万邦を統ぶ秩序の楔、アストラ
蒼い灯りが、ゆっくりと遠ざかっていく。
荷車の車輪が石畳を転がる音だけが、
静かな夜の街へ響いていた。
蒼く揺れる街灯。
夜空を埋める無数の星々。
花の香りを運ぶ柔らかな風。
どれも変わらない。
変わらないはずなのに。
少しだけ、違って見えた。
オサリアは荷台から振り返る。
長老の家。
見慣れた路地。
幼い頃から見てきた景色。
全部が少しずつ遠ざかっていく。
胸の奥が、きゅっと締め付けられた。
「……寂しいか」
隣から声がした。
振り返れば、ペプシルが夜空を見上げていた。
オサリアは目を丸くする。
「え?」
「いや」
ぶっきらぼうな声。
「お前が」
相変わらず愛想のない言い方だった。
けれど、少しだけ優しい声だった。
オサリアは夜の街を見つめる。
故郷。
家族。
帰る場所。
全部がここにある。
だからこそ。
小さく笑った。
「……少しだけ」
素直な答えだった。
ペプシルは何も言わない。
ただ、同じように遠ざかる街を見つめている。
「分かるわぁ!!」
突然、サクヤが後ろからオサリアに抱きつく。
「わっ!?」
「オレもラグナから出る時そんな気持ちやった!!」
オサリアの身体がぐらりと揺れる。
サクヤはそのまま頬をすり寄せた。
「帰る場所があるってええよなぁ……」
「旅してても、最後には帰れる場所があるんやもん」
どこか懐かしそうな声だった。
オサリアは目を瞬かせる。
サクヤもまた、旅人になる前はラグナで暮らしていたのだ。
家族がいて。
友達がいて。
当たり前の日々があった。
今は離れていても。
帰る場所が消えたわけじゃない。
「……サクヤも、帰りたい?」
オサリアが尋ねる。
サクヤは少しだけ目を丸くした。
それから、へにゃりと笑う。
「そら帰りたい時もあるで」
夜風が緑の髪を揺らした。
「でもな」
空を見上げる。
星々が静かに瞬いていた。
「世界が終わったら、帰る場所もなくなってまう」
「せやから、この旅は最後まで駆け抜けるんや」
その言葉に。
オサリアの胸が、少しだけ温かくなった。
旅の始まりは違う。
生まれた場所も違う。
けれど。
今は同じ道を歩いている。
仲間なのだ。
「お、見えてきたぞ!!」
グランヴィアの大声が飛んだ。
全員が顔を上げる。
遠く。
夜の地平線の先。
巨大な石門が、静かに佇んでいた。
荷車はゆっくりと門へ近付いていく。
終わらない夜と、外の世界を隔てる境界。
カンナが手綱を握ったまま口を開く。
「ここを越えた後は、お前達の周囲は全員敵だと思え」
静かな声だった。
その一言には、長年裏の道を歩いてきた者だけが知る重みがあった。
「アストラは今、特に警戒が強い」
水色の瞳が前を向く。
「特に、聖剣を持ったお前はな」
荷車の軋む音だけが響く。
さっきまでの穏やかな空気が、少しずつ張り詰めていく。
カンナは続けた。
「夜隠は一度きりだ」
オサリアの肩が小さく震える。
長老の言葉を思い出した。
失敗は許されない。
カンナは振り返らない。
ただ、前だけを見たまま言った。
「生きて帰ることを最優先にしろ」
その言葉に誰も反論しなかった。
世界を救う。
そのためには。
まず、自分達が生き残らなければならないのだから。
やがて。
荷車は巨大な門の前へ辿り着いた。
門の向こうには、薄く白み始めた空が広がっていた。
その先に待つものは、決して明るいものではない。
門を越えた瞬間、空気が変わった。
頬を撫でる風の温度。
土の匂い。
遠くから聞こえる鳥の声。
どれも見慣れたはずのものだった。
けれど。
終わらない夜の国から出たばかりの身体には、
どこか別世界のようにも感じられた。
ノクスの石門が小さくなっていく。
蒼い灯りは、もう見えない。
けれどペプシルの鞄から、淡い蒼色が小さく光る。
故郷が確かに存在していた証のように。
地平線の向こうに、白い光が滲み始めている。
ゆっくりと夜が明けていく。
群青は金色の光にのまれ、世界の輪郭を少しずつ照らしていく。
誰も言葉を発さない。
ただ静かに、その景色を見つめていた。
「ここから先はアストラ領だ」
カンナのその一言で、旅人達の表情が変わる。
穏やかな旅は終わった。
機械大剣は、黒い布で覆われている。
国家の中心、新星アストラ。
世界最強の軍事国家。
そして――皇帝プルーが居る街。
遠くの空にアストラの偵察飛空艇が横切った。
「……軍用か」
イリアスが目を細める。
空高く進む飛空艇の船腹には、金の紋章が描かれていた。
六つの翼を広げた星に、新星アストラの紋章。
「あの高度なら、こちらは見えていないはずだよ」
「はず、やろ?」
サクヤが眉をひそめる。
ヨザキは頷いた。
「ああ。絶対ではない」
「だが、恐らく都市部優先だ。
街道全てを監視できるわけじゃない」
カンナは手綱を握ったまま口を開く。
「妙な行動は起こすなよ」
水色の瞳は前だけを見据えていた。
勇者達を乗せた荷車は進む。
帝国の空の下を、 当たり前のように。
いくつもの街道を越えていくうちに、
太陽は南の空高く鎮座していた。
頭上に広がる空は高く、青かった。
ノクスで目が暗闇に慣れていた。
あまりにも明るすぎる世界に、
オサリアは何度目かの瞬きをする。
「……まぶしい」
ぽつりと漏れた声。
御者台からカンナが苦笑する。
街道を進んでいけば、景色が段々と変わっていく。
整備された石畳や、一定間隔に設置された里程標。
道沿いには監視塔まで見える。
その光景に、ヨザキが静かに目を細めた。
「随分と整備されているな」
「ああ」
カンナが頷く。
「プルーが即位してから特にな」
短い言葉だった。
だが、その場の空気が僅かに変わる。
遠くの丘の上。
白い石造りの監視塔が見えた。
塔の頂上には、六翼の星。
新星アストラの紋章が風に揺れている。
「税金払って、豊かになんのは帝都だけやな」
気色悪い、とサクヤは吐き捨てた。
「昔のアストラは、ここまでじゃなかった」
カンナが静かに言う。
「皇帝の権力は昔から強かった」
「だが――」
水色の瞳が細くなる。
「国全体が、こんなに張り詰めてはいなかった」
道行く商人。
すれ違う荷馬車。
旅人達。
誰もが普通に歩いている。
笑い声も聞こえる。
平和な景色だった。
なのに、どこか息苦しい。
まるで、見えない何かに監視されているような。
その時だった。
街道脇に立つ掲示板が目に入る。
そこには新しい紙が貼られていた。
――聖剣保持者に関する情報提供を求む。
大きく書かれた文字。
その下の特徴欄には、見覚えのある言葉が並んでいた。
金髪。
青い瞳。
機械大剣。
カンナは掲示板を見て、小さく舌打ちをする。
「…賞金が出てる」
その言葉に、空気が凍った。
掲示板の端に、小さく書かれた文字。
――有力な情報提供者には皇帝府より報奨金を支給する。
「……報奨金か」
ヨザキが静かに目を細める。
「善意より、よほど確実だ」
「なにがなんでも捕らえたいんだろうな」
カンナの髪が風で靡く。
掲示板がかさりと揺れた。
そこに貼られていたのは、勇者だけではない。
脱税者。
密輸犯。
指名手配犯。
そして。
『皇帝への反逆思想を持つ者の情報を求む』
「反逆思想……?」
オサリアが目を見開く。
罪じゃない。
まだ、何もしていない。
考えただけ。
疑われただけ。
それだけで監視の対象になる。
……道を歩く人々の笑顔は、張りぼてのように見えた。
「……行くぞ」
カンナが手綱を鳴らす。
荷車が再び動き出す。
青空の向こうに、白く巨大な都市の輪郭が見え始めていた。
遠目にも分かる。
高い外壁に、幾重にも連なる白亜の塔。
そして空を行き交う飛空艇。
その全てが、他国とは比べ物にならない規模だった。
「でっか……」
グランヴィアが思わず声を漏らす。
隣でサクヤも目を丸くした。
「ラグナよりデカいやん……」
オサリアは息を呑む。
街というより、一つの国が、
そのまま城壁の中へ収まっているようだった。
その時。
カン、カン、と。
遠くで鐘の音が鳴り響いた。
規則正しい音。
決して大きくはない。
だが、不思議とよく響く音だった。
オサリアが首を傾げる。
「なんの鐘……?」
カンナが短く答える。
「正午の鐘だ」
「アストラじゃ、時間は全部これで管理されてる」
食事の時間。
商業区の開閉。
飛空艇の発着。
兵士の交代。
街全体が、一つの歯車みたいに動く。
イリアスが小さく眉を上げた。
「へぇ。便利っちゃ便利だな」
「便利だよ」
カンナは淡々と答える。
「だから、皆従う」
便利。
効率的。
正しい。
どれも悪い言葉じゃない。なのにどこか、息苦しい。
遠くの街道の脇を、一隊の兵士達が通り過ぎる。
白い軍服。
揃った足並み。
腰には同じ形の剣。
胸元には六翼の星。
誰一人として私語はない。
まるで、全員で一つの生き物みたいだった。
兵士の一人が荷車へ視線を向ける。
ただ、それだけなのに。
荷台の空気が、一瞬で張り詰めた。
ペプシルは自身を隠すように、
カンナから預かっていた外套を深く被る。
オサリアは無意識に肩を強張らせた。
兵士達は何も言わない。
何事もなかったように、そのまま通り過ぎていく。
車輪の音だけが残る。
オサリアは小さく息を吐いた。
「……怖い人達なの?」
カンナは少しだけ考える。
それから、静かに答えた。
「違う」
意外な返答だった。
「真面目な人達だ」
水色の瞳が細められる。
「国を守ろうとしてる」
「家族を守ろうとしてる」
「ただ――」
そこで言葉を切る。
「正しいと思ったことを、疑わない国になった」
カンナの表情はどこか険しかった。
荷車は帝国の街道へと差し掛かる。
白亜の都は、少しずつ大きくなっていた。
その時だった。
「止まれ」
低い声が少し遠くで響く。
街道の先。
白い鎧を纏った兵士達が、街道を封鎖していた。
荷車の列が、そこで途切れている。
検問だった。
オサリアの身体がぴくりと強張る。
カンナは表情一つ変えない。
「定期検査だな」
慣れた声だった。
ペプシルは無言で外套を深く被る。
「落ち着けば大丈夫だよ」
紫の瞳は静かだった。
「不自然な方が目立つ」
前方では、兵士達が荷車を一台ずつ止めている。
荷物の確認。
身分証の提示。
簡単な問答。
普通の検問と変わらない。
だが商人達の顔には、どこか緊張が浮かんでいた。
「次」
兵士の声が響く。
前の荷車が通される。
そして。
列が、一つ進んだ。
カンナが握る手綱が、微かに音を立てる。
長年この道を渡ってきた行商人でさえ、絶対はないのだ。
列が、一つ進む。
また、一つ。
車輪が石畳を軋ませる音だけが、妙に大きく聞こえた。
やがて。
カンナが小さく息を吐く。
「……そろそろだな」
水色の瞳が荷台を振り返った。
「全員、隠し箱へ入れ」
サクヤは瞬きをする。
「隠し箱?」
カンナは荷台の奥へ顎をしゃくった。
積み上げられた木箱。
薬草や夜鉱石が詰め込まれているように見える箱だった。
だが。
底板を外すと、その奥には人が身を潜められる空間が広がっていた。
グランヴィアが目を見開く。
「お、おお……」
「密輸用や」
サクヤが引きつった顔で呟く。
カンナは悪びれもしない。
「裏の行商人なら普通だ」
……ここではそれが普通なのだろう。
「検問は正面から抜ける」
「だが、お前達は見せない」
「勇者の手配書が出回ってる以上、顔を見られた時点で終わりだ」
その言葉に、誰も反論しなかった。
ペプシルは黙ったまま、
一番最初に木箱へ身を滑り込ませた。
迷いのない動き。
こういう生き方に慣れてしまったのだろう。
勇者なのに。
誰かを守るはずの人なのに。
隠れなければ、生きていけない。
そんな世界になってしまった。
「ほら、オサリア」
箱の中からペプシルの声がした。
ぶっきらぼうな声。
けれど、不思議と落ち着く声だった。
「……うん」
木箱へ足を踏み入れれば、中は狭く、暗かった。
ほのかに木の匂いがする。
続いてサクヤとグランヴィア。
イリアスとヨザキも身を潜めた。
最後に、蓋が閉じられる。
光が消えた。
暗闇。
荷車の揺れ。
誰かの呼吸。
自分の鼓動。
全部がやけに近い。
ノクスの暗闇とは違う。
四方から押さえつけられるような、重たい闇。
「次の荷車。停止しろ」
外から兵士の声が響いた。
オサリアの肩がびくりと震える。
検問が始まった。
荷車が止まる。
車輪の軋みが止まる。
世界が、しんと静まり返った。
オサリアは息を殺す。
自分の心臓の音が、兵士達に聞こえてしまうんじゃないかと思うほど大きかった。
硬い靴底が石畳を叩く音が近づいてくる。
かつ、かつ、と規則正しく。
「行商許可証と身分証を」
若い兵士の声だった。
だが抑揚のない声。
カンナが懐から紙束を取り出す音がする。
「定期便だ。ノクスから帝都へ薬草を運んでる」
「積荷の内容は?」
「夜鉱石、薬草、保存食。書類通りだ」
紙を捲る音。
しばらくの沈黙。
オサリアは膝の上で手を握り締めた。
隣から、小さな気配が伝わる。
ペプシルだ。
何も言わない。
けれど、不思議と落ち着いた。
その時、兵士の声が響く。
「積荷の確認を行う」
木箱の外で、がたん、と荷物が動かされた。
別の靴音が、木箱のすぐ傍まで近付いてくる。
心臓が跳ねた。
祈る。
神へではない。
ただ、この瞬間が通り過ぎることを。
木箱の上に、何か硬いものが当たる。
コン。
確認のために軽く叩いているだけ。
それだけなのに、息が止まりそうになる。
コン。
コン。
音が近付く。
そして。
オサリア達が隠れる箱の前で――止まった。
沈黙。
長い。
ほんの数秒のはずなのに。
永遠みたいに長かった。
「……これは?」
「ああ、それか」
カンナは少しだけ呆れたように言葉を続けた。
「売れ残りだよ」
「ノクスの薬草は湿気に弱い。開けるなら自己責任だ」
外で、兵士達が顔を見合わせる気配がする。
「臭いが染み付くぞ」
次の瞬間、誰かが小さく舌打ちした。
「……次を確認しろ」
足音が離れていく。
遠ざかっていく音を聞いても、
オサリアは息を吐くことができなかった。
まだ終わっていない。
検問を抜けるまでは、何も終わっていない。
外では荷物を動かす音が続いている。
木箱が擦れる音。
書類を捲る音。
兵士達の短いやり取り。
その全てが、暗闇の中では妙にはっきり聞こえた。
狭い箱の中は少しずつ熱を帯びていく。
息苦しい。
胸が苦しい。
このまま重苦しい闇に潰されてしまうのではないかと思う。
その時。
隣から、小さな温もりが触れた。
ほんの少し、指先だけ。
驚いて顔を向けるが、暗闇の中で姿は見えない。
けれど、分かった。
ペプシルだ。
彼は何も言わない。
ただ、そこにいる。
それだけだった。
なのに、不思議と震えが少しだけ収まった。
オサリアは小さく指を握り返す。
暗闇の中、誰にも見えない場所で。
ほんの少しだけ勇気を分け合うみたいに。
その時だった。
「待て」
先程とは違う。
低く、よく通る声が響いた。
空気が変わったのを感じる。
「隊長」
敬礼する音。
揃う靴音。
隊長と呼ばれた人物は、ゆっくりと歩き出す。
そして――荷車の前で、その足音は止まった。
「……ノクスの行商人か」
重く、静かな声だった。
先程までの兵士達より、ずっと恐ろしく聞こえた。
「そうだ」
カンナが短く答える。
鐘の音がよく聞こえた。
まるで、何事もない日常のように。
「逃亡した勇者が各地で目撃されている」
隊長は、淡々と告げる。
「念のため、全て開けろ」
その一言で、箱の中で微かに聞こえていた呼吸音が止まった。
「断る」
だが、カンナの声は毅然としていた。
「検問への拒否か?」
隊長の声が低くなる。
「違う」
「ノクスの素材は強い日光に弱い」
「品質が落ちる。許可証にも記載済みだ」
紙を受け取る音。
書類を捲る音だけが響く。
「……確かに記載はある」
「だが、規定では検査権限が優先される」
冷たい声だった。
「一箱だけ確認する」
重い足音が近付く。
カツ。
カツ。
カツ。
その音は。
――オサリア達の箱の前で止まった。
金具が鳴り、外側の蓋が持ち上がる。
木箱の中に光が差し込んだ。
オサリアは反射的に目を閉じる。
「……夜鉱石か」
隊長の声が響く。
木箱の上段。
そこには本物の夜鉱石が詰められていた。
自分達の頭上で、蒼い石が静かに揺れている。
兵士が鉱石を一つ持ち上げる。
「品質は問題ないな」
短く確認すれば、鉱石が戻されそのまま蓋が閉じる。
隊長が数秒黙って荷車を見つめる。
そして。
「通せ」
淡々とした声。
感情はない。
慈悲でもない。
ただ、規定通り。
荷車がゆっくりと動き出す。
検問所のざわめきが、少しずつ遠ざかっていく。
それでも、誰一人として、まだ声を出さなかった。
木箱の中。
オサリアは自分が息を止めていたことに気付き、
小さく息を吸う。
肺が熱い。
胸の奥がじくじくと痛んだ。
生きてる。
まだ、生きてる。
隣で、ペプシルの指先がそっと離れていった。
ほんの少しだけ名残惜しくて。
オサリアは小さく自分の手を握りしめる。
やがて。
「……通過した」
御者台から、カンナの低い声が聞こえた。
その一言で。
張り詰めていた空気が、ふっと緩む。
誰かが小さく息を吐いた。
たぶん、グランヴィアだ。
箱のどこかで、サクヤが小さく「はぁぁ……」と小さく呟いた。
イリアスは何も言わない。
ヨザキも黙っている。
けれど。
皆、生きていた。
「もう少し進んでから出ろ」
カンナはそう言って、帝都へ向かう街道を進む。
しばらくすれば、荷車がゆっくりと速度を落としていく。
周囲の喧騒が少し遠い。
街道脇の林だろうか。
「出ていいぞ」
カンナの声を合図に、ぎぃ、と蓋が開く。
オサリアは思わず目を細めた。
差し込む陽の光。
青い空。
揺れる木々。
さっきまでの暗闇が嘘みたいだった。
箱から這い出れば、足が少し震えた。
地面を踏んだ瞬間、張り詰めていた力が抜ける。
「はぁぁぁぁぁ……っ!」
グランヴィアが大きく息を吐いた。
「寿命縮んだぞ今の……!」
「オレ、三年くらい老けた気ぃするわ……」
サクヤがへたり込む。
「……レヴァリアん時と比べもんにならねぇよ……」
イリアスは額を押さえている。
「検問を抜ければ一先ず安全だ」
カンナは目を細める。
「外周警備は入城者全員の顔なんか覚えちゃいない」
「だが、勇者だと確信されたら終わりだ」
ヨザキとペプシルは、静かに帝都を見上げていた。
オサリアも振り返る。
白亜の城壁。
空を埋める飛空艇。
天へ伸びる無数の塔。
帝都アストラ。
あまりにも巨大で。
あまりにも美しく。
あまりにも――冷たかった。
カンナが静かに口を開く。
「歓迎するよ」
水色の瞳が帝都を見上げる。
その声音に、喜びはない。
「新星アストラへ」
冷たい風が吹く。
白い旗が、空の下で揺れていた。




