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問題児たち

「ほな行くか」

サクヤが背伸びをする。


「オマエらもう知っとると思うけど、オレ色んなヤツらに追われとんねん」

「知ってる」

「実際見た」

イリアスとヨザキが即答する。


「せやろ?」

サクヤはゆらゆらと尻尾を揺らし、満足そうに頷いた。


「せやから村長ん家に近いルート通る」

「遠回りじゃないの?」

オサリアが首を傾げる。

サクヤはニヤリと笑った。

「追い掛けてくるヤツらが少ないルートや」

「お前の都合過ぎるだろ」

ペプシルは不満そうに呟いた。

「ほなオマエらこっから自力で帰れるか?」

「……」

ペプシルが黙る。

「帰れねぇな」

代わりにイリアスが答えた。

 

「せやろなぁ。この辺の山道、慣れてへんヤツが夕方に歩いたら普通に迷って飢え死ぬで」

「脅してる?」

「事実や」

サクヤは悪びれもせず答えた。

 

確かに周囲は沢山の草木で囲まれている。

現在地どころか、出口すら分からない。


「付いてき」

 

サクヤは近くの木の幹を軽く叩く。


「ラグナの道はな、見えてる道だけやないんやで」

 

そう言って獣道のような細い脇道へ入っていく。


「道……か?」

ペプシルが眉を顰めた。

そこにあるのは、人一人がようやく通れる程度の隙間だった。

木々の根が複雑に絡み合い、獣が通った跡のようにも見える。


「道やで」

サクヤは即答する。


「オレらは普段こっち使うし」

「"オレら"って?」

オサリアが聞いた。

 

「猟師とか薬草採りとかやな」

サクヤは先頭を歩きながら答える。

 

「街道は遠回りやし、人も多い」

「だから近道を使う、と」

ヨザキが呟く。


「せや」


ヨザキは手帳を取り出そうとして――やめた。

代わりに周囲を見回す。

目印らしい目印は無い。

だがサクヤは一度も迷わない。

分かれ道らしき場所でも立ち止まらず、

木々の隙間を当然のように選んで進んでいく。


「……覚えているのか」

ヨザキが呟いた。


「ん?」

「この山全体を」


サクヤは少しだけ考える。


「覚えるっちゅうか…見たら分かるやろ」

さも当たり前かのように言った。

 

「全く分からない」

「やろな」

サクヤはわざとらしく声を張り上げる。

「レヴァリアの学者様に山は難しかったみたいやな」

「君達の基準で話されても困る」

珍しくヨザキが少しだけ不満そうな声を出した。


山道を吹き抜ける風は冷たかったが、

先程までの緊張感は少しだけ和らいでいた。


しばらく進むと、木々の隙間から明かりが見え始める。


「見えてきたで」

サクヤが顎で前方を示した。


木々が途切れる。

その先には夕暮れのラグナが広がっていた。


吊り橋を渡る人影。

家々の煙突から立ち上る白い煙。

風車がゆっくりと回り続けている。


「帰ってきた……」

オサリアがほっと息を吐く。

 

「流石に街が見えると安心するな」

イリアスも肩の力を抜いた。


「安心するのはまだ早いで」

サクヤがそう言って歩き出す。


「村長ん家まで行かなあかんやろ」

「そうだったね」

ヨザキは眼鏡を押し上げる。


報告しなければならないことは山ほどある。

 

黒い結晶。

未知の大型個体。

魔物達の異常行動。

そして盗難騒ぎ。


どれも見過ごせる内容ではなかった。


街へ入ると、夕食の準備をしている住民達とすれ違う。

だがサクヤの姿を見た途端、何人かが露骨に眉を顰めた。


「あ」

「サクヤや」

「また何かやらかしたんか?」

「してへんわ!」

サクヤが即座に反論する。


「今日はまだ何もしてへん!」

「今日はって何だよ」

ペプシルが呆れた。


やがて坂道を登り切る。

他の建物より一回り大きい丸太造りの建物。

入口にはラグナの紋章が掲げられている。


「着いたで」

サクヤは扉を指差した。


「ガインのおっちゃん家」


その瞬間だった。


「サクヤァァァ!!」


建物の中から落雷のような怒鳴り声が響く。

 

全員がびくりと肩を震わせる。

 

次の瞬間、扉が勢いよく開いた。


現れたのは、見覚えのある壮年の男性――村長ガインだった。


「お前また勝手に北の山へ入ったな!?」

「人聞き悪いなぁ!」

サクヤは尻尾を股の間に巻き込みながら、即座に反論する。


「今回はオレが行ったんやなくて、こいつらが行ったんや!」

四人を指差した。


「間違いないです。申し訳ない」

ヨザキは深々と頭を下げる。


ガインは数秒固まった。


「……本当に入ったのか?」

「はい」

「北の山へ」

ガインは額を押さえた。

 

「お前達……」

深いため息。

「近付くなと言っただろう」


「申し訳ない」

ヨザキは再び頭を下げる。


「でも収穫はありました」

その一言で、ガインの表情が変わる。


「……入れ」

先程までの怒りが消える。


「立ち話で済む話じゃなさそうだ」

ガインは扉を大きく開いた。


「サクヤ、お前も来い」

「えぇ?」

サクヤが耳を倒し、露骨に嫌そうな顔をする。


「なんでオレまで」

「お前も山にいたんじゃろうが」

「いただけや」

「来い」

「横暴や……」

ぶつぶつ文句を言いながらも、

サクヤは大人しく中へ入っていく。


「結局入るんだな」

イリアスが呆れたように言った。


「ガインのおっちゃん怖いし」

「村長だぞ」

「せやからや」

ペプシルは小さく鼻で笑った。


どうやらこの二人、

思っていた以上に付き合いが長いらしい。



建物の中へ入ると、木の香りが鼻をくすぐった。


壁には地図や狩猟道具が掛けられ、

中央には大きな机が置かれている。

ガインは椅子へ腰を下ろすと、五人にも座るよう促した。

張り詰めた空気の中、ズズズ、と椅子を引いて座る。


「収穫があったと言ったな」

低い声が響く。

ヨザキは頷いた。

 

「まず、北の山の奥で黒い結晶を発見しました」

ガインの眉が僅かに動く。

「黒い結晶?」

「レヴァリアでも確認されたものです」

「ただし規模が違う」

ヨザキは手帳を開いた。

簡易的に、でも分かりやすく纏められた記録を見せる。


「こちらでは樹木のような形状でした」

「周囲の木々は枯れており、根のような結晶が広範囲に広がっていました」

「結晶が伸びている場所だけ、地面の草木もほぼ死滅しています」


部屋が静かになる。


「……そんなものが」

ガインは腕を組んだ。

「儂は見たことがない」

「さらに」

ヨザキは続ける。


「その近くで未知の大型魔物を確認しました」

「大型?」

イリアスが横から補足する。

「熊のような魔物だ。動きも速かった」

ペプシルも頷いた。

「あの場で戦っていたら、無事では済まなかっただろう」

 

ガインの顔が険しくなる。


「サクヤ」


突然名前を呼ばれ、

サクヤはびくりと肩を震わせた。


「な、何や」

「お前も見たのか」


数秒の沈黙。


やがてサクヤは頷く。


「見た」


普段よりずっと短い返事だった。


「半年前くらい前からおる」

「何故もっと早く報告せん」

「見ただけやもん。新しい魔物かーて」

「十分報告案件じゃ!」

ガインの怒鳴り声に、

サクヤは視線を逸らした。


「ただの突然変異思て放置しとった」


ガインは深くため息を吐く。


「他には」

「盗難騒ぎです」

ヨザキが話題を変えた。


「彼女の財布が盗まれました」

オサリアの方を指す。

ガインの顔が曇った。


「……やはりか」

「やはり?」

ペプシルが聞き返した。

ガインは重々しく頷く。

 

「最近増えておる」

「金、食料、道具」

「無くなる物は様々じゃ。だが、換金出来るような高価なものは残っとる」

サクヤが腕を組む。

ガインは机を指で叩いた。


「ただ一つ分かっていることがある」


全員の視線が集まる。


「盗まれた食料が捨てられた小屋で見つかった」

「夜中に子供の姿を見た者もちらほら居る」

「…盗みに関わっているのは、恐らく子供達じゃ」

ガインは悲しい目で話す。

 

オサリアが目を見開く。


「子供?」

「ああ」

ガインの声は重かった。


「二人にも言ったが、親が居なくなった子供が増えておる」

部屋の空気が変わる。


「税を払えず連れて行かれた者」

「魔物被害で生活が立ち行かなくなった者」


ガインは目を伏せた。


「残された子供達だけで暮らしている家も少なくない」

オサリアの表情が曇る。


財布を盗まれたことへの怒りよりも、

別の感情が先に来ていた。


「……もしかして」

小さな声で呟く。


「生きるために?」

ガインは否定しなかった。


その沈黙が答えだった。


「…いや、見たっちゅーならなんでオレが疑われてんねん…」

沈黙を切り裂くようにサクヤがぼやいた。


「確かに」

イリアスが頷いた。


「確かにじゃない」

ガインが即座に否定する。

「お前の日頃の行いじゃ」

「理不尽や!」

サクヤは机を叩いた。


「盗みなんかしたことないや――」

「立入禁止区域侵入」

ガインは言葉を遮るように続ける。

 

「狩猟区域無断横断」

「闘技場の賭け事への参加」

「祭りの日に風車へ登った件」

ガインが指を折り始める。


「待て待て待て」

サクヤの顔が引きつる。

「最後のやつ関係ある?」

「ある」

「ないやろ」

「ある」

「横暴や……」

サクヤはへなへなと机に突っ伏した。

オサリアは思わず吹き出す。


「でも盗みはしてないんだよね?」

「してへん」

即答だった。


「そもそも盗む理由あらへん」

ガインは腕を組む。


「そこは儂も分かっておる」

その言葉にサクヤが顔を上げた。


「……おっちゃん」

少しだけ嬉しそうな顔。


「お前は盗む前に堂々と持っていくからな」

「人聞き悪っ!?」

部屋に笑いが漏れた。


重苦しかった空気が少しだけ和らぐ。

だがガインはすぐに表情を戻した。


「最近はラグナ全体がピリピリしておる」

ガインは短く言った。

「皆、余裕が無い」

「……」

「だから疑いやすい者へ目が向く」

 

「…クソ迷惑や」

サクヤは不満そうだ。

 

「子供達の件は、もう笑い話では済まん」


ガインは窓の外へ視線を向けた。


夕暮れのラグナ。


煙突から立ち昇る煙。


家路につく住民達。


「儂も見て見ぬふりはしたくない」

ガインはゆっくりと視線を戻す。


「だが解決策も無いまま子供達を追い詰める訳にもいかんのじゃ」


オサリアの手が僅かに握られた。

財布のことなど、もう頭から消えていた。


部屋に沈黙が落ちる。


誰もすぐには言葉を返さなかった。


解決したい。

だが方法がない。


そんな空気だった。


「……じゃあ」

小さく声が響く。


全員の視線が向く。


「話してみればいいんじゃない?」

ガインが眉をひそめる。


オサリアは迷いなく答えた。

「困ってるんだよね?」

「……」

「盗みは良くないと思う」

オサリアは膝の上で手を握る。


「でも、生きる事に困ってるなら」

「まずは話を聞いてみたい」

 

部屋が静かになる。

 

ガインは目を細めた。

「簡単な話ではないぞ」

「うん」

「逃げるかもしれん」

「うん」

「ましてやお前達はよそ者の旅人じゃ」


「それでも」

オサリアは真っ直ぐガインを見る。


「放っておけない」

ガインはしばらく黙っていた。


その時だった。


「反対」

ペプシルが鋭い声で言う。

 

「えぇ!?」

「危ないだろ」

「子供だよ?」

「盗みをしてる子供だ」

 

ペプシルは腕を組む。


「追い詰められてる奴ほど何するか分からねぇ」

「でも……」

言葉に詰まる。


イリアスは顎に手を当てた。

「でも放置も出来ねぇよな」

「お前まで」

「財布盗まれた本人が気にしてないし」


ヨザキも静かに口を開く。

「情報収集という意味では価値がある」

「大型魔物、黒い結晶、盗難事件」

「全て別件とは限らない。サクヤの証言も兼ねるとね」

 

ガインの表情が変わる。

「……どういう意味じゃ」

「全部、始まった時期が近い…だそうです」

ヨザキはサクヤへ視線を向けた。


「魔物の異常行動、行方不明者、盗難事件」

「そして大型個体の出現」

 

サクヤは腕を組む。

「せやな」

「全部大体半年前くらいや」


ヨザキは頷いた。

「偶然にしては、あまりに事件が密集し過ぎている」


部屋に静かな緊張が走る。

「関連があると?」


ガインが低く尋ねた。

「可能性の話です」


ヨザキは冷静に答える。

「現時点で証拠はありません」

「ですが調べる価値は十分ある」


ガインは黙り込んだ。

 

窓の外では風車がゆっくりと回っている。


しばらくして、

「……仮にじゃ」

ガインが口を開いた。

「子供達を探すとして、どうする」

 

「説教する気はありません」

ヨザキは即答した。


「まずは話を聞きます」

「状況確認だな」

イリアスも頷く。


「盗みの理由」

「誰が中心なのか」

「他に何か知ってることはないか」

 

ペプシルは腕を組んだまま黙っていた。


反対ではある。

だが話を聞くだけならまだ理解できる。


「隠れ場所の心当たりは?」

ヨザキが尋ねる。


ガインは難しい顔をした。

「無い」

「だが……」


その視線がサクヤへ向く。

「一人だけ心当たりがありそうな奴はおる」

「なんでオレ見るん」

サクヤが即座に顔をしかめた。


「知らんで」

「本当にか?」

「知らん」

「本当に?」

「……」

サクヤは露骨に視線を逸らした。


部屋が静かになる。

 

「サクヤ」

「うっ」

追い詰められたような声が漏れた。


「…まあ…」

ぼそりと呟く。


「多分、居そうな場所ならある」


全員の目が変わった。


「案内できるか?」

ヨザキが聞く。


サクヤは深いため息を吐く。

「出来るけど」


そして不満そうに頬を掻いた。


「オレ、絶対また怒られるやつやん……」


サクヤは盛大にため息を吐いた。


「怒られるようなことをしている自覚はあるんじゃな」

「そこは否定せん」

「否定せんのかーい」

イリアスが呆れる。

サクヤは椅子の背にもたれた。

 

「別に盗みに協力した訳ちゃうで」

誰もまだ責めていないのに先回りして言い訳を始める。


「ただなぁ……」

言葉を探すように頭を掻く。


「放っとけんかったんや」

部屋が静かになる。


「何人か見たことある」

サクヤは窓の外へ視線を向けた。


「親おらん子」

「腹減っとる子」

「怪我しとる子」

淡々とした口調だった。


だが先程までの軽さは無い。


「だから時々飯持ってったりしとった」


オサリアが目を瞬かせる。


「優しい」

「ちゃうわ」

即座に否定された。


「放っといたら死ぬやろ」

「それを優しいって言うんだよ」

サクヤは頭にはてなマークを浮かべている。


ペプシルは黙ったままサクヤを見ていた。


「場所はどこだい?」

ヨザキが聞く。


サクヤは数秒迷った。


そして深いため息を吐く。

 

「谷の向こうや」

「昔使われとった猟師小屋」

「今は誰も使っとらん」

 

ガインの表情が変わる。

「まだ残っとったのか」

「残っとる」

サクヤは頷いた。


「多分そこや」


サクヤの言葉に、部屋が静まり返る。


ガインは腕を組んだまま目を閉じる。


「……今日は行くな」


「え?」

オサリアが顔を上げる。


「もう日が落ちる」

窓の外を見れば、

ラグナの空は既に茜色から藍色へ変わり始めていた。


「谷へ向かう道は夜になると危険じゃ」

「ましてや今は何が起きるか分からん」

ヨザキも頷く。


「明日の朝じゃ」

ガインは続けた。

 

「なら今日は解散?」

イリアスが聞く。


「そうなるな」

 

その瞬間。


「いや待て」


ペプシルが手を挙げた。


「結局、宿はどうする」


部屋が静かになる。


「あ」

オサリアが固まった。


「そういえば」

「財布」

イリアスが補足する。


「金無いな」

「無いね」

「無いな」


三人が頷く。


「待て」

「お前達、一文無しなのか?」

「正確にはほぼ一文無しです」

ヨザキが訂正する。


「調査資金を崩す訳にもいきませんので」

「崩したら次の場所行けねえし帰れなくもなる」

イリアスも頷いた。


「……」


ガインは黙り込んだ。


そして。


「サクヤ」

「嫌や」

ピクっと尻尾が反応する。


「まだ何も言っとらん」

「分かるもん」

サクヤは椅子ごと後退した。

「絶対ろくでもない話や」


ガインは無視した。

「お前の家、空いとるじゃろ」

「嫌や!!なんでオレん家やねん!」

「一番近いからじゃ」

「理由雑!」

「客間もある」

「物置でいっぱいや!」

「じゃ居間で寝かせなさい」

「横暴や……」

 

オサリアがおずおずと手を挙げる。


「あの……」

「うち達は別に野宿でも」


「駄目じゃ」

ガインが真顔で言った。


「お前達は明日動くんじゃろ」

「ならちゃんと休め」

「でも……」

「サクヤ」

「嫌や」

 

ガインは真顔で告げる。

「村長命令じゃ」


部屋が静まる。


サクヤが固まる。


「……」


「……」


「……横暴や」


絞り出すような声だった。



「よし決まりじゃ」

「決まってへん!」


するとオサリアがぱっと笑う。

「お世話になります!」

「切り替え早!?待てや!」

「サクヤ、よろしくね!」

「勝手に決めんな!」


ペプシルが立ち上がる。

「じゃあ世話になる」

「お前もか!」


イリアスも続く。

「飯ある?」

「ある訳ないやろ!」


ヨザキまで頷いた。

「助かります」

「誰もオレの話聞いてへん!」

 

「サクヤ」

冷たく低い声が部屋に響く。

「無礼な振る舞いでもしたら――」

「分かった!!どぉぉぞ来てください!!」

サクヤは半ばヤケクソになりながら叫んだ。


その姿を見て、

オサリアやイリアスは思わず吹き出す。


重苦しかった空気が少しだけ和らいだ。


その笑いが落ち着いた頃。


ガインは静かに口を開いた。


「……旅の者よ」


四人が顔を上げる。


「どうか頼む」


ガインの声は小さかった。

初めて、その背中が小さく見えた。

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