フン」と鼻で笑うと、その魔法器をゴミ箱へと放り投げた。
「元々無認可魔法器の使用はされてた。さっきのゴロツキみたいな、ああいう奴らが自分で作ってんだよ。それを全部、アイゼル全体のせいみたいにしてよ…」
「……他所の街を警戒させて、クーデター阻止の分断工作、か。本当にやり方が汚ねえな、あの皇帝は」
ペプシルは低く呟いた。この国同士の対立は、意図的に煽られている。目の前の職人の言葉が、その疑念を確信へと変えた。
「まあ、他所の街の心配より、まずは自分たちの心配をすることだな」
イリアスはパチンと指を鳴らすと、作業台の横にある頑丈な鉄の扉を開け、顎で中を指した。
「表じゃいつ覗かれるか分かったもんじゃない。奥の工房へどうぞ。」
案内された工房の奥は、表の洗練された店構えとは一転していた。無数の工具、複雑な図面、そして赤々と熱を帯びた炉が鎮座する、まさに「職人の聖域」だった。
「…さあお兄さん、そのボロ布を解いて、俺にその『最高峰に迷惑な剣』の本当の姿を見せてくれ」
ペプシルは背中から鞘と布に包まれた大塊を降ろし、作業台の上に置く。
布をとっぱらい、鞘から剣をゆっくりと抜き出すと――
〈ファーーーーン……!〉
工房の薄暗い空間が、一瞬にして白銀の神聖な輝きで満たされた。剣から溢れ出る魔力の波動はあまりにも濃密で、部屋中の真鍮の歯車たちが共鳴するようにチリチリと小さな音を立てて震え出す。
「……おいおい、冗談だろ……」
さっきまで不敵に笑っていたイリアスの顔から、完全に余裕が消えた。
眼鏡の奥の翡翠の目を限界まで見開き、吸い寄せられるように聖剣へと一歩近づく。震える手で、だが決して触れはせず、剣から放たれる魔力の奔流を肌で、職人の直感で感じ取っていた。
「セレスティアの聖剣……? お前、なんでこんなものを……いや……」
言葉を切り、イリアスは喉を鳴らす。
「……これほどの物なのか。魔力密度が常軌を逸している」
「まあ、ルミナスに住んでなきゃ聖剣の全貌をこんなに近くで見ることはあまりないかもね」
「……なるほど、さっきの粗悪品が近づいただけで自壊したわけだ。こんだけ神聖な魔力の前じゃ、あんな不純な魔導回路は存在すら許されない」
ちらりとゴミ箱の方を見る。さっき投げ捨てた魔法器の残骸が、更に滑稽に見えた。
イリアスはゴクリと唾を飲み込み、額の汗をぬぐう。
職人としての探究心と、めんどくさい国家案件に関わりたくないという理性が、脳内で激しく火花を散らしているのが見て取れる。
「……で、どうしてくれるんだ?天才職人さん」
ペプシルが腕を組んで尋ねる。
「隠せるもんなのか、それ」
イリアスは即答しなかった。代わりに図面用紙を引きずり出し、ペンを走らせる。
無骨な歯車。パイプ。箱型の構造。
線は迷いなく、むしろ楽しんでいるようにすら見えた。
「……ケースひとつで完全に隠すのは無理だ。魔力が強すぎる」
ペンを止めずに続ける。
「だから発想を変える。隠すんじゃねぇ、“別物に見せる”」
オサリアが身を乗り出す。
「別物?」
「そう」
イリアスは紙の上に、巨大な鉄の塊を描き上げる。
「この聖剣が漏らしてるのは、純度が高すぎる神聖魔力だ。普通の箱じゃ透ける。なら――別の“現象”に変える」
「別の現象って……」
「蒸気と電気だ」
ペプシルの眉が動く。
「魔力をそのまま隠すんじゃない。蒸気機関と電気反応に変換して流す。そうすりゃ魔導師も検問スキャンもこう見る」
ペン先で図面を叩く。
「“過剰な機械反応のバカでかい大剣”ってな」
オサリアが小さく息を漏らす。
「……理屈は分かるけど、めちゃくちゃだね、それ」
「褒め言葉として受け取っとく」
イリアスは笑って、さらに線を重ねた。
鉄板、ボルト、外装装甲。神聖さの欠片もない、重たくてうるさそうな設計図。
「つまりだ」
ペンを止めて、図面を軽く叩く。
「聖剣の魔力を、別の“うるさい力”で上書きする。上から塗り潰すんじゃなくて、別の音で誤魔化す」
ペプシルが鼻を鳴らす。
「……随分とロマンのない偽装だな」
「ロマンなら残ってるだろ」
イリアスは肩をすくめた。
「見た目が最高っていう、な」
少しの沈黙。
そしてイリアスは、声のトーンを落とした。
「ただし条件がある」
ペンが止まる。
「この外装を付けてる間、聖剣本来の力はほぼ死ぬ。切れ味も、神聖魔力も使えねぇ」
「使うなら?」
「風圧と質量だけだ。無理に引き出せば、外装ごと吹っ飛ぶ。そうなると神聖な魔力が一気に放出されちまう」
静かに言い切ってから、イリアスは聖剣を見た。
「――つまり、“ただのクソでかい鉄の剣”になる」
少しだけ、工房が静かになる。
その沈黙の中で、イリアスだけが楽しそうに笑っていた。
「……で、やるか? これ」
イリアスの挑戦的な問いかけに、ペプシルは表情一つ変えずに言う。
「やるしかねえだろ。元々鞘に入れてボロ布を巻いたまま棍棒にして戦うつもりだったんだ。殴れりゃ文句はねえよ」
「決まりだな。」
「――嬢ちゃん、さっきのお礼だ。手伝ってくれんなら、今夜一晩で完成させてやる。その代わり、俺の指先が死なないように、嬢ちゃんのその不思議な術で癒やしてくれや」
「うん、任せて! 精一杯サポートするね!」
炉の炎が一段と赤く燃え上がり、彼等の影を壁に大きく引き伸ばす。
伝説の聖剣を、蒸気と歯車の力で塗り潰すという前代未聞の暴挙。
天才職人の不敵な笑い声を合図に――前代未聞の『聖剣魔改造』が始まった。
「聖剣を正規の扱いしない勇者…」
「正義の勇者像が壊れるよなぁ」
「勇者像は民衆が勝手に作り上げた理想だろ」
「うわ出た!勇者らしくない発言」
「生憎、俺は勇者だと思ってねえんで」




