第7話 建国戦争編-7
ーー夜明け前。まだ、多くの市民が寝静まっている中、亜人兵士達はそれぞれの目標に向かって進み出していた。
総兵力350人の歩兵は、50人ごとの7個小隊に分けられている。各小隊は剣を装備した近衛兵と、火縄銃兵の混合編成だ。
〈ハイファ市 王宮の官僚宿舎〉
寝室の戸が突然蹴破られ、数人の亜人兵士が勢いよく突入してきた。盾を構えた近衛兵を先頭に、火縄銃を構えた義勇兵が続いている。
彼らの目的は領主バラムに内通していた者の逮捕又は排除だ。
兵士達は豪華なダブルベットを取り囲むと、ベットに向かって一斉に銃を突きつけた。
「キャー!!! あなた、あなた! 」
幸せそうにグーグーと寝ていた官僚は、隣にいた愛人の悲鳴で目を覚ます。
「な、なんだ貴様らは! この私が誰かわかっているのか! 」
「はい、財務官のヘロデス氏ですね。あなたを公文書偽造、及び贈賄の容疑で拘束させていただく。もし抵抗するのなら・・・・・・」
「ふざけるな! さては貴様らエスターの手下だな! こんなことをしてタダで済むと思うなよ! 」
そう言って官僚の男は制止を振り切って立ちあがろうとする。だが、その直後に引き金が引かれ、銃声と共にベットが血の飛沫で染まった。
「全く、抵抗するなと言ったのに・・・・・・ 」
他の部屋からも発砲音や怒号が次々と聞こえてくる。
夜明け前の奇襲、まだぐっすり寝ていた標的達には、逃走する隙も、応援を呼ぶ余裕も無かった。
「報告いたします。王宮周辺の制圧が完了しました。我が兵に被害なし、領主バラムに内通していた者は全員捕縛又は射殺しました」
報告を聞いた近衛隊長は満足そうにうなずく。
「そうか、わかった。もうすぐ陛下が到着される。死体は速やかに片付けてくれ。それに、ここの家政婦長は厳しいことで有名だからな、死体なんか残したら文句を言われてしまう」
ーー10分後。王宮の正面玄関に国王エスターの乗った馬車が到着した。正装のエスターは馬車から降りると、広間へと向かった。
「エスター陛下。お帰りなさいませ」
広間では使用人達が万歳と歓声と共にエスターを迎える。
「半年も待たせて済まない。私が留守にしていた間、皆よく耐えてくれた。感謝する」
「もったいなきお言葉。皆、陛下がお戻りになると信じて務めて参りました」
元々エスターはこの王宮で執務を行なっていたが、しばらく前より領主バラムとの内通者が確認されるようになってしまった。そのため亜人陣営の機密が漏れないよう、ハイファ市から離れた屋敷(別荘)で執務を行なっていたのだ。
「さっそくだがオドニエル近衛隊長、作戦の進捗状況を教えてくれ」
「はい、現時点でこの王宮は、私が率いる第3小隊が制圧しています。周辺に敵はおりません。さらに、第6・7小隊が港と市外への街道を封鎖済みです。これで外に戦の知らせが届くことはありませんな。また、打ち合わせ通りにハイファ市亜人自警団及び水軍が投降、我が軍の指揮下に入るとのこと。ここまで予定通り、順調に進んでおります」
「カインとエレミアの方はどうなっている? 」
「ちょうど屋敷の方で、戦端が開かれた頃かと」
〈同時刻 領主バラムの屋敷〉
街を一望できる丘の上に領主バラムの屋敷は建てられている。周囲は石造りの壁で囲われ、一定の間隔で矢を射るための狭間のついた物見櫓が配置されている。明らかに戦闘を想定した造りで、さながら城砦のようだ。
カインを含む主力の第1・2・4・5小隊約200名は、屋敷の門から少し離れた所で身を潜めていた。遠距離武器の優位が薄れる屋内戦を想定し、他の小隊に比べ、剣術に秀でた近衛兵を多く配置している。
上空を見れば背中の翼を広げたエレミアが、上昇気流に乗りゆっくりと滑空してる。
彼女の眼下では、不運にも夜間警備に配置されてしまった兵士が、門の上の物見櫓で眠そうにあくびをしていた。そしてエレミアは静かに物見櫓の縁に降り立つと、弩で素早く番兵の頭を撃ち抜く。
エレミアは内側から門のかんぬきを外すと、外にいたカイン達を招き入れた。
「上から観てきたけど、他に見張りの兵士は2、3人しかいなかったわ。どうやら例のアレはうまくいったみたいよ」
「それなら、この機を逃すわけにはいきませんね。一気に突入しましょう」
「ええ、あたしも端っからそのつもりよ」
領主バラムの屋敷には、バラム本人がいる本館と、兵士の宿舎代わりに使われている別館がある。
まず、エレミアは3個小隊を率いて激戦が予想される別館を担当。そして、カインが残った1個小隊を率いて本館を攻めるというわけだ。
* * * *
「突入せよーー!! 」
外したかんぬきを破城槌の代わりにして、本館の玄関を破った。直後ドアが開いた瞬間、火縄銃兵が一斉に射撃し、付近にいた敵を薙ぎ払う。そして発砲煙とともに、剣を構えた近衛兵が勢い良く突入する。
さて、ここからが問題だ。いくら寝起きと言えど、ここまで騒げば襲撃の知らせは、敵兵に伝わってしまう。
「敵襲ー! 敵襲だー! 」
火縄銃兵の支援射撃の中、近衛兵が突撃して制圧、そして近衛兵が確保した地点に火縄銃兵が前進するのを繰り返す。奥に進むと急造のバリケードが現れるが、それに対しては黒色火薬が詰まった擲弾を投げて制圧していく。
「なんだよ、この雷みたいな音は! だめだ、こんなバリケードじゃ持たねぇ! おい、俺は撤退するぞ!」
「バカ野郎! 喋ってる暇があんなら家具を運べ――」
直後、バリケードの向こうへ投げ込まれた擲弾が炸裂した。
閃光と共に擲弾に内蔵された金属片が高速で飛散し、叫んでいた兵士の身体に突き刺さる。
「ワァーッ!! に、逃げろー! 」
残された兵士達は、思わず背を向けて走り出す。
敵の兵力の割に、実際に抵抗してくる兵の数は少ない。さらに、彼らにとって未知の兵器である火縄銃、その大きな発砲音は、彼らに残った抵抗の気力を素早く削り取る。
当初制圧はスムーズに進むと思われたが、屋敷の広さそのものが障害になった。無数に存在する部屋を一つずつクリアリングし、隠れている者を引きずり出していく作業は想像以上に時間を要する。
本当は全ての部屋に擲弾を投げ込みたかったが、わずかだがバラムを殺してしまう可能性があったため仕方がない。彼だけは生け取りにして、後に裁きを受けさせなければならないのだ。
そのためカインが最上階のバラムの私室に辿りついたのは、突入から3時間以上経った後だった。
「ここが領主バラムの私室です。お気をつけて」
「わかった」
そう言って、カインはゆっくりと部屋の扉を開けた。亜人兵士達も続き、カインを援護するように半円陣を組んだ。
部屋の奥には大きな寝具があり、使用人に看護されながら領主バラムが横たわっている。バラムはカインの足音を聞くなり言い放つ。
「誰だ貴様は! エスターの手下か! 」
「ええ、お初にお目にかかります。精霊種族の転生者、カイン・ヴァレ・シュラプネルです」
バラムは使用人の肩を借りてよろよろと立ち上がった。だが、彼は動くたびに体を柱や家具にぶつけ、そのたびに使用人を怒鳴りつける。よく見ると彼の眼球はカインを捉えていない。
「クソっ、目が見えん。貴様らワシに何をした! 」
「なるほど、その様子から察するに、貴方もワインをお飲みになられたようですね」
苦しむバラムの顔を見て、カインは不敵に微笑む。
「ワイン・・・・・・ まさか、エスターから送られてきたワインに毒が入っていたのか! 」
「はい、ご明察」
「なぜだ! 毒味もさせていたのに、しかも毒味役と道化は飲んだ後もけろっとしていたぞ。そうか! あいつらが裏切ったのかクソっ! 」
「安心してください。彼らは裏切ってませんよ。僕がほんの少しメタノールを混ぜただけですから」
「めたのーるじゃと・・・・・・」
メタノールはアルコールの一種で、お酒に含まれるエタノールの親戚だ。
メタノール自体にはそこまで強い毒性はないが、エタノールとは違い、体内の肝臓で代謝される過程で発生するギ酸が猛毒となるのだ。体内に蓄積されると細胞の働きを阻害し、またギ酸は視神経に強いダメージを与えるため、視力障害や失明といった後遺症を残すことで知られている。
毒性には個人差が大きく、ほんの数滴で中毒を起こす者もいれば、コップいっぱい飲んでもけろっとしている者もいる。おそらくバラムはメタノールに弱い体質だったのだろう。
「お酒に含まれるエタノールと成分が似ているので、香りや味で気づくのは困難です。まあ違和感ぐらいはあったでしょうが」
「たしかに度数が少し高い気がしたな・・・・・・」
メタノールは炭作りの副産物の木酢液から簡単に作ることができる。第二次大戦終結後の恐慌の際、高い酒の代わりに工業用アルコールを飲んだことによる中毒者が多発したのだ。
「利口な貴方なら、兵士達を労うためワインを配るとは予想できましたよ。まったく、あの量のメタノール入りワインを用意するのは大変だったんですから」
バラム側の兵の数が少なかったのもそのせいだ。カインはバラムが身の安全のため、亜人の使用人を雇ってないことを逆に利用したのだ。
バラムの顔は血管が浮き出るほど真っ赤になっている。
「ワシを散々コケにしてもう許さん! 出てこいお前達! このゴミ共を皆殺しだ! 」
バラムがそう叫ぶと、カーテンの裏から弓矢や槍を構えた傭兵達が姿を現した。中にはスキル持ちの剣士の姿も見える。
亜人兵士も対抗して銃を構え、睨み合いの戦況となる。
だがカインは全く動じていない。
「傭兵の皆さん、無益な戦いはよしましょう。窓の外をご覧ください」




