第8話 建国戦争編-8
〈本館 領主バラムの私室〉
「窓の外をご覧ください! 」
言われた通り、兵士の一人が恐る恐る窓へ近づいた。だが外を覗いた次の瞬間、男は顔色を変えて腰を抜かしてしまう。
「お、おい、外にいったい何があると言うのだ」
「市民が、大群衆が大通りを埋め尽くしながら、この屋敷に向かって来ています」
「な、なんだと・・・・・・ 」
「すごい数です。5000人以上はいます」
「バ、バラム様、いかがいたしましょう? 」
(どうやら、ロスさん達の方も上手くやったみたいですね・・・・・・ )
もちろん、民衆を扇動させたのもカインだ。商会やギルド出身の亜人陣営構成員を通して、いろいろと工作していた。そして今回の出来事が最後の一押しとなり、人々の恐怖は領主への憎悪へ変わったのだ。
武装した兵士による強硬突入、メタノール中毒による敵の兵力の漸減、そして民衆による蜂起。それぞれがどれか1つの作戦が失敗したときの保険だったが、今回は幸運にも全てうまくいったようだ。
バラムの兵士たちに、次々と動揺が伝わっていく。怖気付いたのか、どこからか「逃げよう」と言う言葉まで聞こえてきた。それを聞いたバラムは、また顔真っ赤にして激怒する。
「バカ者らが! 逃げるにしても扉の前の亜人共を倒さねば、逃げようにも逃げられんではないか! さぁ戦え、下等な亜人共を皆殺しだ! 」
バラムに追い立てられ兵士たちは再び武器を構えるが、その顔からは明らかに恐怖の色が見て取れる。おどおどと前へ出る兵士達を前に、カインは一歩踏み出す。そして、覇気を孕んだ鋭い目で兵士達を静かに見回した。
その視線だけで、誰もが足を止めた。
「なるほど。どうしても見たいのですねの転生者、勇者カイン・ヴァレ・シュラプネルの力を」
カインはわざとらしく、ゆっくり剣へ手をかける。
「どうしても僕のスキルを見たいと言うのなら、あなたの命を代わりに頂戴しましょう。さぁ、いつでも、誰でも大歓迎ですよー」
(いくら勝つためだとはいえ、自分から勇者だと名乗るのはいい気分がしませんね・・・・・・ )
「アクティブスキル発動・・・・・・ 『斬撃速度向上A』!!『身体補強B』!!『剣との感覚リンク開始』」
カインの剣が青白いオーラを纏った。カインは真ん中にいた剣士の男にゆっくりと歩み寄る。
剣士の男は恐怖で反撃することもできず、カインが一歩進むたび、また一歩、さらにまた一歩と後退していく。 他の兵士達も固まったまま動けない。
「な、なんだこいつ! おい、弓兵早く撃て! 」
「む、無理だ・・・・・・ 体がうごかねぇんだよ・・・・・・ 」
カインは臆することなくそのまま進み続け、ついに剣士の背中が壁にぶつかる。
「た、た、助けてくれ・・・・・・ 」
「なら、武器を捨ててください。降伏すれば命は保証します」
カインは剣を下ろした。
「捕虜となったら機密保持のため、一度、貴方達が乗ってきた船に拘留します。そして戦いが終わった後、外国の港まで移送して釈放します」
最初に剣士の男が膝をつき、彼の手から剣が滑り落ちる
「・・・・・・降伏する」
それを見た他の兵士達も次々と武器を床へ放り投げた。
「お、俺も降伏する」「俺もだ! 」
(正面から火力で押し切ることもできましたが、そうすれば双方に死傷者が出てしまう・・・・・・ 敵兵を弱らせるためにメタノールを使った僕が言うのもなんですが、命は大事にして越したことはありません)
少なくとも、この場で無駄に失わせる必要はない。
「ま、待て!ワシも降伏する!命だけは助けてくれ!」
「わかりました。ただし、貴方には裁判を受けてもらうことになりますが・・・・・・ 」
「ならば、ワシの財産をすべてやる! 屋敷も船も全部じゃ! だからワシを無罪にしてくれ! 」
「おっと、貴方は何か勘違いされているようだ。陪審員は私達ではなく市民です。陳情ならば彼等にどうぞ」
「・・・・・・どう言うことじゃ? 」
カインは冷たく言い放つ。
「言葉通りの意味ですよ。貴方は公開裁判にかけられ、死刑か無罪かを市民が判断します。まぁご安心ください、貴方が民思いの良い領主であったならば、きっと市民は貴方を助けてくれますよ」
「あ、あぁぁぁーーーー!!! 」
「はぁ・・・・・・ なんて醜態でしょう、とても見ていられません。連行してください」
亜人兵士達はバラムと投降兵を連れて部屋を後にした。その様子を見送りながら、カインは副官の近衛兵へ声をかける。
「監視はもちろんとして、感情的になった市民からも守ってあげてください。一応、我々には捕虜である彼らの身柄を守る義務がありますから」
「了解しました。それにしてもカイン殿の演技には感服いたしました。小官まで動けなくなってしまいましたよ」
「は、恥ずかしいので、くれぐれも他の隊員には漏らさないでくださいよ・・・・・・ 」
「承知しております。では小官は船まで捕虜を移送してまいります」
その会話を聞いた剣士の男が、移送されながら思わず振り返った。
「お、おい! 演技ってなんだよ? 説明してくれ」
カインは少し困ったように笑った。
「実は僕、剣を持ち始めてまだ1ヶ月くらいなんです。スキルの発動だけはできますが、正直、剣術そのものはまだまだですよ」
一応、エレミアに鍛えてもらっていたが、さすがに1ヶ月で剣が扱えるようにはならない。だから先ほども、平然としていたように見えて内心かなりヒヤヒヤしていた。
しばらく沈黙が流れ、1人の兵士がポツリと言った。
「・・・・・・俺達、何で降伏したんだ?」
〈時刻は少し戻り 別館 兵士宿舎〉
魔法とは、魔力で空気中の魔粒子を制御し、物理法則に干渉する技のことである。
魔法の素養を持つ者は人類の3人に人ほど存在するが、魔法を使用するには厳しい訓練が必要なため、実際には魔導士の数はかなり少ない。さらに、魔導師と呼ばれる者のほとんどは実験室で働く研究魔導師であり、戦闘を生業とする戦闘魔導士はもっと少ない。
そして、亜人陣営の誇る戦闘魔導師が、翼人の少女エレミア・セイレーンだ。
彼女が率いる第1・4小隊100人は、カインらと同時に兵士の宿舎となっている別館への突入を開始した。
目的は別館に待機している敵兵力主力の無力化であるため、遠慮する必要は全くない。
突入直前、兵士達は別館を囲むように散開すると、開いていた窓へ次々と擲弾を投げ込んだ。黒色火薬は燃焼時に大量の硝煙を発生させることで知られるが、今回はその硝煙が煙幕の代わりとなった。
エレミアは第1小隊を先導し、玄関広間からそのままダンスホールへ乱入する。
すでに室内では擲弾の爆発の残響、そして敵の怒号や悲鳴が区別もつかず混じり合って響いていた。さらに硝煙の霧の向こうには、敵兵の鎧の反射の煌めきが見える。
「ー魔光弾ー」
エレミアは素早く魔法陣を展開し、拡散魔法を硝煙越しに放った。
だが、煙が晴れて見えた光景に、思わずエレミアは眉をひそめる。
「あらら、悪いことしちゃったわね」
ホールはメタノール入りワインを飲み、倒れた兵士達の収容所となっていた。床には呻きながら横たわる兵士達が並び、壁際にもぐったり座り込む者もいる。
メタノール中毒の初期症状は吐気や頭痛など二日酔いに似ている。そのため異変に気づくのが遅れ、気づいた頃にはまともに戦える者が激減していたようだ。
「約150人・・・・・・ 敵の戦力の4分の1か。かわいそうだけど、一度でも抑圧者に味方した以上、あたし達が助ける義理はないわよ」
だが、勝利の余韻に浸る暇はなかった。廊下の奥から慌ただしい足音が響き、一人の伝令兵が血相を変えて駆け込んでくる。
「大変です。上層階の制圧に向かった第4小隊が、敵の反撃を受け死傷者が発生。至急応援を! 」
「何があった、説明しろ! 」
「は、はい。近距離で敵のスキル持ち剣士と遭遇し、複数の死傷者が発生。現在、負傷者を収容しつつ中央階段まで後退しています」
「わかった、私が赴いて迎撃する。援護は無用で私が良いと言うまで前進するな。ダビデ小隊長、後の指揮は任せる」
エレミアはそう言い残すと、次の瞬間、翼を大きく広げると、一気に吹き抜けを駆け上がった。
それを見ていた若い義勇兵が思わず声を上げる。
「ダビデ小隊長、我が分隊にも出撃の許可を! エレミア隊長は魔道士であり、今回のような屋内の接近戦では剣士に対して不利です! どうか援護のため出撃許可を! 」
「はは、そうか。貴官らは義勇兵でエレミア殿の能力をまだ知らないのか。まぁ安心しろ、彼女のセイレーンの名は飾りではないからな・・・・・・ 」
第9話の投稿は6月17日水曜日を予定しています。




