硝煙と歯車の地、天風機構アイゼル
木々が開けた地平線の先、もうもうと立ち上る白煙の向こうに、その街はあった。
巨大な歯車が噛み合う音が地響きのように鳴り響き、工房の煙突からはもうもうと白煙が立ち上っている。見上げれば、遥か上空に蒸気を吹き出す空中列車が駆け抜けていくのが見えた。
「…すっげぇ、ここが『天風機構アイゼル』…。」
「列車が空を走ってる…!」
二人は圧倒される。
「…って、見とれてる場合じゃねえ」
ペプシルは自身の背中に手をまわした。
そこにあるのは、折れた愛剣の鞘に無理やり突っ込まれた『白銀の聖剣』。下手に抜けば暴走しかねない代物を背負ったまま歩くのは、どうにも落ち着かなかった。
ふと足元を見ると、クシャクシャに丸められた新聞紙が転がっていた。開いてみれば、紙面には大きな見出しで
『アイゼル製の無認可魔法器、またもセレスティア国内で悪用か。技術者ギルドの管理体制に疑問の声』
と書かれている。
「……おい、オサリア」
「…またこういう話…どうせプルーの分断工作でしょ…」
心底嫌そうに新聞を見つめるオサリア。
「ったく、どこに行っても不穏な噂ばっかりだな……」
ペプシルは忌々しそうに新聞を放り出す。背負った『白銀の聖剣』の重みを改めて感じた。
巨大な歯車の駆動音と、絶え間なく吹き上がる蒸気。
アイゼルの喧騒に紛れてはいるが、自分たちが抱えている厄介事は、この街に漂う煙みたいに、どこまでもまとわりついてくる気がした。
「ま、俺らの今の目的としては、この魔力溢れる聖剣をどうにかすることだ」
「大雑把だなあ」
「まずは情報収集と、腕のいい鍛冶師か技術者探しだ。オサリア、行くぞ。これ以上ここで突っ立ってたら、それこそ不審者扱いで警備兵にしょっぴかれかねえからな」
蒸気と油の匂いが漂う中、二人は巨大な歯車の門をくぐり、アイゼルの喧騒へと足を踏み入れた。
門をくぐった先は、外から見た以上の熱気と騒音に満ちていた。
頭上を行き交う複雑な配管からは時折「プシュー!」と激しい蒸気が噴き出し、通りには革のエプロンを身にまとった技術者や、大きな荷物を運搬する蒸気駆動の機械人形がせわしなく行き交っている。
「うわっ、ちょっとペプシル、ぶつかる!」
「っと、わりぃ。……ってか、人多すぎだろ。これじゃ鍛冶屋を探すのも一苦労だな」
ペプシルは、周囲の人間が自分の背中に目を向けないかヒヤヒヤしながらも、自然とオサリアを庇うように歩く。
幸か不幸か、街の住人たちは皆、自身の仕事に没頭しているようで、他の街から来た二人組に目を留める余裕はあまりなさそうだ。だが――
『高密度魔力反応ヲ検知』
近くを通った蒸気機械人形の目が、一瞬だけ赤く点灯する。人形は、首からギギギ、と不自然な音を立てながらペプシルの方を向いた。
「やべ…!?」
ペプシルは慌てて布を押さえ込む。
「どこでもいい、とにかく店の中に…!」
しばらく歩けば、大通りから一本入った路地。蒸気と油の匂いは相変わらずだが、その一角にだけ、妙に洗練されたデザインの看板を掲げた店があった。
『真鍮鴉』――鉄と真鍮で組まれた歯車が、まるで花のように美しく配置されている。
「オシャレなお店だね。ここも鍛冶屋なんだ」
「ここならケースくらい置いてあるだろ」
ペプシルが木製のドアを押し開けると、カランカランと涼やかな鈴の音が響いた。
店内には、ゴツゴツとした無骨な大槌から、まるで美術品のように繊細な装飾が施された短剣や銃が整然と並んでいる。
カウンターの奥では、一人の男性が真面目な顔をして、眼鏡を光らせながら銃のシリンダーを丁寧に磨いていた。おそらくこの店の店主だろう。
「いらっしゃい、ようこそ真鍮鴉へ。ここの製品はすべて完全オーダーメイド、または一点物だ。そこの美術品仕様のボウガンは今期の一押しだよ」
男性は顔を上げ、値踏みするような視線で二人を迎えた。
「申し訳ないが、武器を買いに来たわけじゃないんだ。これを入れる、魔力を遮断するようなケースか袋が欲しくてな」
ペプシルが背中の『白銀の聖剣』をトントンと叩く。
「ケースか」
店主はペプシルの背負う“それ”をじっと見つめた。職人の鋭い観察眼が、剣から漏れ出る、ただ事ではない神々しい魔力の残滓を捉える。
店主の目が、じわじわと限界まで見開かれていった。
「……お客さん。ごめんだけど、ちょっち中身みていいか?」
「え…ああ、構わないけど」
ペプシルは渋々、鞘から聖剣の白銀に輝く柄を露出させた。
その瞬間、店内の空気が一変する。あまりにも純粋で、圧倒的な密度の魔力。
店主はピキリと固まった。
そして、恐ろしく真面目な顔のまま、すっと綺麗な敬語になって口を開いた。
「――大変申し訳ありません。当店では国家転覆レベルのヤバいブツの隠蔽ギミックおよび、それに伴う外装の販売は、基本的にお断りしております。私は面倒事と、ギルドの監査官と、あと理不尽が世界で一番嫌いなのです。命が惜しいので」
「おい待て引き下がるな!金なら出す!!」
「国家権力に消されたくありません。お二人とも、お引き取りを。さようなら」
店主は真面目な顔のまま、じりじりと後ずさりして裏口のドアノブに手をかけた。完全に逃げる気である。
「ちょっとペプシル!この人真面目な顔してるけどめちゃくちゃ怖がってるよ!?」
「なあ頼む…!俺だって握りたくて握ってる訳じゃねえんだよ…!!」
「知りません。第一私の命が最優――」
その時だった。
〈ガシャン!! 〉
激しい音を立てて、店の正面ガラスが叩き割られた。
「おい、イリアス! 今月のショバ代の期限は今日だぞ! さっさと試作銃を出しやがれ!」
乱入してきたのは、ガラの悪いゴロツキたちだった。
連中の腕には、新聞で見たような『無認可魔法器』が、これみよがしに巻き付けられている。
ペプシルが即座にオサリアを背後に庇い、舌打ちをする。
「おいおい、なんだ? ここも治安が悪いな……」
「あーあ……」
重い溜め息が響いた。
振り返ると、さっきまで裏口から逃げようとしていたイリアスが、頭を抱えて天井を仰いでいる。
「せっかく母さんがデザインしたお気に入りの窓ガラスだったってのに……」
心底嫌そうに愚痴をこぼしながら、腰のホルダーから一丁の銃を引き抜いた。
それは、ゴツゴツとした金属の塊でありながら、どこか洗練されたロマン溢れるフォルムのハンドガンだ。
その銃を握った瞬間。
さっきまで死んだ魚のようだったイリアスの目が、ふっと悪戯っぽく輝いた。口元に、どこか楽しげな笑みが浮かぶ。
カチャ、と軽快な音を立ててシリンダーが回る。
「……なあ、そこのヤバい剣を持ったお客さん。その剣、俺の技術で完璧に『ただの大剣』に偽装してあげてもいいぜ」
イリアスは楽しそうに銃口をゴロツキたちへと向けながら、ペプシルに笑いかける。
「その代わり――ちょっとこの『的』たちを片付けるの、手伝ってくれよ?」
言うが早いか、イリアスは信じられない速度でカウンターの陰へと身を滑り込ませた。
「テメェら!何するか知らねえが、歯向かうなら容赦しねえぞ!」
ゴロツキが店内に踏み込んだ瞬間、ペプシルは反射的に聖剣に手をかけた。
〈ボンッ!!〉
「な…!?クソッ、魔法器がぶっ壊れちまった!」
「…剣の魔力が強すぎて、周囲にも影響をもたらすのかな?」
「おいおい、そんだけヤバいブツをうちの店で解放しないでくれっかな?!わかった、ケースかなんか作ってやるからそれ以上抜くなよ!」
イリアスはそう言って、カウンターの影からハンドガンを引き抜き、即座に引き金を引く。
〈プシューーーッ!!!〉
乾いた銃声ではなく、耳をツンと刺すような高圧の蒸気音が店内に響き渡る。
「ぎゃあああっ!? 目が、目がぁ!」
ぶわっと顔に熱気を感じた。ゴロツキが顔を押さえて床に転がるが、背後の商品棚には傷一つついていない。
「――ごほん。こちら、真鍮鴉新型の『微速蒸気散弾』。狭い室内でぶっ放しても、後ろのガラス棚を絶対に傷つけない親切設計。……ね? 安全でしょ?」
「わあー!すごい!!」
イリアスは真面目な顔のまま淡々とプレゼンを始める。
「おい、戦いながら実演販売始めてんじゃねえよ!」
ペプシルが叫びながら、突っ込んできた二人目のゴロツキの拳を、鞘を巻いた聖剣の腹でガチリと受け止める。
本当なら斬るべき距離。
だがペプシルは抜かない。抜けない。
仮に暴走した瞬間、この店ごと吹き飛ぶことが分かっているのだ。
「大事な商品だからな。使って見せないと価値が分からねぇだろ?……お次はこちら」
イリアスは流れるようなステップで壁のフックに手を伸ばし、銃身が3本ついたゴツい重銃をひょいと引き抜いた。
「アストラ製の装甲をブチ抜くために開発した『三連式・徹甲雷撃銃』。今回は威力を最小に絞っていますが、そ れ で も――」
カチャリ、とレバーを引くと、3本の銃身が青白い電振を帯びる。
「ナメるなァ!」と色めき立つ三人目のゴロツキの胸元に、イリアスは銃口を押し付けるようにして引き金を引いた。
〈バリバリバキィン!!!〉
青白い電撃がゴロツキの身体に走った。
「がはっ……あ……ッ!?」
雷撃を喰らったゴロツキは、一瞬で全身を硬直させて白目を剥き、そのまま床へ崩れ落ちた。もちろん、周囲の美術品仕様のボウガンには電撃の一発すら掠らせていない。
「――このように、相手の神経をノータイムでシャットダウンできます。今ならお試し価格で大特価なんですが、そこのヤバいお兄さん、ケースと一緒に一丁いかがです?」
「いらねえよ! 売り込みしてないで、後ろから来てる一番デカい奴を止めろ!!」
ペプシルがゴロツキを今や鈍器と化した鞘入りの聖剣で殴り倒しながら怒鳴る。見れば、リーダー格と思しき大男が、腕の魔法器を限界まで発光させながらイリアスの背後へ肉薄していた。
「おっと、リクエストですね。まいどあり」
イリアスは口元をすっと楽しげに歪めると、手近な作業台の上に置かれていた、まだ未塗装の無骨な長銃を引っ掴んだ。
「ラストを飾りますのは、当店特製の『高圧空気衝撃砲』。空気の弾丸ですので、お部屋のインテリアを一切汚しません。……ただし、」
イリアスは振り返りざま、大男の胸元へ銃口を滑り込ませた。
「風圧の逃げ道だけは、作ってあげないとね」
ニヤリと笑い、引き金が引かれる。
〈ズドォン!!!〉
凄まじい空気の衝撃波が大男の身体を真正面へと撥ね飛ばした。大男の巨体は、さっき連中自身がブチ割った正面ガラスの空間を綺麗にすり抜け、そのまま外の路地裏へと真っ逆さまに叩きつけられる。店内の壁にも床にも、文字通り傷一つ残っていなかった。
「またのご来店を〜」
イリアスはふぃー、と息を吐くと、手にした長銃を愛おしそうに撫でてからカウンターへと置いた。その目は、さっきまでの死んだ魚のような光にすっかり戻っている。
嵐のような大騒ぎが去った店内。壊れたガラスの隙間から、アイゼルの白い蒸気がゆっくりと流れ込んできた。
「イリアスって何の武器が好き?」
「ライトマシンガン」
「なんでだ?」
「弾数でゴリ押し出来るから」




