総員撤退
「ぐっ……!」
足を貫かれた騎士が苦痛に顔を歪める。
黒い結晶が脛を貫通していた。
「動くな!」
ペプシルは大剣を振り下ろす。
〈ガキィン!!〉
結晶を砕く。
騎士が崩れ落ちた。
「立てるか!?」
「む、無理だ……!」
〈バキバキバキッ!!〉
再び地面から結晶が突き出す。
ペプシルがたった今砕いた結晶の破片からも、
新たな結晶が生えてきた。
「チッ!」
ペプシルは騎士を担ぎ上げた。
その反対側では、サクヤが槍を振るっている。
「そっち逃げろ!!」
伸びてくる結晶を次々と叩き折る。
だが砕いても砕いても終わらない。
壁から、床から。天井から。
まるで採掘場そのものが牙を剥いているようだった。
「採掘員がまだ奥に居る!!」
騎士の叫び声。
全員の顔色が変わる。
「何人や!?」
「三人!!」
「最悪やな!」
サクヤが舌打ちした。
〈ゴゴゴゴゴ……〉
天井が揺れる。
小石ではない。
拳ほどの岩が落ち始めていた。
「グランヴィア!!」
ヨザキが叫ぶ。
「奥の採掘員を頼む!」
「任せろ!!」
炎を纏った大剣が唸る。
〈ドォォォン!!〉
道を塞ぐ結晶が吹き飛んだ。
グランヴィアは躊躇なく奥へ駆けていく。
「イリアス!」
「はいよ!」
銃声。
〈パンッ!!〉
〈パンッ!!〉
頭上の結晶を撃ち砕き、落石の軌道が変わった。
「オサリア!!頼む!!」
ペプシルが叫ぶ。
瓦礫の陰へ運び込まれた騎士は血まみれだった。
黒い結晶によって足を深く裂かれている。
「大丈夫!?」
オサリアが駆け寄る。
騎士は痛みに悶えており、返答すらままならない。
顔色は真っ青だった。
ペプシルは周囲を確認する。
騎士達は避難誘導で散っている。
「今だ」
小さく呟く。
オサリアは頷いた。
「ちょっと待ってて!」
腰のポーチから包帯を取り出す。
傷口へ押し当てるように手を重ねた。
その下で――淡い光が灯る。
包帯越しに流れ込む治癒の力。
騎士からは見えない。
外からも分からない。
裂けていた傷がゆっくりと塞がっていく。
「……?」
騎士が目を瞬かせた。
激痛が消えていくのを感じたのだろう。
「な、何だ……?」
オサリアは慌てて包帯を巻き続ける。
「と、とりあえず応急処置!」
「応急処置ってそんな訳――」
「立てるか!?」
ペプシルが強引に話を遮った。
騎士は戸惑いながら足を動かす。
恐る恐る体重をかける。
……何事もないように立てた。
「な……っ!?」
「ほら立てるやろ!」
サクヤが即座に言う。
「若いから治り早いねん!」
「いやそんな理屈あるか?」
イリアスが呆れる。
「今はええやろ!」
サクヤは騎士の背中を押した。
「避難が先や!!」
「は、はい!」
騎士は混乱したまま走っていった。
何度も振り返りながら。
その時だった。
〈ドクン〉
巨大結晶が脈打ち、採掘場全体が揺れる。
「全員聞け!!」
ヨザキは精一杯の大声をあげた。
「ここはもう持たない!!」
〈バキィィィッ!!〉
巨大な亀裂が天井を走る。
「総員撤退だ!!」
その時。
〈ゴゴゴゴゴゴゴ……!!〉
言葉を合図にしたかのように、採掘場全体が大きく揺れた。
「うわっ!?」
オサリアがよろめく。
天井の亀裂が、一気に広がる。
〈バキバキバキィィィッ!!〉
大量の岩塊が崩れ落ちてくる。
「来るぞ!!」
騎士達の悲鳴。
逃げ遅れた採掘員の顔が青ざめる。
その時、ヨザキが前へ出た。
「下がれ!!」
青白い光が足元へ広がる。
複雑な魔法陣。
瞬く間に形成された術式が空へ伸びる。
次の瞬間、ペプシル達の頭上に青白い壁が現れた。
〈ドゴォォォォォン!!〉
落石が激突する。
だが障壁は砕けない。
岩も、結晶も、その全てを受け止めていた。
「すげぇ……」
騎士が呆然と呟く。
しかしヨザキの表情は険しいままだった。
「早く……ッ!長くは持たない!!」
額を汗が伝う。
障壁の向こうでは、なおも結晶が成長している。
〈ミシミシミシ……〉
「出口まで走れ!!」
ヨザキが叫ぶ。
「グランヴィアは採掘員を!」
「任せろ!!」
奥から戻ってきたグランヴィアが、気絶した採掘員を二人抱えていた。
「あと一人だ!!瓦礫の向こうにいる!!」
その瞬間。
〈バキィィィッ!!〉
巨大な結晶柱が地面から突き出した。
障壁へ激突し、ヨザキの膝が僅かに沈んだ。
「ヨザキ!!」
ペプシルが叫ぶ。
「いいから走れ!!」
再び障壁へ衝撃。
〈ドゴォォォン!!〉
青白い壁に亀裂が走る。
イリアスの顔色が変わった。
「やべぇぞ!!」
「見れば分かる!!」
サクヤが怒鳴る。
「た、助けてくれぇぇぇ!!」
採掘員だった。
崩れた足場に取り残されている。
ペプシルが振り返る。
「俺が行く!!」
「馬鹿!!」
イリアスの制止には耳を傾けず、
一直線に走り出していた。
障壁の外――結晶が暴れる地獄の中へ。
「ペプシル!!」
オサリアの叫び声が響いた。
〈バキバキバキッ!!〉
足元から結晶が突き出す。
「邪魔だァ!!」
大剣が唸る。
〈ガギィィィン!!〉
結晶を砕きながら、迷いなく一直線に走る。
崩れた足場の先。
採掘員は腰を抜かし、動けなくなっていた。
「立て!!」
ペプシルが腕を掴む。
「む、無理だ!!」
「無理でも立て!!」
その瞬間。
〈ドゴォォォン!!〉
背後で障壁が大きく揺れた。
ヨザキの顔が歪む。
「っ……!」
障壁の亀裂が広がる。
「ヨザキ!!」
サクヤが叫ぶ。
「まだだ……ッ!!」
ヨザキは歯を食いしばる。
口元から血が滲み出た。
障壁の青白い光が激しく明滅している。
ペプシルは採掘員を肩へ担ぎ上げていた。
「捕まってろ!!」
走る。
だが遅い。
足場そのものが崩れ始めていた。
〈ゴゴゴゴゴ……!!〉
巨大結晶の脈動。
〈ドクン〉
〈バキバキバキッ……!!〉
脈動で命令されたのか、
ペプシルの進行方向を塞ぐように黒い結晶柱が地面から突き出した。
「くそっ!!」
避けられない。
片手で大剣を振り下ろす。
〈ガギィィィン!!〉
だが完全には砕けない。
足が止まる。
その時だった。
〈パンッ!!〉
銃声。
結晶柱の根元が砕けた。
「来い!!」
イリアスだった。
さらに。
〈ドォォォン!!〉
炎が結晶を吹き飛ばす。
「生きろ!!」
グランヴィアが怒鳴る。
道が開く。
ペプシルは再び走った。
あと少し。
あと数十歩。
その瞬間――
〈パキィィィン!!〉
障壁が砕けた。
「しまっ――」
ヨザキの声。
崩落が始まる。
天井が落ち、結晶が満を持したかのように伸びる。
全てが一斉に襲いかかった。
「ペプシル!!」
オサリアが叫ぶ。
「クソッ!!!」
ペプシルは採掘員を放り投げた。
「うわぁぁぁぁっ!!」
サクヤとグランヴィアが受け止める。
だがペプシル自身は間に合わない。
落石が迫る。
結晶が迫る。
「やだ……っ!!」
世界がゆっくりになる。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ。
死なないで。
お願い。
やめて。
――――やめて。
「…………っ!?」
身の毛がよだつような感覚。
オサリアから黒い影が広がっていた。
その影は、生き物のように地面を走り
ペプシルの方へ向かう。
そして。
〈――――パラ…〉
一瞬だった。
音もなく。
ペプシルの周囲にあった落石の一部が崩れた。
結晶の先端が朽ちるように砕け散る。
まるで存在そのものが削り取られたかのように。
「なっ――」
ヨザキが目を見開いた。
黒い霧は全てを消したわけではない。
だが。
ペプシルが飛び込むには十分だった。
「今だ!!」
イリアスの叫び声。
ペプシルは地面を蹴った。
転がるように飛び込む。
次の瞬間。
〈ドゴォォォォォォォン!!!!〉
採掘場全体が崩壊した。
轟音。
土煙。
揺れる大地。
誰も声を出せなかった。
オサリアは、自分の手を見つめていた。
「……今の……」
オサリアはそっと拳を握る。
誰か見てないよね。
大丈夫だよね。
土煙の中、誰も動かなかった。
耳鳴りと、必死に酸素を取り込む音だけが響く。
「……生きてるか」
イリアスが呟く。
「全員無事や」
サクヤのその言葉で、ようやく緊張が解けた。
ペプシルは地面へ大の字に倒れ込む。
「……死ぬかと思った」
「ヒヤヒヤさせんなよ……ったく……」
イリアスは自身の震える脚をパンっと叩く。
崩れ落ちた坑道の奥。
土煙の向こうには、もう巨大結晶は見えない。
騎士達もその場へ座り込んでいた。
「助かった……」
「本当に終わったのか……?」
誰もすぐには立ち上がれない。
張り詰めていた空気が、一気に抜けていく。
グランヴィアは採掘員を地面へ降ろした。
「…全員、揃ってるな」
「ああ」
ヨザキが短く答える。
だが、その顔色は悪かった。
「ヨザキ」
イリアスが眉をひそめる。
「無茶し過ぎだ」
「……少しだけだよ」
少しどころではない。
障壁を維持し続けた反動なのか、額には冷や汗が浮かんでいた。
「……よく」
グランヴィアが涙目でペプシルの肩を組む。
「…よく生きて帰って来たァァァァッ!!!」
「うるせえ……」
ペプシルはうんざりした表情を浮かべる。
グランヴィアのされるがままだ。
騎士達から苦笑が漏れる。
その中で、オサリアだけは少し離れた場所にいた。
そっと拳を握る。
冷たい空気が自分を包んだような感覚。
胸の奥から漏れ出した黒い魔力。
まただ。
強い感情に引っ張られて、勝手に出た。
誰か見てないよね。
……そう思いながら顔を上げる。
――視線が合った。
ヨザキだった。
「……」
「……」
ほんの一瞬。
ヨザキは何も言わない。
すぐに視線を外し、騎士達の方へ歩いていく。
だが――オサリアの心臓だけが嫌なほど大きく鳴っていた。
「……で、結局何だったんだアレ」
ペプシルが椅子へ倒れ込むように座った。
西部鉱山から避難した後、医務室で手当をしてもらった
一行は騎士団の施設へ戻ってきた。
室内には疲労が漂っている。
騎士達も採掘員達も、誰一人として平然としている者はいなかった。
「分からない」
ヨザキは即答した。
「分からんけど、ヤバいっちゅうことだけは分かるな」
サクヤがため息を吐く。
「雑だねぇ」
イリアスが苦笑した。
「実際そうだろ」
ペプシルは脚を組む。
「狼が結晶になって」
「結晶が増殖して」
「鉱山が崩れた」
「要約するとそうなるね」
ヨザキは資料へ視線を落としたまま答えた。
「今回分かったことは幾つかある」
自然と全員が顔を上げた。
「まず、巨大結晶と結晶化個体は連動している可能性が高い」
「狼と同じタイミングで震えてたやつか」
ペプシルが言う。
「そうだ」
ヨザキは頷く。
「それから、結晶は再生する」
騎士達の表情が曇った。
「あれは厄介ですね……」
一人が呟く。
「討伐しても終わらない可能性がある」
ヨザキの言葉に空気が重くなった。
「そして――結晶は魔物を強化しているのではなく、
侵食している可能性が高い」
誰も口を挟まない。
あの狼を見た後では否定出来ないのだ。
苦しみながら身体を結晶に喰われていった姿が脳裏に残っている。
「被害者ってことか?」
グランヴィアが聞く。
「少なくとも、あの個体はそう見えた」
沈黙。
気分の良い話ではない。
「……じゃ、原因も分からずじまいか」
イリアスが椅子へもたれた。
「それが分かれば苦労していない」
ヨザキは珍しく疲れた顔をした。
「ただ一つ気になるのは、成長速度だ」
ペプシルが眉をひそめた。
「過供給って話か」
「ああ」
ヨザキは頷く。
「ラグナの結晶樹と比較しても異常だ」
「どっかから供給されとるんか?」
サクヤが聞く。
「分からない」
ヨザキは首を振った。
「だが、受けているとしても異常だ」
室内が再び静まり返る。
自然現象では説明出来ない。
誰もがそう思っていた。
その時。
「オサリア」
不意に、ヨザキはオサリアを呼ぶ。
「ひゃいっ!?」
今まで口を開かなかったオサリアは、思わず立ち上がる。
全員が振り向いた。
「何やねん」
サクヤが吹き出す。
「変わらず元気だなぁ嬢ちゃん」
イリアスも笑っている。
「あは、はは……」
オサリアだけ顔が引きつっていた。
ヨザキは僅かに目を瞬かせる。
「……怪我の痛みはないかと聞こうと思っただけだ」
「あ、うん!」
オサリアは慌てて頷いた。
「だ、大丈夫!」
「そうかい」
それだけだった。
ヨザキは再び資料へ視線を戻す。
「あ」
不意に、グランヴィアが声をあげる。
「すまないんだが、一旦家に戻りたい」
全員が顔を上げた。
「家?」
オサリアが首を傾げる。
「ああ」
グランヴィアは頷く。
「妹がいるんだ」
「妹?」
イリアスが目を瞬かせた。
「いるのか」
「いるぞ!!」
少しだけ誇らしそうな声だった。
「身体が弱くてな」
「昨日から顔見れてないんだ」
ヨザキが頷く。
「構わないよ」
「すぐ終わる!!」
そう言った後。
グランヴィアは少し考えるように顎へ手を当てた。
「あー……」
そして。
「良かったら来るか?」
全員がきょとんとする。
「ソラも喜ぶと思う」
その言葉にオサリアがぱっと顔を上げた。
「いいの!?」
「もちろんだ!!」
グランヴィアは笑う。
「自慢の妹だからな!!」
「親バカみたいやな」
サクヤが呆れたように言った。
「兄だ!!」
「似たようなもんやろ」
イリアスが吹き出す。
グランヴィアは気にした様子もなく笑った。
「それにソラは人と話すのが好きなんだ」
「家に居る時間が長いからな」
その言葉にオサリアは嬉しそうに頷いた。
「行く!!」
「即答かよ」
ペプシルが呆れる。
「だって気になるもん」
「グランヴィアの妹とか想像つかねぇな」
イリアスが肩を竦めた。
「ガッハッハ!!」
グランヴィアは豪快に笑う。
「会えば分かる!!」
「そんなに自信満々に言われると逆に気になるな」
イリアスが苦笑する。
「可愛いんか?」
「可愛いぞ!世界一可愛い!!」
「重症やな」
サクヤが笑いながら言う。
騎士達からも小さな笑い声が漏れた。
「果物を持っていこうかな」
グランヴィアの笑みが少しだけ柔らかくなった。
「ヨザキも塾の子供がいるよな」
「おお!そうなのか!」
「僕の子じゃない」
「ヨザキって先生なん!?うわークソつまんなそうや」
「サクヤ、君には礼儀を教えてあげよう」




