第30話 祖先の影
夜の王都。
帝国視察団の宿舎。
カサンドラ・ヴァルメリアの部屋には、まだ灯りがついていた。
机の上には資料が広がっている。
白百合公爵断罪。
王命。
証拠消失。
証人消失。
八十年前の事件の真相は、すでに見えていた。
カサンドラは椅子にもたれ、静かに天井を見上げる。
「王命断罪」
その言葉を小さく呟いた。
白百合公爵は反逆していない。
だが王は危険視した。
軍事力。
貴族支持。
王位の脅威。
だから排除した。
断罪という形で。
国家は裁いたのではない。
国家は処刑した。
カサンドラは微笑む。
「やっぱり」
「国家は同じね」
帝国でも王国でも。
国家というものは似ている。
だが。
彼女の興味はそこではなかった。
机の上の別の資料を手に取る。
ルミナリア家。
断罪官の家系。
王国史において特異な家だ。
断罪を執行する一族。
そして。
その始まりの人物。
エレノア・ルミナリア
白百合公爵断罪の執行者。
王国最初の断罪官。
カサンドラはその名前を指でなぞった。
「あなたは」
静かに呟く。
「何者だったのかしら」
彼女は椅子から立ち上がり、窓へ歩いた。
窓の外には夜の王都。
遠くに王宮の塔。
さらにその向こう。
断罪アカデミーのある方向。
カサンドラは考える。
白百合公爵断罪。
王命による処刑。
それを執行したのはエレノア。
だが。
ここで一つの疑問が生まれる。
カサンドラは小さく言った。
「あなたは」
「知っていたの?」
王命だったことを。
もし。
エレノアが知っていたなら。
王が無実の公爵を処刑したことを理解していたなら。
彼女は。
国家の道具。
王の命令を実行する断罪官。
政治の武器。
だが。
もし。
知らなかったなら。
エレノアは証拠を信じ。
証言を信じ。
正義を信じて断罪した。
つまり。
操られた存在。
正義の操り人形
カサンドラは腕を組んだ。
そして笑った。
「どちらでも」
静かな部屋。
彼女の声だけが響く。
「面白い」
もしエレノアが知っていたなら。
断罪は国家の武器。
もし知らなかったなら。
断罪は国家の偽装。
どちらでも。
結論は同じだ。
カサンドラは再び机の資料を見る。
そして静かに呟いた。
「断罪は正義?」
少し間を置く。
「それとも国家?」
その答えはまだ出ていない。
だが。
一人の人物がいる。
その答えを信じている人間が。
カサンドラは窓の外を見た。
視線の先。
断罪アカデミー。
そして。
その中心にいる少女。
レティシア・グランベル。
白百合断罪を執行した断罪官の子孫。
カサンドラは小さく笑った。
「あなたは」
「どちらを選ぶのかしら」
正義か。
国家か。
静かな夜。
その視線は遠くを見ていた。
そして物語は。
新しい段階へ進む。




