第25話 白百合断罪
王都の夜。
紅薔薇事件の裁判が近づき、街は妙な緊張に包まれていた。
新聞は連日その話題だ。
「ローディア侯爵断罪か」
「国家断罪の行方」
「断罪アカデミーの実力」
王都の人々は、これから始まる裁判を歴史的事件として見守っている。
しかし。
その裏で、もう一つの調査が始まっていた。
帝国視察団の宿舎。
重厚な石造りの建物の一室。
机の上には大量の本と書類が広がっていた。
古い王国史。
貴族家系図。
裁判記録。
そして議会議事録。
その中央に座っているのは――
カサンドラ・ヴァルメリア。
彼女はページをめくりながら呟いた。
「王国の断罪制度は……」
視線が文章を追う。
「約八十年前に確立」
静かな部屋に紙の音だけが響く。
カサンドラは本を閉じた。
「なるほど」
王国では今、断罪アカデミーが話題だ。
新しい制度。
新しい裁き。
しかし。
その制度には始まりがある。
そしてその始まりは――
一つの巨大事件だった。
彼女は別の資料を開く。
表紙に書かれている。
王国重大裁判記録
カサンドラの指が、あるページで止まった。
そこに書かれている事件名。
白百合公爵断罪
彼女は小さく呟く。
「これね」
白百合公爵家。
王国最大の名門の一つ。
その歴史は三百年以上。
王国建国期から続く貴族家だった。
その紋章は――
白百合
純白の花。
忠誠と高潔の象徴。
王国でもっとも格式高い家の一つだった。
だが。
ある日。
突然。
事件が起きる。
国家反逆罪。
王国を裏切ったという告発。
議会は緊急招集。
証拠提出。
証言。
そして裁定。
結果。
白百合公爵家は――
断罪。
その一夜で。
公爵家は滅びた。
領地没収。
家臣解散。
家族は処刑、または追放。
王国最大級の名門が。
たった一つの裁判で消えた。
カサンドラはその記録を読み進める。
そして。
ある名前のところで手を止めた。
「……あら」
小さく笑う。
その断罪を執行した人物。
断罪官。
名前は。
エレノア・ルミナリア
王国史上、最初の断罪官。
そして。
カサンドラは静かに呟いた。
「なるほど」
「レティシアの祖先」
ルミナリア家。
断罪官の家系。
つまり。
今、紅薔薇事件で国家断罪を行おうとしているレティシアは。
その血統の後継者。
カサンドラは椅子に深く座り直した。
「歴史の繰り返しね」
だが。
彼女はもう一度記録を読み返す。
ページをめくる。
証拠。
証言。
議会決議。
すべてが整っている。
完璧な裁判。
非の打ち所がない。
カサンドラはしばらく黙っていた。
そして。
ぽつりと呟いた。
「完璧すぎる」
その声は静かだった。
だが確信があった。
「反逆証拠」
「証言」
「議会決議」
指で三つをなぞる。
「全部ある」
普通なら問題ない。
むしろ理想的な裁判だ。
だが。
彼女は帝国の政治家の娘だった。
そして帝国は知っている。
国家というものを。
カサンドラはゆっくり笑った。
「こんなに綺麗に揃う?」
本を閉じる。
そして立ち上がる。
窓の外には夜の王都。
遠くに王宮の灯り。
カサンドラはその光を見ながら呟いた。
「何かがおかしい」
白百合公爵断罪。
王国史最大の裁判。
そして。
断罪制度の始まり。
もし。
もしこの事件に。
何かが隠されているとしたら。
カサンドラの目がわずかに輝いた。
「面白い」
彼女は机の資料をもう一度見た。
そして言う。
「調べてみましょう」
声は楽しそうだった。
「王国最大の断罪を」




