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星を戴く者

書庫を後にした一行は、再びノクスの街を歩いていた。


先ほどまでのどこか重たい空気は、いつの間にか薄れている。


…正確には、誰も触れなかったのだ。


「よーし! 次は市場や!」

サクヤが拳を突き上げる。


「食い歩きや食い歩き!」

「さっき朝飯食ったばっかだろ……」

イリアスが呆れる。


「別腹や!」

「便利な言葉だな」

ペプシルが呟く。


オサリアは楽しそうに笑った。


「ふふっ。じゃあ案内するね!」


そう言って先頭に立つ。

足取りは軽い。

宝物を見せる小さな子供みたいに。


やがて、開けた広場へ出る。

そこには、外の街とは一風変わった景色が広がっていた。


蒼い布の屋台の下で、青白く光る果実。

銀色に光る夜魚の干物や、黒い鉱石細工。

淡く光る水路に沿って並ぶ露店には、人々の笑い声が溢れていた。


「おぉぉ……!」

 

グランヴィアが目を輝かせる。


「すげぇな!」

「夜なのに人がぎょうさんおる……!」

 

サクヤもご機嫌に尻尾を高く振っている。


「つまり、夜の朝だな」

「余計分からん!」

真剣な顔で呟くイリアスにサクヤが叫んだ。


「お、オサリアちゃん」


ひとつの露店から、優しい女性の声が彼女を呼んだ。

店の方を見れば、淡く光る花々が店先いっぱいに並んでいる。


「あっ!」

オサリアの顔がぱっと明るくなる。


「カオル姉ちゃん!」


とてとてと短い歩幅で駆け寄る。

その様子は、旅の仲間ではなくただの娘だった。


「今日はお友達連れてんの?」

「うん! ノクスを案内してるの!」

「あはっ、そうなの。元気そうで良かったよ」


白く綺麗な手が、優しくオサリアの頭を撫でる。

流れるような動き。きっと何度もそうしてきたのだろう。


「花か」


ヨザキは丁寧に並ぶ切り花へ目を向けた。

青白く光る小さな蝶が、花々の間を星屑のように舞っている。


「買ってくかい?今ならオマケしとくよ。オサリアの友達らしいし」

 

ペプシルは花を横目に見る。

 

「……花なんて、旅で持っててもすぐ枯れちまうだろ」


その言葉に、カオルは待ってましたと言わんばかりに胸を張った。


「ふふん、そこがノクスの花なんだよ」

 

カオルは店先に飾られていた、少し萎れた一輪の花を手に取る。

 

「この子たちはノクスの夜鉱水で育ててるからね。

 少し魔力を流してあげれば……」


そういうと、カオルの手のひらに青白い魔力が灯る。


花弁が、ふるりと震えた。


色褪せていた青が少しずつ深みを取り戻し、俯いていた茎がゆっくりと起き上がる。

やがて一輪は、夜空へ向かうように静かに咲き直った。

 

「しばらく元気に咲いてくれるのさ」


五人は唖然とその様子を見ていた。


「ほらね!凄いでしょ!」

オサリアはカオルと肩を並べて、自慢げに笑う。


「……便利すぎへん?」


サクヤが思わず目を丸くした。


「夜鉱水に、何か秘密があるのか……?」


イリアスは興味深そうに花を覗き込む。


「魔力を植物の養分へ変換しているのかもしれないね」


ヨザキもイリアスと並んで、静かに花へ視線を落とした。

 

「ふふっ、いい線だ」


カオルは嬉しそうに頷く。


「魔力はこの子達にとって栄養みたいなもの」

「だから元気にはなるけど、過ぎた時間までは戻せない」

「いつかはちゃんと星へ還るよ」


ペプシルは黙ってそれを見ていた。

 

「買うか?」

 

グランヴィアがオサリアに尋ねる。

 

オサリアは少しだけ考えて、それから首を振った。


「ううん。今日は見るだけ!」

「カオル姉ちゃんのお花は、また今度ゆっくり選びに来るね!」

 

そう言って、指に止まっていた蝶を、そっと花へ帰した。


「あはは、いつでもおいで」


カオルは優しく手を振る。

六人も軽く手を振り返し、花屋を後にした。


その後も。


「オサリアやっほー!」

「旅はどうだった?」

「怪我してないかい?」


市場を歩けば歩くほど、次々とオサリアに声が掛かる。


同年代の少女。

魚屋の青年。

水路で遊んでいた子供たち。


誰もが笑っていた。

誰もが彼女を知っていた。


「人気者やなぁ……」


サクヤが感心する。


オサリアは少し照れくさそうに笑った。


「えへへ」


少しだけ周りを見渡す。


花屋も。

魚屋も。

行き交う人たちも。


そして、まるで当たり前のことを言うように。


「みんな家族みたいなものだから」

 

その言葉に。

ペプシルの足が、ほんの少しだけ止まった。


家族。


簡単に口にする言葉じゃない。

少なくとも、自分には。

 

けれど、この街の人々を見ていると。

不思議とその言葉が嘘には思えなかった。


その時だった。

 

「おっ」


突然、グランヴィアの目が輝く。

視線は屋台の先。

そこから香ばしい匂いが漂っていた。


串焼きだった。

夜鳥を香草で焼いたものらしい。


「うまそうだな!」

「うわホンマや!」

「買う?」

「「買う!!」」

 

即答だった。

あまりの勢いにオサリアが吹き出す。


サクヤとグランヴィア、それにオサリアはそのまま屋台へ駆けていった。


「ほんと、食いモンには目がねぇなアイツら」

イリアスが微笑ましそうに、三人の背中を見ていた。

 

数分後。


三人は大きな串を片手に、幸せそうな顔をしていた。


「うめぇ……」

「口の中でとろけてまう…」

「おいひい…」


三人は夢中で串焼きを頬張っていた。

 

「…そんなに美味しいんだね」


ヨザキは、口元にソースを付けたまま幸せそうに頬張るグランヴィアを見て、小さく苦笑した。


「食え!!」


そう言って、グランヴィアがずいっと食べかけの串をヨザキに突き出した。


「え」

困惑しながら眼鏡を押し上げる。

「食べかけじゃないか…」

「細けぇこと気にすんな! うめぇぞ!」

「せやせや!スカしてこないな美味いもん逃すとか人生損やで!!」

いつの間にかサクヤも参戦していた。

 

そう言って押し問答を繰り返す様子を、ペプシルは少し離れた場所から眺めていた。


「食べる?」

 

「うわっ!?」


いつの間にか。

オサリアが串を片手に、すぐ隣へ立っていた。

口元には、まだソースがちょこんと付いている。

 

「……口」


ペプシルは少し眉をひそめる。

 

「え?」

「ソース」

「えっ!?」


オサリアは慌ててポケットを探る。


「あ……ティッシュ切れてた!」

「……」


ペプシルは小さくため息をつき、懐からハンカチを取り出した。


「あ、ありが——」


オサリアが礼を言い終わるより早く。

ハンカチ越しに、少し乱暴な手つきでオサリアの口元を拭った。

 

「…獣みてぇな食い方すんな」

 

そう言って、呆れたように親指でグランヴィア達の方を指した。


「あ……」


オサリアは目をぱちぱちと瞬かせる。

自分に何が起きたのかを反芻するように、そっと口元へ触れた。


「……ありがと?」


まだ少し不思議そうな顔のまま、小さく笑う。

ペプシルは鼻を鳴らし、そのまま視線を逸らした。


視線の先にあったのは、鉱石屋だった。

青く光る夜鉱石が、店先いっぱいに並んでいる。


「おぉ……」

感嘆とも、恍惚ともつかない声が聞こえる。

 

イリアスは青く輝く夜鉱石を両手に持ち、真剣な顔で見つめている。

完全に職人の顔だった。


「…またかい」

「ハハッ、アイツほんと好きだよなああいうの」

「さっきも街灯見とったしな」


いつの間にか押し問答は終わっていたらしい。

三人の声が後ろから響く。


ヨザキの口元には、小さくソースが付いていた。

結局、食べたらしい。


四人はそのまま、イリアスの元へ近づいた。

 

「……純度が高い」


ぽつりとイリアスが呟く声が聞こえる。


「魔力の流れが均一だ」

「削り出しじゃなく結晶成長か……?」


店主のおじさんが目を丸くする。


「おや、詳しいねぇ」

「少しな」

少しどころではなかった。

完全にスイッチが入っている。


サクヤが苦笑する。

「もうオタクやん」


グランヴィアが串を咥えたまま頷く。

 

「鍛冶屋モードだな」

「いつものことだ」


その時、イリアスが別の鉱石を手に取った。

細長く加工された、青い結晶。

内部で星のような光が揺れている。


「これは?」


店主は少しだけ胸を張った。


「夜鉱石だよ」

「魔導具の灯りに使われてるやつさ」


イリアスの目が見開かれる。


「これが……」


その瞬間だった。


ぐい。


服の裾を引っ張られる感覚。


オサリアだった。


「ねぇねぇ」

「イリアス、こういうの好き?」


彼女は楽しそうに笑う。

 

「好きっつうか……」


イリアスは数秒考えて。

ほんの少しだけ口元を緩めた。


「好きだな」


珍しく、真っ直ぐな感想を呟いた。


サクヤが吹き出す。


「素直やん!」

「事実だからな」


イリアスは悪びれない。

グランヴィアが豪快に笑った。


「分かりやすくていいじゃねぇか!」


その声を聞いた店主は、棚の奥から小さな道具を取り出してきた。

黒い金属で作られた掌サイズの装置。

中心には夜鉱石が嵌め込まれていた。


「兄ちゃん、職人ならこっちも見てみるかい?」


イリアスの目の色が変わる。

……いや、変わりすぎた。


「見せてくれ!」


前のめりだった。

完全に食いついた。


ペプシルは小さく息を吐く。


「……しばらくは戻ってこねぇな」

「そうだね」

 

ヨザキと諦めたように呟く。


「いつもこんなんか」

サクヤも苦笑する。

 

「レヴァリアん時も、俺の聖剣の時もそうだった」


ペプシルはどこか懐かしそうに呟く。


「聖剣?」

「ああ」

 

ペプシルは背負っていた機械大剣をおもむろに抜く。

何度も使って、何度もメンテナンスしてもらった。

鋼と銅色の蒸気筒や電線が張り巡らされた、

機械仕掛けの大剣。

歯車は未だ、回り続けている。

 

「アストラの追跡魔法をも欺く、

 機械大剣に改造しちまったんだよ」

「手が焼きこげようとも、工房を捨ててでもな。」

 

その一言で、サクヤとグランヴィアは絶句した。


「改造って……」

「だ、大犯罪者じゃねえか……」


その言葉を聞いて、イリアスが豪快に笑った。

 

「俺の最高傑作だぜ……!」

「悪びれる様子もねえな!」

グランヴィアはすかさず突っ込む。

イリアスはまた店主の方へ向き直った。

 

オサリアはくすくす笑っている。


「イリアス、すっごく楽しそう」


その言葉に。

皆が改めてイリアスを見る。


普段は冷静で。

どこか大人びていて。

面倒見も良い男。


けれど今は、新しい玩具を見つけた少年みたいだった。


ペプシルは少しだけ目を細める。


旅に出てから、色んな姿を見てきた。


怒って。

笑って。

悩んで。

傷付いて。


そして今。

仲間の、ただ楽しそうな笑顔。


それを見て――何故だか、少しだけ嬉しいと思えた。


しばらくすれば、イリアスの職人トークが終わる。

何やら満足そうに袋を抱えて戻ってきた。


「買ったんかい」

サクヤが呆れたように言う。


イリアスは当然のように頷く。


「ああ、研究用だ」

「サンプルもいくつか貰った」

 

袋の中では、小さな夜鉱石が青く淡く光っていた。


「絶対研究だけじゃ終わらんやろ」

「失礼だな」


イリアスは真顔で答える。


「まあ改造案は三つほど浮かんでるけど」

「ほらな!?」

 

サクヤが即座に突っ込んだ。

 

「仕事が早ぇな!」

グランヴィアが豪快に笑う。


「良い素材を前にした職人は止まれん」

「俺の武器も作ってくれよ!」

「高くつくぜ」


ヨザキはイリアスをポカ、と軽く小突く。

 

「変な武器を生み出して、問題起こさないでくれよ」

「何言ってんだ、今更だろ」

 

イリアスは機械大剣を見て、あっけらかんと言った。

 

ペプシルが呆れたように息を吐く。

だがその口元はもう、遠慮なく緩んでいた。


一行は工房を出る。

 

「次はどこ行くんや?」

サクヤが伸びをしながら尋ねる。


オサリアはぱっと顔を上げた。


「夜花の庭園!」

「おお!」

 

グランヴィアは待ってましたと言わんばかりに声を上げた。


「ノクスで一番綺麗な場所なんだよ!」

「おっ、観光名所的な?」

 

イリアスは目を輝かせる。


「うん!」


オサリアは大きく頷く。


「お祭りの日はもっと綺麗なんだけど、普段でもすっごく綺麗なんだから!」


その勢いに押されるように、一行は市場を後にした。


賑やかな声が少しずつ遠ざかる。


代わりに聞こえてきたのは、水の流れる音だった。


夜空の下。

蒼く光る水路が静かに続いている。


その先。


開けた場所へ出た瞬間――目の前が淡い青色に染まった。

 

サクヤは息を呑む。

 

「……うわぁ…!」


果てしなく広がる夜花。


蒼。

藍。

紫。


幾重もの青が、夜を染めている。

 

星空を地上へ落としたような花園が、どこまでも広がっていた。


風が吹くたび、花弁が淡く光を散らす。

夜空そのものが揺れているように、ただ、静かに。


グランヴィアが思わず声を漏らす。


「すげぇ……」


イリアスも珍しく言葉を失う。

 

ヨザキは静かに目を細めた。


「……壮観だ」


短い言葉だった。

けれど、その一言に全てが込められていた。


オサリアは嬉しそうに振り返る。


「でしょ?」

故郷を褒められた子供の顔だった。


ペプシルは黙って庭園を見つめる。


言葉が出なかった。


旅に出てから、様々な景色を見てきた。


けれど、こんな景色は知らない。


静かで。


優しくて。


ただ美しかった。


オサリアは満足そうに微笑む。

足元に咲く花をいくつか摘み、両手に抱えると、

花園の中央に建つガゼボへ歩いていった。

 

そして、ベンチに腰を下ろす。

 

不意に、夜風が吹いた。

 

花弁がふわりと舞う。

夜花は星のように淡く輝き、

その光を纏うようにオサリアの長い髪が揺れた。


その姿は——夜の星から降りてきた星霊のようだった。


「……綺麗だな」


ぽつり。


無意識に漏れた言葉だった。


「え?」


オサリアが振り返る。

ペプシルは一瞬だけ目を見開き――

 

「……いや」


ぶっきらぼうに目を逸らす。


「花のことだ」


耳が少しだけ赤かった。


数秒の沈黙。


そして、オサリアはふわりと笑った。


「うちも、この庭園大好き」


夜空の下。

花々が静かに揺れる。

星が瞬く。


誰も、その静けさを壊そうとはしない。


穏やかな時間だった。


「……ノクスは」

 

イリアスはふと口を開いた。


皆の視線が向く。


「危険な場所だって教わった」


イリアスは近くの石畳へ腰を下ろし、静かに淡く光る花を見つめた。


「危険な闇の民が住む閉ざされた街」

「外じゃ、そういう話ばっかだった」


緑の瞳が、揺れる青花を映す。


「でもよ」


少しだけ目を細める。


「多分、どの街よりも――一番優しくて、綺麗な気がする」


その言葉に。


オサリアの目が、僅かに見開かれた。


驚いたように。

けれど、ひどく嬉しそうに。


「……そっか」


小さく笑う。


「ありがとう」


その笑顔は、どこか照れくさそうだった。


サクヤは空を見上げる。


「偏見って、怖いもんやなぁ」

 

ぽつりと零した。


「無意識でも、見たこともない場所のこと、

 勝手に決めつけてまう」


グランヴィアが腕を組む。


「俺も正直、もっと怖ぇ街だと思ってた」


「僕もだ」


ヨザキが短く答える。


オサリアは少しだけ俯く。


「……うちね」

夜花をそっと撫でる。


「みんなに、ノクスを好きになってほしかったの」


故郷を愛する娘の声だった。

 

「レーネ皇帝は、きっと分かってたんだ」

 

その声には寂しさが混じっている。

 

「ノクスの人達も、皆と一緒で、優しい人なんだって」


「もう、外の街との交流は叶わなくなってしまったけど」


顔を上げる。


夜空のような蒼い花々の中で。

オサリアの琥珀色の瞳だけが、

小さな灯火みたいに温かかった。


「皆に好きって言ってもらえて、嬉しい」


風が吹いた。


花弁が夜空へ舞い上がる。


まるで、小さな星が空へ還っていくみたいだった。


星空の下で。

絵を描くサクヤ。

花の名前を聞くグランヴィア。

夜花の構造を観察しているイリアス。

静かに景色を眺めるヨザキ。

 

別の街で生きてきた者たちが。

 

恐れられていた闇の地で同じ景色を見て。


同じように、笑っていた。


 

ふと。


オサリアが何かを持ってペプシルに近づく。

 

「はい!」


頭にふぁさ、と何かを被せられた。

 

「……は?」


ペプシルが目を瞬かせる。

視界の端で、青い花弁が揺れた。


夜花だった。


蒼く淡く光る花を編んだ、小さな花冠。


「似合うよ!」


オサリアが満面の笑みを浮かべる。


ペプシルは動かない。


数秒。


完全に思考が止まっていた。


「……なんだこれ」

 

ようやく絞り出した声。


「花冠!」


自慢げだった。


「小さい頃、みんなでよく作ってたの!」


夜花の灯りが、彼の金髪を淡く照らす。


どこか幻想的で。

まるで、星を戴いているみたいだった。


「ぶっ――」


サクヤが吹き出した。


「似合っとるやん!」

「勇者っぽいな!」

グランヴィアが豪快に笑う。


「いや、妖精の王みてぇだな?」

イリアスが真顔で言う。


「褒めてんのかそれ……?」

ペプシルが顔をしかめる。


ヨザキは少し目を細めた。

「案外、悪くないよ」

珍しく素直な感想だった。


ペプシルはますます居心地悪そうに眉を寄せる。


「外せ」

即答だった。


「えーっ!」

オサリアが不満そうな声を上げる。


「似合うのに!」

「そういう問題じゃねぇ」

ぶっきらぼうに答え、自身の手で外そうと手を伸ばす。


だが。

 

花冠へ伸ばした手が、途中で止まる。


仲間達の笑い声。

夜花の揺れる音。


オサリアの笑み。


「……」


小さく息を吐く。


手を下ろした。


オサリアの顔がぱっと明るくなった。


「えへへ!」

嬉しそうな笑顔だった。


ペプシルは目を逸らす。

耳だけが、少し赤かった。


夜風が吹く。


花々が揺れる。


笑い声が、星空へ溶けていく。


ペプシルはその光景を見つめる。


もし。


もし本当に。


神がいるのなら。


どうして、こんな優しい場所へ残酷な運命を用意したのだろう。


そんな考えが、ほんの一瞬だけ脳裏を過ぎった。


神や運命は嫌いだ。


勇者だの。

救いだの。


いつだって、勝手に押し付けてくる。


けれど。


この街が滅びることも。

この笑顔が消えることも。


それだけは、嫌だと思った。


理由は分からない。


ただ――オサリアが笑っている世界の方が、少しだけ良い。


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