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奇麗な武器

一方、その頃。


工房区へ向かった三人は、

帝都中央区から一本外れた石橋を渡っていた。

 

白い石造りの建物は相変わらずだ。

だが、街を歩く人々の服装が段々と変わっていく。

 

作業着に革手袋、腰には工具入れ。

横では資材を積んだ荷車が規則正しく行き交う。


「なんやろなぁ」


サクヤが辺りを見回す。


「工房区なんやろ?」

「ああ…でもその割に静かだな」

 

グランヴィアも眉をひそめた。


工房街と聞けば、

もっと怒鳴り声や金属音が飛び交うものを想像していた。


職人同士が言い争い、店主が客を呼び込み。

どこかで誰かが失敗する。

アイゼルやガルディアのように、活気があると思っていた。


ここは違う。

 

人は多いし、作業もしている。

それなのに妙に静かだった。


大勢の人間が同じ方向を向いて歩いているみたいに。


「……見てみろ」

 

イリアスが小さく呟いた。

視線の先では、一軒の工房から職人達が出てくる。


五人。


十人。


皆同じ作業着、同じ帽子。そして同じ歩幅。


〈カン――〉

 

広場の時計塔から鐘が鳴った。

 

その瞬間、職人達が一斉に立ち止まる。

全員が同じ方向へ向き、広場の掲示板へ視線を向けた。


紙が一枚張り替えられる。


職人達は内容を確認すると、

何事もなかったように再び歩き始めた。


「今の、何や?」


サクヤは思わず目を瞬かせる。


「勤務予定表か…?」


グランヴィアが首を傾げる。

 

イリアスは黙って掲示板を見つめていた。


誰も疑問を持たない。

誰も確認し合わない。


そこに書かれた内容が正しいことを、

全員が当然のように受け入れている。


「……何が書いてあんだ」


三人は掲示板へ近付く。

白紙に近いほど整った書式。


今日の日付、担当工房、作業区画、資材搬入予定。


そして最下部。


小さな文字が並んでいた。


【生活評価上位者表彰対象】


グランヴィアが目を細める。

名前が十人ほど並んでいる。


「表彰?」

「仕事頑張った人ちゃう?」


サクヤが覗き込む。


イリアスは別の欄を見ていた。

さらに下。

ほとんど誰も見ないような位置。


【評価改善指導対象者】


数名の名前の下に、日時と呼び出し場所。

イリアスの顔が険しくなる。


「……んだよこれ」


その欄だけは、紙の白さが妙に冷たく見えた。

 

 

「おっ」


グランヴィアの視線が別の方向へ向く。

通りの先で、武器屋らしい看板が見えた。


交差した剣の紋章が描かれている。

 

「とりあえず武器屋行こうぜ」


さっきまでの違和感を振り払うように言う。


サクヤも笑った。


「それには賛成や」


イリアスは最後にもう一度だけ掲示板を見た。

 

評価改善指導対象者。

 

……一体何が行われているのだろうか。




武器屋へ近付くにつれ、店先に並ぶ剣や槍が見えてきた。

グランヴィアの足取りが僅かに速くなる。


「おい、見ろよ」

「さっきまで興味なさそうやったのに」

サクヤが呆れたように笑う。


「武器は別だ」

即答だった。


店先に並ぶ長剣を手に取る。


重さと重心を確認し、刃を光へかざしている。

その顔は真剣だった。


「……綺麗だな」


ぽつりと呟く。


「なんだこれ」


グランヴィアの眉が僅かに動いた。

 

「どした?」


サクヤが覗き込む。


剣の柄元。

そこには装飾ではなく、小さな刻印が打たれていた。


【第三軍工規格剣・B型】


無機質な文字。

 

「型番か?」

 

イリアスも覗き込む。

 

「軍用の払い下げ品ですよ」

 

声ともに、店の奥から店主が姿を見せた。

白い作業服。

年の頃は五十代ほどだろうか。穏やかな声だった。


「一般流通が許可されたものです」


グランヴィアは別の剣を見る。


【第五軍工規格剣・A型】


【警備隊制式短剣・D型】


どれも番号ばかり。


「全部こんな感じなのか?」

「ええ」


店主は頷いた。


「規格品ですので」


まるで当然の話だった。

 

イリアスは少しだけ複雑そうな顔になる。

アイゼルやガルディアの武器には名前があった。


誰が打ったか。

どの工房が作ったか。

どういう想いで作られたか。


職人達はそれを誇りにしていた。

だが、ここにはそれがない。


「作った奴の名前とかは?」


何気なく尋ねる。


「必要でしょうか?」


三人は言葉を失う。

店主は悪意なく続ける。


「性能が保証されていれば十分です」

「誰が作ったかは重要ではありません」


穏やかな声は、どこか機械的だった。


イリアスは一瞬、眉間に皺が寄った。


「……それ、本気で言ってんのか」


初めてだった。

彼の声に僅かな棘が混じる。


「武器は人が打つんだぞ」

「炉の癖も違えば、叩き方も違う」

「同じになる訳ねぇだろ」


店主は何を言っているのか分からない、

と言った表情で瞬きをした。


「個人差はあります。ですので規格化するのです」


イリアスの眉がぴくりと動く。


「……は?」


「品質のばらつきは欠陥です」

「優秀な職人一人より、一定品質の職人百人の方が価値があります」


静かな返答だった。


イリアスの顔から表情が消える。


「違うだろ」

「職人は部品じゃねぇ」

 

低い声だった。

店内の空気が僅かに張り詰める。


「……つまんねえな」

 

グランヴィアは手にしていた剣を棚へ戻した。

金属が小さく鳴る。


「そうでしょうか?」


グランヴィアは腕を組む。

 

「武器ってのはさ」

「誰が作ったかって結構大事だろ」


店主は少し考える。

だが返ってきた言葉は淡々としていた。


「品質管理上は不要です」

「不良品が出た場合も、製造区画と工程番号で追跡できますので」


イリアスは何も言わない。


「担当者個人への依存は非効率です」

「誰が作っても同じ品質であるべきですから」


穏やかな口調。

だが、その言葉は妙に冷たかった。


イリアスは棚の剣を見つめていた。


整った刃。

均一な重さ。

均一な品質。


きっと優秀なのだろう。


だが、そこに人の名前はない。

失敗も、癖も誇りもない。

ただ、管理する数字だけが並んでいた。


「……だからか」


ぽつり、とイリアスが呟く。


「この街の武器、全部同じ顔してて面白くねえ」


店主は意味が分からないという顔をした。


その反応が、何より答えだった。


 

グランヴィアも何となく居心地の悪さを覚える。

武器だけではない。

この街そのものが、

『誰でも均一であること』を求めている気がした。


「ほな、職人さんも入れ替わり自由なん?」


サクヤが何気なく尋ねる。

店主は頷く。


「一定の技術水準に達していれば可能です」

「欠員が出ても配置転換で補えますので」


欠員。

その言葉にイリアスが反応した。


「辞める奴もいるのか」

「ええ」


店主はあっさり答える。


「異動や転属もあります」

「評価改善指導対象者の再教育施設送りもありますし」


一瞬。


空気が止まった。


「再教育?」


グランヴィアが聞き返す。

店主は不思議そうな顔をした。


「生活評価の改善制度です」

「珍しい話ではありませんよ」


そう言って店主は店の外へ視線を向けた。

 

三人もつられて振り返る。


通りの向こうで、白い荷車がゆっくりと進んでいた。

窓は小さく、鉄格子が付いている。

側面には六翼の星の紋章。

護衛らしい制服の男が二人付き添っていた。


荷車とすれ違う人々は、誰一人として視線を向けなかった。


「……あれも?」


イリアスが低く尋ねる。

店主は頷く。


「評価改善施設への移送です」

「定期便ですよ」


まるで資材搬入の予定でも話すような口調だった。

 

「……何したらそうなんだ」


グランヴィアは思わず眉をひそめる。

 

「勤務態度の悪化、継続的な規律違反、虚偽申告」

「――反社会的思想、国家秩序への悪影響」


「常識です」


そのどれも曖昧だった。


曖昧なのに。

店主は少しも疑問を持っていない。


白い荷車は静かに通り過ぎていく。


その時だった。


〈ガシャン〉


遠くで何かが落ちる音がした。

音の方を見る。積荷を運んでいた少年が地面へ転んでいた。

木箱が崩れ、中身が散乱する。


「あっ……」


少年の顔が青ざめる。

周囲の視線が一斉に集まった。


誰も怒鳴らない。

誰も手を貸さない。

ただ静かに見ている。


やがて。


白い腕章を付けた男が近付いた。


「作業番号を」


少年は震える手で首元の札を差し出す。

男は端末へ触れた。


〈カチリ〉


淡い光が浮かぶ。

少年の肩が大きく震えた。


「次回評価時に反映します」


淡々とした声。

それだけだった。


怒鳴られた訳でもない。

殴られた訳でもない。

だが、少年は泣きそうな顔をしていた。


男が去る。


周囲の人々も何事もなかったように歩き出す。


グランヴィアは眉をひそめた。


「今のだけでか?」


店主は不思議そうな顔をした。


「規律違反ですから」


当然のような返答。


「息苦しい街やなぁ」


サクヤが小さく息を吐いた。



三人は武器屋を後にする。


「なんか疲れたな……」


グランヴィアが頭を掻く。


「武器見に来ただけやのに」

「分かる」

 

イリアスも珍しく同意した。


職人が職人を語らない。

武器に名前がない。

それだけのことなのに、胸の奥がざわついていた。


その時だった。


「あれ?」

グランヴィアは目を瞬く。

彼の視線の先。

路地の先に、小さな煙突が見えた。


工房だ。


だが、他の建物とは少し違う。


白くない。

煤で黒ずんだ石壁に古びた木扉。

看板も半分剥げている。


「なんか浮いてへん?」

 

サクヤは尻尾を揺らす。


整然と並ぶ工房区の中で、その建物だけが妙に古かった。


イリアスは無言で歩き出す。


「おい?」

「ちょっと見るだけだ」


扉へ手を掛ける。


ぎぃ、と軋んだ音が響いた。


中は薄暗い。

だが、そこには確かに炉があった。


使い込まれた金床。

壁に掛けられた工具。

煤の匂い。

 

生きた工房だった。


イリアスの目が僅かに見開かれる。


「……」


奥から足音がした。


現れたのは、一人の老人。


白髪交じりの髭。

煤で汚れた作業着。


誰でも分かる。この人は――職人だ。


老人は三人を見る。

 

「珍しいな。客か?」

 

掠れた声だった。


「工房見学だ」


イリアスが答える。


老人は小さく笑った。


「見学するような場所じゃない」

そう言いながらも、追い出そうとはしない。


グランヴィアが壁を見る。

そこには何本か剣が飾られていた。


どれも古めかしい。

だが、妙に目を引く。

 

一本一本が違う。

形も重心も装飾も全部違う。


イリアスは思わず近付いた。


「……これ」


指先が鞘に触れる。


柄元には小さな刻印。


それは数字じゃない。

名前だった。


『蒼雷』

『赤獅子』

『夜渡り』


イリアスが息を呑む。


「名前がある」


老人は鼻を鳴らした。


「当たり前だ」


懐かしそうな声だった。


「武器は一本ずつ違う」

「持つ奴も違う」

「戦い方も違う」


ゆっくりと剣を見つめる。


「だから名前を付ける」


イリアスは黙って聞いていた。

老人の言葉は、アイゼルの職人達と同じだった。


「昔は、アストラもそうだった」


その一言で三人は顔を上げる。

老人は少しだけ遠くを見ていた。


「レーネ様の頃はな」


炉の火は落ちている。

もう長く使っていないのだろう。


「今は違う」


老人は笑った。

自嘲するみたいな笑みだった。


「規格化」

「効率化」

「品質統一」

「便利な時代だ」


その声には何も喜びがない。


「今は剣打っとらんの?」


サクヤがそっと尋ねると、老人は肩を竦めた。


「打てない」


短い返答だった。


「工房許可を取り上げられた」


グランヴィアが目を見開く。


「なんで?」


老人は壁の剣を見る。


『蒼雷』


その名を刻まれた剣を。


「規格外だからだ」


我が子を否定されたような、悲しげな声。


「性能は良かった」

「だが、均一じゃなかった」


老人は苦笑する。


「褒められたよ」

「優秀だとな」

「その後で言われた」


――お前は再現性がない。


工房の空気が静まり返る。


「技術を標準化しろ」

「誰でも同じ物を作れるようにしろ」

「個人技に依存するな」


老人はゆっくり首を振った。


「そんなもん、職人じゃねぇ」


イリアスの拳が小さく握られる。

老人は気付かない。


ただ静かに続ける。


「だから評価が下がった」

「弟子も取れなくなった」

「注文も来なくなった」


「そして――工房資格も失った」


淡々とした声。

あまりにも淡々としていた。


それが逆に痛々しい。


「今じゃ趣味みたいなもんだ」


老人は、壁に並ぶ剣達を見ながら笑う。


「もう売れん」

「だが捨てる気もない」


イリアスは棚の一本へ手を伸ばした。


『夜渡り』


少し歪だ。


だが、美しかった。

 

数字で並んだ剣よりも、ずっと。


「……こっちの方が好きだな」


ぽつり、と呟く。


老人は目を見開く。

そして。

 

「そうか」

 

本当に久しぶりに笑ったみたいに目を細めた。



しばらく沈黙が落ちた。

炉の残り香だけが静かに漂っている。


やがて。


老人がぽつりと呟いた。


「……お前ら、旅人か」

「ああ」


グランヴィアが答える。


老人は小さく頷いた。


「なら、覚えとけ」

「この国じゃ、評価を失うと職を失う」


サクヤが耳を動かす。


「さっきの評価っちゅうやつか」

「そうだ」


老人は壁にもたれた。


「職を失う」

「信用を失う」

「配給も減る」


淡々とした口調。

まるで天気の話でもするみたいに。


「そして、市民権を失う」


空気が少しだけ重くなる。

グランヴィアが眉をひそめた。


「市民権って、そんな簡単に無くなるもんじゃないだろ…」


老人は苦笑した。


「ああ、そうさ」


少しだけ間を置く。


「昔はな」


その一言が妙に引っ掛かった。

イリアスは老人を見る。


「今は違うのか」


老人は答えなかった。

代わりに、窓の外へ視線を向ける。


工房区を歩く人々。

規則正しく動く人の流れ。

鐘に合わせて回る街。


「……最近はな」


掠れた声。


「帰って来なくなる奴がいる」


三人は顔を上げた。

老人は笑っていない。


「昨日まで隣で働いていた奴がいる」

「次の日にはいない」

「工房からも、帳簿からも名前が消える」

「誰もソイツの事を話さなくなる」


静かな声だった。

だからこそ怖かった。


「消えるって……」


サクヤが思わず呟く。


老人は肩を竦める。


「異動だという奴もいる」

「再教育施設だという奴もいる」

「犯罪者だったんだろうという奴もいる」


老人はゆっくり首を振った。


「だが、本当の事を知ってる奴はおらん」


炉の奥で、小さく木が軋む音がした。


「知ろうとした奴もいた」


その声は少しだけ低かった。


「そいつも消えた」

「消えた奴の名前を覚えとるのは、俺くらいかもしれんな」


誰も言葉を返せない。

 

老人はそれ以上語らなかった。

まるで、その先を口にする気がないみたいに。


いや。


口にしたくないのかもしれない。


イリアスは壁の剣へ視線を落とす。


『夜渡り』


名前の刻まれた剣。

誰かが想いを込めて打った剣。


この街は、こういう物を不要だと言った。


人の名前を消し。

個性を消し。

違いを消していく。


そんな街に見えた。


「……嫌な街だな」


ぽつり、とグランヴィアが呟く。


老人は否定しない。

肯定もしない。

ただ少しだけ疲れたように笑った。


「良い街だったんだ」


遠くを見る目。

けれど三人には分かった。

老人が見ているのは、もう存在しない時代なのだと。


やがて老人は壁から背を離す。


「お前らは帰れ」


突然だった。


「え?」


サクヤが瞬く。


「ここは長居する街じゃない」

「余計な事を知ると面倒になる」


老人は苦笑した。


グランヴィアが眉をひそめる。


「アンタはどうすんだよ」


老人は壁の剣を見る。

自分の人生そのものみたいに。


「俺はコイツらを置いてけない」


穏やかな声だった。

後悔も諦めも飲み込んだ声。

そして、イリアスの方を見て少しだけ目を細める。


「……打てるうちは打っとけ」

「好きなもんを作れるうちにな」

 

短い言葉だった。

 

けれどそれは、職人が職人へ向ける何より重い言葉だった。

 

イリアスは何も答えない。

ただ、小さく拳を握った。

 

老人の笑顔は、今日アストラで見た誰よりも、人間らしかった。


〈ゴーーン……〉


長い鐘が、アストラに低く響き渡る。

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