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夢見る結晶

イリアスとヨザキを落描きました。


https://51583.mitemin.net/i1188482/

騎士団の施設へ戻る頃には、街の喧騒はさらに大きくなっていた。


怒号や悲鳴、駆ける足音。

空気そのものが不安一色に染まっている。


施設の前では騎士達が慌ただしく出入りし、普段の落ち着いた様子は見る影もない。


「何が起きてるの……?」

オサリアが息を切らしながら呟く。


その時だった。


「おい!!」

聞き慣れた大声が響く。


振り返れば、施設の入口でグランヴィアが大きく手を振っていた。

その表情には、いつもの余裕がない。


「無事だったか!!」


「グランヴィア!」

オサリアが駆け寄る。


その後ろには、自身の武器を背負ったペプシルとサクヤ、

そしていつの間に戻っていたのかイリアスの姿もあった。


誰一人として笑っていない。

重苦しい沈黙。

空気が張り詰めていた。


「……何があった?」

ヨザキの問いに答えたのはイリアスだった。


珍しく、軽口のない声。


「結晶が出た」

 

短い言葉。


だが。


その続きが、全員の呼吸を止めた。


「――人間の身体からな」


空気が凍る。

オサリアの喉が鳴った。


昨日まで魔物だけだった。


結晶は、人を侵さないと思っていた。


なのに。


「被害者は今分かってる時点で四人」


ペプシルが静かに続ける。


「全員、鉱山で結晶によって怪我したヤツらだ」


その言葉に、全員の顔色が変わった。


脳裏に、あの暗い坑道で怪しく輝いていた巨大な結晶の姿がよみがえる。


足を貫かれた者。


腕を切った者。


血を流しながら、それでも作業を続けていた人々。


――あの場にいたのは、自分達も同じだ。


「……ま、待って」

震える声が漏れる。


「それって……」

最後まで言葉にならなかった。

オサリアの小さな肩が、目に見えて小刻みに震え始める。


イリアスが重い息を吐く。


「現時点で発生条件は不明」

「結晶に触れたのか、傷を負ったのか、魔力が原因なのかも分かっちゃいねぇ」

珍しく、その声には余裕がない。


サクヤが無意識に木槍を握り締める。


「……オレらも、可能性あるっちゅうことか」


どろりとした沈黙が落ちる。


その時だった。


施設の奥から、耳をつんざく悲鳴が響いた。


『うああぁぁぁぁっ!!』


全員が弾かれたように顔を上げる。

続けて、壁の向こうから騎士達の怒号が重なった。

 

『近づくな!!』

『結晶が広がっている!!』


空気が凍りつく。


ヨザキの紫の瞳が、刃のように鋭く細まった。


「――行くよ」

次の瞬間には、全員が走り出していた。



騎士達の怒号が飛び交う廊下を駆ける。


石床を打つ足音。

誰かの泣き声。

消毒薬の匂い。


昨日まで休息の場だった騎士団施設は、

まるで戦場のような混乱に包まれていた。


「どこだ!?」

グランヴィアが叫ぶ。


前を走る騎士が振り返る余裕もなく答える。


「医務室だ!!」

一同は嫌な予感が胸を締め付ける。


医務室。


昨日、自分達が手当てを受けた場所。

怪我人達が運び込まれていた場所。


――まさか。


医務室に着く。扉は開いていた。

開かれた医務室で見た光景に、誰もが言葉を失った。


「……っ」


ベッドの上。


横たわる男の腕。


……その皮膚を内側から突き破るように、

禍々しい黒い結晶が生えていた。

鉱山で見つかったものと同じ、濁った闇のような黒。

まるで肉の代わりに鉱石が育っているようで、

結晶は肉体の拍動に合わせて、

微かに、生き物のように明滅している。


「痛い……熱い、痛い……っ!」


男が狂ったようにベッドの上でのたうち回る。


だが、周囲を取り囲む騎士達は近寄ることすらできない。

何がきっかけで自分も『それ』に侵されるか分からないのだ。

 

「下がるんだ!!」

「不用意に触るな! 隔離しろ!!」


飛び交う騎士の怒号。

術を失い、青ざめた顔で立ち尽くす医師達。

室内は、阿鼻叫喚の混乱の極みにあった。

 

「……なんだよ、これ」


グランヴィアが、掠れた声で呟く。

彼の顔から、すうっと血の気が引いていくのをオサリアは見逃さなかった。

 

誰も答えられない。


知っている者が誰もいない。


未知の災害。未知の病。未知の結晶。


「拘束帯を持って来い!!」

「鎮静魔法を!!」

「駄目です! 効きません!!」

 

医務室内は阿鼻叫喚だ。

黒い結晶は、まるで生きているかのように男の腕を侵食していく。

皮膚が裂ける。

肉が押し上げられる。

そのたびに男の絶叫が響いた。


「痛い……!! 助けてくれ!!」

オサリアは思わず口元を押さえた。


見ていられない。

なのに、目を逸らせない。


昨日まで笑っていた人が。


生きていた人が。


目の前で、人ではない何かに変わっていく。


男の悲鳴が絶えず響く。


「……っ」

オサリアが一歩前へ出る。


無意識だった。

考えるより先に身体が動いていた。


助けなきゃ。

苦しんでる人がいる。

治せるかもしれない。


その一心だった。


暖かな魔力が指先に集まり始める。


だが。


ぱしっと、誰かに腕を掴まれた。


「――やめろ」


低い声。

掴んだ手の主は、ペプシルだった。

青い瞳が鋭く細められている。


「ペプシル……?」

「何する気だ」

「ち、治療……」


オサリアの声は震えていた。


助けたい。

ただ、それだけだった。


ペプシルは掴む手へ僅かに力が入る。


「結晶が生える条件が分かってない」


低く。

抑え込むような声だった。


「治癒魔法で何か起きたらどうする」


オサリアが息を呑む。


「でも、うち……」

「駄目だ」


強い言葉だった。

オサリアは目を見開く。


ペプシルが、こんな言い方をするのは珍しい。

青い瞳が真っ直ぐオサリアを見ていた。


怒っているわけではない。


ただ――

 

「お前に何かあったらどうする」


その声は小さく、けれど誰よりも強く震えていた。


「……っ」


オサリアの喉が詰まる。


ペプシルは視線を逸らす。

まるで自分で口にした言葉を誤魔化すように。


「助けるのは大事だ」

「だけど、自分を犠牲にしていい理由にはならない」


その言葉で、オサリアは昨日の夜を思い出した。


『一人で抱えないことだ』


ヨザキの言葉。


そして今。


目の前には、自分を止めてくれる仲間がいる。

失わせないために。

 

オサリアはぎゅっと胸元を握った。


「……うん」


小さく頷く。

するとペプシルはようやく手を離した。


「分かればいい」

ぶっきらぼうにそう言って、視線を逸らす。


だが、男の苦痛が和らぐわけではない。

 

「……っ」

隣でサクヤが奥歯を噛み締める。

グランヴィアは拳を強く握りしめたまま動かない。

イリアスの表情も険しい。


そして。


ヨザキだけが、微動だにせず男を見つめていた。


紫の瞳が、結晶の明滅を静かに映している。


「――隊長!!」


一人の騎士が駆け込んでくる。


「隔離室の準備が整いました!!」

 

年嵩の騎士が低く頷く。


「運べ」


短い命令だった。


運ぶ。


つまり――誰かが近づかなければならない。


重苦しい沈黙が落ちる。

誰も動けない。

誰もが恐れていた。

触れたらどうなるのか。

近づけば感染するのか。

何も分からない。


だからこそ、怖い。


今の間にも、ベッドの男の変異は止まらない。

黒い結晶がパキパキと音を立てて男の肩口まで広がり、

男はついに白目を剥いて泡を吹き始めた。

医師たちが「早く隔離室へ運べ!」と叫ぶが、

恐怖した騎士たちは誰も動けない。

 

その時。


「……チッ、俺が行く」

と、グランヴィアが痺れを切らして前に出る。


「グランヴィア!?」


オサリアが目を見開く。

グランヴィアは振り返らない。


ただ真っ直ぐ男を見る。


「苦しんでる奴を放っとけるかよ」


騎士達がざわつく。

だが、その肩に手が置かれた。


「待て」

 

ヨザキだった。


静かな声。


けれど有無を言わせない響きがあった。


「感染条件が不明だ」

「君が倒れたら、ソラちゃんはどうする」


その一言で、グランヴィアの身体が止まる。

強く握られた拳が、僅かに震えた。


「……っ」


返す言葉がない。


長い沈黙の末。


騎士達が防護用の厚手の布と革手袋を身につけ、慎重に男を担架へ移し始めた。

 

「お前達……」


「グランヴィアが街の為、妹の為に一生懸命動いてくれてるのは皆分かってる」

 

騎士の一人が声をあげる。


「妹にはお前しか居ないんだろ。

 ――だから、ここは俺たちの仕事だ」

 

その声は、ひどく震えていた。

けれど、ガルディアの騎士としての確かな誇り。

そして、グランヴィアへの敬意があった。


騎士たちは慎重に、かつ迅速に男を担架へ移し始める。

擦れる革の音と、遠ざかっていく男の悲鳴。

やがて激しい嵐が去った後のように、医務室に残されたのは、耳が痛くなるほどの重苦しい静寂だけだった。

 

誰も口を開かない。

誰もが理解してしまったのだ。


これは事故じゃない。


災害だ。


それも。


誰も知らない、新しい災害。


やがて、施設の奥から騎士が現れる。


「調査協力者の皆様」


疲弊した顔で深く頭を下げた。


「至急、会議室へお集まりください」

「状況の共有を行います」


誰一人、断る者はいなかった。


誰もが薄々理解し始めていた。

昨日までの世界は、もう戻らないのかもしれないと。



会議室へ向かう道中、誰も口を開かなかった。


重い沈黙だけが一行の間に落ちる。


廊下では騎士や医師達が慌ただしく走り回り、

次々と指示が飛び交っている。

 

「負傷者の名簿を確認しろ!!」

「鉱山作業員の健康状態を洗い出せ!!」

「街の出入口を封鎖するんだ!!」


いつも活気に満ちていたガルディアの騎士団は、

今や見えない敵との戦いに追われていた。


オサリアは無意識に自分の腕を撫でる。


傷はない。


けれど。


もし、自分の身体の内側でも同じことが起きていたら。


そう考えた瞬間、指先が冷たくなった。


「……大丈夫か」


不意に低い声がした。


隣を見る。


ペプシルだった。


先程までの強い口調は消え、

少しだけ気まずそうに視線を逸らしている。


「酷い顔してんな」


オサリアは慌てて笑おうとした。


「だ、大丈夫だよ」


だが、上手く笑えない。

自分でも分かるくらい顔が引き攣っていた。


ペプシルは小さく息を吐く。


「無理して笑うな」


短い言葉だった。

 

「……ありがと」


小さく呟く。


ペプシルは「別に」とだけ返し、前を向いた。



前方を歩くヨザキが、何も言わずにその様子を見ていた。


そして、静かに目を伏せる。

まるで何かを考え込むように。


やがて、一行は会議室へ辿り着いた。

重厚な扉の前には、武装した騎士が二人立っている。


その表情は固い。

扉の向こうからは、既に複数人の話し声が聞こえていた。


「入ってくれ」


騎士が扉を開く。


中には騎士団幹部と思しき人物達と、白衣姿の医師達が集まっていた。

机の上には地図。

負傷者名簿。


そして――黒い結晶の欠片。


空気が重い。

誰もが疲弊し、焦燥を隠し切れていなかった。

席へ着くなり、一人の老騎士が口を開く。


「状況を説明する」


低く、掠れた声だった。


「現時点で確認された結晶化患者は四名」

「全員、昨日の鉱山崩落に巻き込まれた者達だ」


部屋が静まり返る。

老騎士は震える指で報告書をめくった。


「共通点は一つ」


「――全員が結晶による負傷を受けている」

 

グランヴィアの表情が険しくなる。

いつも余裕を崩さないイリアスの翡翠の瞳も、

僅かに揺れた。


一歩違えば、あそこにいたのが自分達だった可能性もある。その事実が、一行の背筋に冷たい刃を突きつけていた。


老騎士は続ける。


「感染性は不明、治療法は存在しない」

「結晶の増殖速度も不明だ」


絶望的な報告だった。


誰も言葉を発せない。


すると、部屋の隅で黙っていたヨザキが、

静かに口を開いた。


「……確認したい」


全員の視線が集まる。

紫の瞳は静かだった。

だが、その奥には鋭い光が宿っている。


「結晶化した患者に現れた症状は?」


医師が震える声で答えた。

 

「それぞれ発症した症状はバラバラです」

「発熱、幻覚、痛覚の異常……」

「あとは――恐怖心の欠如」


その瞬間。


ヨザキの目が僅かに見開かれた。

ほんの一瞬だけ。誰にも気づかれないほどの、小さな変化。


会議室の空気が、ぴんと張り詰める。

 

「幻覚が酷い患者は、『神が私を呼んでいる』『もうすぐ生まれ変わる』『俺たちは汚れてしまった』などと、意味の分からない妄言を繰り返していました」


医師の震える声が会議室に落ちる。


誰も言葉を発さなかった。

意味が分からない。


だが――どこか、薄気味悪かった。


「生まれ変わる……?」

オサリアが小さく呟く。


老騎士が苦々しく顔を歪めながら、報告書へ目を落とす。


「他にも似た発言が確認されている。――『花が咲く』『救いが来る』『苦しみは終わる』、とな」


ぞわり、と。

背筋を冷たいものが走った。まるで誰かが同じ夢でも見ているかのような言葉だった。

 

ヨザキの指先が、机の下で僅かに止まる。


本当に、それだけだった。


だがオサリアは気づいた。


ほんの一瞬、彼の紫の瞳が揺れたことに。


「……ヨザキさん?」


思わず名前を呼ぶ。

 

「大丈夫?」

 

ヨザキは静かに瞬きをした。

そして、いつもの落ち着いた表情へ戻る。


「いや」


短く答える。


「気になるだけだよ」


穏やかな声。

けれど、その横顔は僅かに青白かった。

まるで、聞きたくなかった言葉を聞いてしまったかのように。


イリアスが腕を組む。


「全員幻覚を見るってのは妙だな」

「偶然とは考えにくい。結晶の症状なんだろ」

ペプシルが低く呟く。


老騎士は重々しく頷いた。

「現在、鉱山は完全封鎖した」

「結晶に接触した者は全員経過観察だ」


その言葉に、会議室の空気がさらに重く沈んだ。


ここにいる自分達も含まれている。

オサリアは無意識に、自分の腕を抱いた。


冷たい。


まるで身体の奥に、見えない何かが潜んでいるような気がした。


沈黙が落ちる。


自分も感染しているかもしれない。

その事実だけで、喉が乾いた。


その時だった。

 

〈――バンッ!!〉


会議室の扉が乱暴に叩かれる。

血相を変えた若い騎士が飛び込んできた。


「隊長!!」


息を切らしながら叫ぶ。


「隔離患者が――!」


その顔は青ざめていた。

嫌な予感が走る。


「何があった!」

老騎士が立ち上がる。

若い騎士は震える唇を動かした。


「さっきまで暴れていた患者が……急に大人しくなりました」


一瞬。


その場の誰もが安堵しかける。


だが。


「笑ってるんです」


空気が凍った。


「……何?」

グランヴィアが目を見開く。

若い騎士は震えながら続ける。


「……痛みは代償だった、って」

「もう、怖くないって……笑いながら、ずっと」

「神様が迎えに来るって、言ってるんです……!」


オサリアの背筋に、氷水を流し込まれたような戦慄が走る。

…それは回復じゃない。

何かが、人間としての何かが決定的に壊れてしまったんだ。


ヨザキの指先が、ぎり、と机の下で握られる。

 


ガタッ、と椅子が鳴る。


「グランヴィア?」

イリアスが目を見開く。


グランヴィアは立ち上がり、俯いている。

その顔からは、いつもの豪快な笑みが消えている。


ただ一人の兄の顔だった。


「ソラ……ソラが心配なんだ」


掠れた声だった。


誰よりも冷静であろうとしていた男が、

初めて隠しきれない焦りを見せる。


老騎士も苦い顔をした。


当然だ。

もし結晶が負傷者に発症するなら。

もし自分が――感染させてしまっていたなら。

 


長年病に伏せるソラの身体が、

どこまで耐えられるのか分からない。

 

「――行こう」

 

ヨザキが静かに立ち上がった。

衣擦れの音すら、今の会議室では明瞭に響く。


「確認だけでもするべきだ」


六人はそれ以上言葉を発さず、

グランヴィアの家へと向かった。

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