第28話 議事録の穴
王国議会図書室。
王宮の奥深くにある、静かな部屋だった。
厚い絨毯。
高い本棚。
そして中央の長い机の上には、巨大な革装丁の本が並んでいる。
王国議会議事録。
王国の政治の歴史そのものだった。
その席に座っているのは――
カサンドラ・ヴァルメリア。
彼女はゆっくりページをめくっていた。
「証拠は消えていた」
白百合公爵断罪。
その裁判には証拠が存在しなかった。
そして。
「証人も消えていた」
事件に関わった証人たちは、全員が短期間で死亡、あるいは失踪していた。
偶然ではない。
処理されている。
カサンドラは確信していた。
だから。
彼女は最後の場所に来ていた。
王国議会。
白百合公爵断罪は、議会の決議によって正式に執行された。
つまり。
ここには必ず記録が残っている。
「国家がどう動いたのか」
その証拠が。
彼女は机の上の重い本を開いた。
八十年前の議会議事録。
白百合公爵断罪の日。
その日のページ。
カサンドラは指で文章をなぞる。
午前会議。
証拠提出。
証人証言。
討論開始。
ここまでは普通だった。
議員たちが発言している。
反逆の証拠。
国家の安全。
貴族の責任。
そして。
ある行で文章が止まった。
カサンドラの指が止まる。
「……あら?」
彼女はページをめくった。
次のページ。
議会はすでに決議している。
断罪承認
そして。
白百合公爵有罪。
断罪執行。
カサンドラは黙った。
もう一度ページを戻す。
そしてゆっくり読み直す。
討論開始。
その次。
いきなり決議。
彼女は本を閉じた。
静かな部屋に、革の音が響く。
そして小さく呟いた。
「三時間」
議事録の横には時間が記録されている。
討論開始。
午前十時。
次の記録。
決議。
午後一時。
つまり。
三時間
その間の討論が――
存在しない。
カサンドラはゆっくり椅子に背を預けた。
そして笑った。
「面白い」
静かな図書室に、彼女の声だけが響く。
三時間。
議会討論としては、最も重要な部分だ。
証拠を検証し。
議員たちが争い。
結論が決まる時間。
それが。
丸ごと消えている。
カサンドラは指で机を叩いた。
「ここで」
静かに言う。
「何かが起きた」
彼女は天井を見上げる。
頭の中で可能性を並べる。
証拠偽造。
政治取引。
貴族圧力。
そして。
もう一つ。
カサンドラはゆっくり呟いた。
「王命」
もし。
もしこの三時間の間に。
王が直接命令を出していたら。
議会の議論は意味を持たない。
議員たちは。
従うしかない。
カサンドラは再び議事録を見た。
綺麗に整えられた文章。
完璧な裁判記録。
だが。
その中心に。
巨大な空白がある。
彼女は小さく笑った。
「なるほど」
すべてが繋がり始めている。
証拠が消えた。
証人が消えた。
そして。
議会の討論が消えた。
カサンドラは本を閉じた。
ゆっくり立ち上がる。
窓から王宮の塔が見える。
王国の中心。
権力の象徴。
カサンドラはその方向を見つめながら言った。
「国家は」
静かな声。
「歴史を書き換える」
白百合公爵断罪。
王国最大の裁判。
その記録は。
もうすでに。
誰かによって作り替えられていた。




