第13章:広がる波紋
翌日。
教室の空気が、どこか落ち着かない。
理由は単純だ。
視線。
やけに、視線を感じる。
「……なんか見られてない?」
思わず隣に小声で聞く。
「そりゃ見られるだろ」
あっさりと返ってきた。
「最近の行動考えろよ」
その一言で、だいたい察する。
保健室。
頻繁な出入り。
そして、おそらく。
昨日の一件。
完全に、目立っている。
「……面倒だな」
小さく呟く。
「まあでもさ」
隣のやつが少しだけ声を落とす。
「羨ましいって思ってるやつもいるぞ」
「は?」
「だってあの桜井だぞ?」
やはりそこに戻る。
「距離近いし、可愛いし」
「そりゃ噂にもなるって」
軽い調子。
だが。
間違ってはいない。
チャイムが鳴る。
授業が始まる。
だが、やはり集中できない。
頭の中にあるのは一つだけ。
――広がってる。
確実に。
そして、それは止められない。
昼休み。
いつも通り、保健室へ向かう。
だが。
今日は、少し違った。
廊下の途中で、足が止まる。
保健室の前に――人がいる。
しかも一人じゃない。
数人の女子。
「……」
様子をうかがう。
「え、ほんとにいる?」
「いるらしいよ」
「マジで?」
ひそひそとした声。
完全に、噂目当てだ。
少しだけ、苛立ちが湧く。
だが――。
それ以上に。
気になることがある。
扉の向こう。
彼女は、どうしているのか。
少し迷ってから、前に出る。
「失礼」
軽く声をかけると、女子たちがこちらを見る。
「あ」
「例の人だ」
小さなざわめき。
面倒だが、無視する。
そのまま扉をノックする。
「どうぞ」
いつもの声。
少しだけ安心する。
扉を開ける。
「……あ」
桜井がこちらを見る。
そして――。
ほんの一瞬だけ、表情が緩んだ。
「神崎くん」
名前を呼ばれる。
その声は、いつも通り。
だが。
次の瞬間。
「どうしましたか?」
少しだけ距離を保った立ち位置。
昨日決めた“距離”。
ちゃんと守っている。
その姿に、少しだけ安心する。
「ちょっと来ただけ」
「はい」
頷く。
だが、その時。
後ろから、声がした。
「すみませーん」
振り返る。
さっきの女子たちが、入口から顔を覗かせていた。
「ちょっと見てもらっていいですか?」
明らかに、用事はついで。
目的は別だ。
だが。
「はい」
桜井は、何も言わずに頷いた。
「どうしましたか?」
いつも通りの対応。
距離も、適切。
声も、変わらない。
完全に“正しい保健委員”。
さっきまでの空気が、嘘みたいに消える。
その様子を見て、女子たちは少しだけ拍子抜けしたような顔をした。
「え、普通じゃない?」
「もっとこう……なんかあるかと思った」
小声での会話。
聞こえている。
たぶん、桜井にも。
だが。
彼女は、何も反応しない。
ただ、淡々と対応を続ける。
それを見て、少しだけ分かる。
――選んだんだな。
このやり方を。
その時。
「……神崎くん」
小さく呼ばれる。
振り向くと。
ほんの一瞬だけ。
彼女が、少しだけ近づいた。
誰にも気づかれないくらいの距離。
「少しだけ、待っててください」
小さな声。
その距離。
その言い方。
“特別”が、ほんの少しだけ混ざっている。
「……分かった」
小さく頷く。
彼女はすぐに、元の距離に戻った。
何もなかったかのように。
だが。
それでいい。
全部を変える必要はない。
全部を隠す必要もない。
その中で、少しだけ残されたもの。
それが――。
妙に嬉しかった。
外のざわめき。
中の静けさ。
二つの世界が、少しずつ重なり始めている。
その中心に、自分がいる。
その事実が、少しだけ現実味を帯びてきていた。




