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知らなかった世界

黒い結晶の破片が風に乗って舞っていた。


森は静かになった。


先程まで響いていた咆哮も、

鼓動も、

結晶の軋む音も。


もう何も聞こえない。


木々を揺らす風の音と、子鳥のさえずりだけが響いている。


「……終わったんか」


サクヤがぽつりと呟く。


誰も答えない。


ただ風だけが吹いていた。


〈ドサッ〉


ペプシルがその場に座り込む。


「おい」


イリアスが眉をひそめる。

 

「大丈夫か?」

「うるせぇ」


返事はあった。

だから生きている。

それだけで充分だった。


「無茶しやがって」

「誰のせいだと思ってんだ」

 

イリアスとペプシルはいつものようにいがみ合う。

ヨザキは「悪かったね」と口を挟みながら、

手帳に何か書き込んだ後、黒い結晶を何個か箱に入れてバッグにしまう。

 

それを見て、緊張の糸が切れたのだろう。

オサリアはその場にへたり込む。


「……こわかったぁ……」

今さら震え始めた足を抱える。


涙が出そうになる。

けれど。

 

生きている。


みんな生きている。


それだけで良かった。


「オサリア」


サクヤが呼ぶ。


「なあに?」

「ありがとな」


オサリアは目を瞬く。


「え?」

「助かった」

 

それだけだった。

 

オサリアは少し照れ臭そうに笑う。


「えへへ」


そして二人の視線は自然と前へ向く。


そこにはもう誰もいなかった。


ダンも、マルクも、トーマも――子供達の親も。


光となって消えてしまった。


「……帰ろか」


サクヤが言う。


誰も反対しない。

 

五人は森を後にした。


朝日が木々の隙間から差し込んでいる。

長い夜が終わったように。


ラグナの北山は、久しぶりに静かだった。


山を下りる頃には、すっかり昼が近付いていた。


森へ入った時とは違う。

重苦しい空気は消え、吹き抜ける風もどこか軽い。


「……なんか静かやな」

 

サクヤが空を見上げる。

いつもなら聞こえていた不気味な地鳴りも、

遠くで響く獣の唸り声もない。


ただ鳥が鳴いているだけだった。


「原因が消えたからだろうね」

ヨザキが答える。


「少なくとも嫌な魔力はもう感じない」


手帳を閉じる。


イリアスが大きく伸びをした。

 

「やっと帰れるな」

「まだ帰っとらんやろ」

サクヤが即座に突っ込む。


「気分だよ気分」

「適当やなぁ」

そんなやり取りを聞きながら、オサリアは少しだけ笑った。

いつもの空気だった。

戦いが終わったのだと、

ようやく実感できる。


やがて。


木々の向こうに村が見えた。


ラグナの集落。


もう見慣れた木造の家々。

煙突から上がる白い煙。

 

そして――


村の入口に、人が集まっていた。


大人達、老人達。


そして――子供達。


皆、こちらを見ていた。

 

五人の姿を見つけるなり、

ざわめきが広がる。


「帰ってきた!」


誰かが叫んだ。


その声を合図にしたように、

人々が駆け出してくる。


「サクヤ姉ちゃん!」


真っ先に飛び込んできたのは、

あの兄妹だった。


サクヤは慌てて受け止める。


「お、おう」

妹…リナの方は泣いていた。

兄も唇を噛んでいる。


「どうだったの……?」

 

震える声。


サクヤの表情が少しだけ曇る。


言葉が出ない。

兄妹だけではない。


後ろにはあの小屋にいた子供達もいる。


皆、同じ顔をしている。

答えを待っていた。


サクヤは拳を握る。


そして――


ゆっくりと首を横に振った。


村から音が消えた。


風だけが吹く。


誰も泣かなかった。


誰も叫ばなかった。


最初から分かっていたのかもしれない。


それでも。


希望だけは捨てきれなかったのだ。


妹の子が俯く。


兄がそっと肩を抱いた。


サクヤは目を閉じる。

 

「……せやけど」


顔を上げる。


「ちゃんと見つけた」


子供達が顔を上げる。


「皆、最後は笑っとった」


静かな声だった。


嘘ではない。


確かに見た。


トーマも。


ダンも。


マルクも。


あそこに居た皆は、笑っていた。


それだけは伝えたかった。


村人達は黙って聞いていた。


そして。


ガイン村長が前へ出る。


老人は静かに頷いた。


「そうか」


それだけだった。


けれど。


その声には長い年月背負ってきた重みがあった。


ガインは五人へ向かって深く頭を下げる。


「ありがとう」


村人達も続いた。


誰も言葉を飾らない。


ただ。


感謝だけがそこにあった。


ペプシルは居心地悪そうに頭を掻く。


「やめろ」


ぶっきらぼうに言う。


「別に礼を言われるようなことじゃねぇ」


そう言いながらも、

五人はどこか誇らしげに立っていた。



その日の夜。


ラグナでは久しぶりに火が灯っていた。

広場の中央で、

大きな焚き火を囲むように村人達が集まっている。


サクヤを追いかけ回していた人達も、

今はサクヤと一緒に酒を飲み交わしていた。

 

誰かが肉を焼き、

誰かが酒を注ぐ。


子供達は走り回り、

大人達は久しぶりに大声で笑っていた。


失われたものは戻らない。


それでも、立ち止まったままではいられなかった。


「ほれ」


サクヤが木のジョッキを差し出す。


「飲め飲め」

「要らない」

ヨザキは即答した。


「ノリ悪いなぁ」

「君が飲み過ぎなんだよ」


サクヤはけらけら笑いながらジョッキを傾ける。

その隣ではイリアスが子供達に囲まれていた。


「兄ちゃん銃撃たせて!」

「ダメです」

「ちぇー」

「当たり前だろ」

イリアスは肩を竦めた。

「こんなガキ共に触らせたら村ごと吹っ飛ぶわ」

「そこまで危険なの!?」

子供達が一斉に後退る。

イリアスは吹き出した。


「冗談だ」

「なんだよー!」

 

騒がしい声が夜空へ響く。


オサリアは少し離れた場所からその様子を見ていた。

手には、中身が何一つ減っていない財布を持っている。

 

焚き火の光。


笑い声。


泣いていた子供達も、

今は友達と肩を寄せ合って座っている。


その姿を見ていると、

胸の奥が少し温かくなった。


「……良かった」


小さく呟く。


すると。


「そうだな」


隣から声がした。


振り向けばガイン村長だった。


老人は焚き火を見つめながら静かに言う。


「久しぶりだ。こんな風に皆が集まるのはな」


オサリアは改めて周囲を見回した。


誰もが笑っている。

もちろん悲しみが消えたわけではない。


けれど。


皆、前を向こうとしていた。


ガインはゆっくり目を細める。


「帰ってきてはくれなかった」


静かな声だった。


「だが、あの子らは待ち続けなくて済む」


オサリアは何も言えなかった。

 

ガインは少しだけ笑う。


「ありがとう」


その言葉に、

オサリアは慌てて首を振った。


「ううん」


そして少し考えてから。


「皆で頑張ったから」


そう答えた。

老人は静かに頷いた。


「子供たちは、今度こそラグナの皆で守る」

「お前達がしてくれたようにな」




焚き火の周りでは、

既にサクヤとイリアスが何やら言い争っている。


「だからオレは強いって言うとるやろ!」

「はいはい」

「信じてへんな!?」

「信じてる信じてる」

「絶対信じてへん!」


その様子を見て、

ヨザキがため息を吐いた。


ペプシルは少し離れた場所から眺めている。


騒がしい。


けれど。


嫌な気分ではなかった。


ラグナの夜は更けていく。


久しぶりに、

悲鳴ではなく笑い声に包まれながら。


だが――

 

「……」

 

ペプシルは自身の機械大剣を見る。

あの時発した青白い光。

聖剣を抜いた時と同じ、眩い光。

 

「どうしたの?」

「っ!?」


ペプシルは反射的に飛び退く。

いつの間にか隣にオサリアが来ていた。

 

「……驚かせんな」

「そんなつもりじゃなかったのに」


オサリアは隣へ腰を下ろした。

焚き火の光が橙色に揺れる。


「……楽しそうだね」


広場ではサクヤが酒瓶を振り回している。


「飲め飲めぇ!!」

「バカ!おいヨザキ何とかしてくれ!」


イリアスの声が飛ぶ。

その隣でヨザキが遠い目をしていた。


オサリアは小さく笑う。


けれど。


ペプシルは笑っていなかった。


「……あんま長居はできねぇかもな」

「え?」

オサリアが首を傾げる。


ペプシルは手元の大剣を見る。

焚き火の光を反射する鉄の塊。


「光ったろ」


短く言った。

オサリアは思い出す。


結晶樹を斬った瞬間、機械大剣から溢れた青白い光。


「あ……」

「イリアスが隠してたモンを突き破った」


低い声だった。


「多分、アストラに気付かれてる」


オサリアの表情が固まる。

 

「……あの一瞬で?」


思わず周囲を見渡す。

宴会の端では、新星騎士団の騎士達が何やら慌ただしく動いていた。

伝令だろうか。数人が広場を離れ、

何かを確認するように村の外へ向かっている。


オサリアは小さく息を呑んだ。


「もしかして……」

「分からねぇ」


ペプシルは短く答える。


「気付かれたかもしれねぇってだけだ」

だが、その表情は明らかに警戒していた。


「……」

オサリアも黙る。


「明日にはもう出るぞ。まだガルディアの調査が残ってる」

ペプシルはそう言って、隠すように大剣を鞘にしまった。


「……ペプシル」

「なんだ」

あ、と口を開いたタイミングで、

鹿肉の串焼きを口に咥えさせた。

「あっふ……!?」

「あっごめん熱かった!?」

オサリアは慌てて串を戻す。

 

「何すんだよ!」

「……ずっと気を張ってて、疲れてないかなって」

オサリアは改めて串焼きを差し出す。

香ばしい匂いが鼻をくすぐった。


ペプシルは眉をひそめる。

 

「ガキじゃねぇんだから」

「でも食べてないでしょ?」

 

図星だった。


戦闘が終わってからほとんど何も口にしていない。


「……」

「ほら〜」


オサリアが串を差し出す。


「冷めるよ?」

 

ペプシルは面倒臭そうにため息を吐いた。


そして。


串焼きをひったくる。


「あ」

「食う」


ぶっきらぼうに言う。


一口かじる。


肉汁が溢れた。

思ったより美味かった。


「どう?」

「普通」

「絶対美味しい時の顔だ」

「んな顔してねえ」


オサリアはくすくす笑う。


ペプシルはもう一口かじった。


焚き火の向こうでは、笑い声に包まれた人々。


平和だった。


少なくとも今だけは。


ペプシルは空を見上げる。


嫌な予感は消えない。

アストラのことも気になる。

ガルディアの調査も残っている。


だが。


今くらいはいいか。


そう思いながら、

オサリアの隣でもう一口串焼きをかじった。



翌朝。


ラグナの空はよく晴れていた。


山から吹く風は心地良く、

昨日まで漂っていた重苦しい空気ももう無い。


「準備できたか?」

ペプシルが荷物を背負う。


「いつでも」

ヨザキが頷く。


「オッケー」

イリアスはリュックを背負う。


オサリアも荷物を抱え直す。

「忘れ物ないよ!」


村の入口にはガイン村長が立っていた。

その周囲には村人達。

そして子供達の姿もある。


「もう行っちゃうの?」

リナが寂しそうに聞いた。


オサリアはしゃがみ込み、頭を撫でる。


「うん」

 

少しだけ寂しそうに笑った。


「でもまた来るよ」

「ほんと?」

「ほんと」


リナは少しだけ嬉しそうに笑った。

その隣で兄も頭を下げる。


「……ありがとう」


ペプシルは居心地悪そうに視線を逸らした。

「礼はいい」

ぶっきらぼうな返事。

だが少年は少しだけ笑った。

もう以前のような顔ではない。

それだけで充分だった。


「お世話になりました」

ヨザキがガインへ頭を下げる。


老人は静かに頷く。


「礼を言うのはこちらじゃ」

短い言葉。

だが重みがあった。


「気を付けて行くんじゃぞ」

 

イリアスが手を振る。

 

「おう」

 

ペプシルは背を向けた。


「行くぞ」


その時だった。


「待てやぁぁぁぁぁ!!」


山に響く大声。

 

全員が振り返る。

村人達も振り返る。


土煙を上げながら坂道を駆け下りてくる影があった。


「……」


「……」


「……」


サクヤだった。


巨大な荷物袋。


槍。


水筒。


どう見ても旅支度である。


「っはぁ……はぁ……」


全力疾走してきたらしい。

ペプシルが真顔になる。


「何してる」


サクヤは息を整えながら胸を張った。


「見て分からんか?」

「分からん」

「旅支度や!」


沈黙。


風が吹く。


鳥が鳴く。


ペプシルは額を押さえた。


「何でだ」

 

「行くからや――オマエらと」


イリアスが吹き出す。

「マジか」

「マジや」

サクヤは真顔だった。


オサリアの目が輝く。

「えっ!?」

「おう!」

「ほんとに!?」

「ホンマや!」

テンションが高い。


ヨザキだけは静かだった。

「やっぱり」

「予想しとったんかい」

「してた」

淡々と答える。


ペプシルは深いため息を吐いた。

「却下だ」

「早ない!?」

サクヤが叫ぶ。

「何でや!」

「面倒だからだ」

「理不尽や!」

サクヤは抗議する。

 

「…ちょっと聞いてくれ」


少しだけ真面目な顔になる。

その顔を見て、四人や村人達は静かになる。


「昨日考えたんや」


ラグナの村を見渡す。


風車。


畑。


木造の家々。


自分が生まれ育った場所。


「ラグナは助かった」


静かな声だった。


「せやけど」


拳を握る。


「レヴァリアにもあったんやろ」

「黒い結晶と、バケモン」

 

ヨザキが頷く。


「なら他の街も同じかもしれん」


サクヤは続ける。


「あんな子供らが」

「またどっかで腹空かせとるかもしれん」


リナ達が顔を上げる。


「それにな」


少しだけ笑う。


「オレらだけやったら――多分、一生あのままやった」


静まり返る。


「子供らも」

「村も」

「オレも」


誰も否定しない。


それは事実だった。


「だから」


サクヤは槍を肩へ担ぐ。


「今度はオレが行く」


赤い瞳が真っ直ぐ前を向く。


「外の世界見てくるわ」


「……」


ペプシルは黙っていた。


サクヤも黙る。


しばらくの沈黙。


やがて。


「勝手にしろ」


ペプシルが言った。


「え」


サクヤが固まる。


「え?」

「聞こえなかったのか」

「いや聞こえたけど」

「勝手にしろ」


サクヤが目を丸くする。


「え、ええん?」

「面倒になった」

「ヨッシャア!!」


サクヤが拳を突き上げる。

オサリアも飛び跳ねた。


「やったー!」

「何でお前も喜んでんだ」

「だって仲間増えた!」

 

イリアスが肩を竦める。


「賑やかになるなぁ」

「今以上にか」


ヨザキは遠い目をした。


ガインが小さく笑う。


サクヤは振り返る。


村人を見る。


ラグナを見る。


子供達を見る。


少しだけ寂しそうな顔。


けれど。


それ以上に楽しそうだった。


「ガインのおっちゃん」


「ん?」


「行ってくるわ」


ガインは静かに頷いた。


「……ちゃんと帰ってこい」


短い言葉。

それだけで充分だった。


サクヤは笑う。

いつものように。


「当たり前やろ」


そして前を向いた。


「ほな改めて」


槍を担ぐ。


「よろしくな!」


ラグナの問題児は、

ラグナの冒険者になった。


四人だった旅路は。


五人になる。


新しい風を連れ、一行はラグナを後にした。




ラグナを出てしばらく。


山道を歩いていた。


背後では風車がゆっくりと回り続けている。


ラグナの景色は少しずつ遠ざかり、

やがて木々の向こうへ消えていった。


「……」


サクヤは何度も後ろを振り返る。


「寂しいのか?」

イリアスがからかうように言った。


「別に」

即答だった。

 

だが、その直後。

 

「……ちょっとだけや」


ぽつりと付け足す。


オサリアがくすりと笑った。


「サクヤもそういう顔するんだね」

「どういう顔や」

「寂しそうな顔」

「してへんわ!」

「してる」

「してへん!」


そんなやり取りを聞きながら、ペプシルは小さくため息を吐いた。


朝から騒がしい。


加入してまだ一時間も経っていないのに、

既に空気に馴染み始めている。

 

「で」


サクヤが首を傾げる。

 

「今どこ向かっとるん?」

「馬車乗り場」

 

ヨザキが答える。


「ガルディア行きだ」


その地名を聞いた途端、サクヤが嫌そうな顔をした。


「うわぁ……」

「何だ」

ペプシルが眉をひそめる。


「アイツおるやん……」

「誰?」

オサリアが首を傾げる。

サクヤは深いため息を吐いた。


「グランヴィア」

「有名人なの?」

「いや。オレと闘技場でよう戦う」

 

サクヤは憎たらしそうに言った。

 

「強いの?」

「まあ」

「ライバルだね!」


オサリアが笑う。


「…そうなるんか……?」


サクヤは何とも言えない顔をした。


「何だその反応」

イリアスが吹き出す。


「ライバルじゃねえの?」

「まあライバルはライバルや」


サクヤは頷く。


「せやけどなぁ……」


嫌そうな顔。


「アイツうるさいねん」


沈黙。


「お前が言うのか」


思わずペプシルが突っ込む。


「ありがとう、言ってくれて」

イリアスとヨザキが頷く。


「何でや!?」


サクヤが叫んだ。


「オレそこまでうるさないやろ!」

「うるせえ」

「うるさいね」

「うるさいな」


三人が即答する。

オサリアだけが困ったように笑った。


「えっと……元気だよね?」

「オサリア優しい!」


サクヤが感動したように叫ぶ。


「見てみい!これが人の心や!」

「話逸らすな」


ペプシルがため息を吐いた。


「で、そのグランヴィアって奴はどれくらいうるさいんだ?」


サクヤは少し考える。


「……オレの〜…三倍くらい?」


全員が顔をしかめた。


「嫌だな」

ペプシルが即答した。


「会いたくねぇなぁ」

あのイリアスまで遠い目をする。


「やろ!?」

サクヤが力強く頷いた。


「やのにアイツ、オレ見つけたら絶対絡んでくんねん!」

「仲良いんじゃない?」

オサリアが首を傾げる。


「良くない!会ったら毎回勝負や!」

「仲良しだ!」

「ちゃう!」



そんなやり取りをしながら、歩き続けること一時間ほど。


森が開け、石畳の街道が顔を出した。

大きな屋根付きの待合所。

そして数台の馬車。


「お」


イリアスが目を細める。


「着いたな」


街道沿いの馬車乗り場だった。

旅人や商人が何人も集まっている。

荷物を積み込む者、行き先を確認する者、出発を待つ者。


活気があった。


ヨザキは早速掲示板を確認している。

「ガルディア行きは――」


指を差す。


停留所の一番奥に、大型の馬車が停まっていた。

鉄で補強されており、長距離用の立派な馬車だ。


「三十分後に出発らしい」

「思ったより早いな」


「んじゃ切符買ってくるわ」


イリアスが受付へ向かう。


オサリアは少し離れたところで馬を見ている。

かと思えば、御者に人参を手に持たされて餌やりに参加しようとしていた。


「……冒険って感じやな」

ぽつりと呟く。


すると。


「今さらか」

ペプシルが呆れたように言った。


サクヤは笑う。

「今さらや」


赤い瞳は真っ直ぐ前を向いていた。



ラグナの外。


今までは闘技場へ行く時も、依頼を受ける時も、

結局は帰る場所が決まっていた。


だが今回は違う。


どこまで行くか分からない。


何が待っているかも分からない。


そう思うと、少しだけ胸が高鳴った。


「おーい!」

遠くからオサリアの声が飛ぶ。

馬の前で楽しそうに手を振っていた。


「サクヤー!見て見て!」

「おぉ、何しとんの!」

近付くと、オサリアは誇らしげに胸を張る。


「人参あげた!」

馬がもしゃもしゃ食べている。


「へぇ」

サクヤが手を伸ばすと、


〈ブフッ〉


馬が鼻息を吹きかけた。


「うおっ!?」


サクヤが飛び退く。

オサリアが吹き出した。


「舐められてるのかも?」

「な!?オ、オレにやって立派な耳があんのやぞ〜!?」

 

サクヤの尻尾はピンと立っており、

狼のような耳を前に倒して威嚇している。


「買えたぞ」


イリアスが戻ってきた。

手には五枚の切符。


「お、一人増えたのにちゃんと足りたんやな」

「節約してきたんでね」


イリアスは切符を配る。

 

サクヤも一枚受け取った。

初めて手にする長距離馬車の切符。


思わずじっと見つめる。


「無くすなよ」


ペプシルが言った。


「無くさんわ!」


即答した。


だがその数秒後。


「……あれ?」


「もう無くしたの?」


オサリアが驚く。


「ちゃう!」

サクヤは慌ててポケットを探る。


「入れる場所考えとっただけや!」

全員が呆れた顔をした。


「大丈夫かコイツ」

「オサリアちゃんと一緒で先が思いやられるね」

「ひどない!?」

「うちも!?」


サクヤとオサリアが抗議する。

待合所に笑い声が響いた。


その時。


遠くで鐘が鳴る。


御者が立ち上がった。


「ガルディア行き、まもなく出発するぞー!」


旅人達が一斉に動き始める。


荷物を抱え、切符を手に取り馬車へ向かう。


「行こうか」

ヨザキはそう言って、手帳をポケットにしまい込んだ。


オサリアはワクワクした顔で馬車を見る。

イリアスはいつも通り肩を竦める。


そしてサクヤは――


「ほんまに行くんやなぁ」


どこか実感の無い声で呟いた。


ラグナを出て。


次の街、ガルディアへ。


五人はゆっくりと馬車へと乗り込んだ。

「あ!鹿肉の焼き串買うの忘れた!」

「もう充分食っただろ」

「相当気にいったみたいだね」

「オレが作ってやんよ!」

「不安」

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