第9話 建国戦争編-9
〈別館 兵士宿舎2階〉
2階へと向かった第4小隊は、ヒト種の剣士エドガー率いる冒険者パーティーの攻撃によって撤退を余儀なくされた。エドガー率いるパーティーは剣士5人と魔道士2人の混合編成、数々の戦場を渡り歩いた強者たちだ。
「さすがはエドガーさん、50人の敵兵を1人であっという間に敵を押し返すなんて」
「当たり前だ。近接戦で剣士が負けてたまるかってんだよ」
「ですが新人とはいえ、まさか二人もやられるとは思いませんでしたよ。妙な飛び道具を使っていましたし、盾も見たことのない材質でした」
「たしかに剣で奴らの盾を斬ったら、ミスリル鉄の刃が欠けて驚いたぜ。まぁ俺に言わせれば、強い武器を持ったところで所詮、亜人は亜人だな」
そう言ってエドガーが肩をすくめた直後だった。吹き抜けの下から風を切る音が響き、全員が反射的に視線を向ける。
その時、階段の吹き抜けからエレミアが飛び出してきた。彼女は翼を一度大きく羽ばたかせると、手すりへフワッと着地する。
冒険者パーティーのメンバーも、即座に戦闘の構えを見せる。
「敵か!」「魔道士だ、接近して仕留めろ! 」
だがエドガーは、手を横に突き出して仲間の行く手を遮る。そして目一杯の営業スマイルでエレミアに話しかけた。
「なぁお嬢さん、正々堂々一騎討ちしないか」
「あら、どういう冗談かしら? 」
「俺たちはこう見えて、騎士道ってのを重んじていてね。大人が大勢でお嬢さん1人と戦うのは、フェアじゃないだろ? 」
1番驚いていたのはパーティーメンバー達だ。エドガーの補佐役の剣士デルは小声で彼に尋ねる。
「ちょ、ちょっと何を言ってるんですかエドガーさん。なんでわざわざ・・・・・・ 」
「よく見ろ、あいつの背中の翼と赤い眼を。ただの翼人じゃねぇ、あいつがバラムが言っていたセイレーンの魔道士だ」
「セイレーン?」
「ほら、おとぎ話に出てきただろ、美貌と歌声で船乗りを惑わせて食っちまう化け物だ。そんな怪しい伝承を信じた帝国に討伐されて絶滅したと聞いていたが、本当に生き残りがいたとはな。ようは、あいつを捕まえれば色欲旺盛な貴族に高く売れるってわけだ」
「なるほど、もし一気に大勢で飛びかかったら、戦わず逃げられてしまうかもしれない。それを防ぐための一騎討ちの誘いというわけですね」
エドガーはニヤリと笑うと、エレミアへ振り返る。
「ふーん、意外と紳士なのね。あたしに損はないし、その一騎討ちに乗るわ」
そう言うと、彼女は前へ出た。
「どっちが勝っても恨みっこなしだぜ」
エドガーも大盾を正面へ構えた。彼の鎧と盾は共にミスリル鉄製で、鉄の半分ほどの重量しかない一方で十分な強度を持ち、特に盾は一センチ近い装甲厚を持つ逸品だった。重量は二十キロ近くあり、魔法でも飛び道具でも物理的に弾き返す。
ボンボン勇者貴族から戦利品として奪った、エドガー自慢の盾だった。
一方エレミアは背中の革帯から一丁の銃を抜いた。一見火縄銃のようだが、引き金や火縄の取り付け金具がなく、代わりに銃身後部の薬室のに小さな魔法陣が描かれている。
「口径漸減銃ねぇ・・・・・・ 彼と彼女が攻撃魔法を凌駕すると言った威力、試させてもらうわよ」
エドガーも咄嗟に分厚い盾を構えた。
(さっきの亜人が使ってた妙な飛び道具か・・・・・・ 矢の初速は速いようだが、そんなことは関係ねぇ)
どんな魔法や飛び道具だろうと相手の目線を見れば、長年の経験から狙いを予測できる。そしてそこに盾を構えれば封殺できると言うわけだ。
「どうした? お嬢さんから先手でいいんだよ」
「じゃあ遠慮なく。火炎魔法」
銃身の魔法陣が赤く光り、魔法の熱で内部の発射薬が点火される。
口径漸減銃。その名の通り、砲身先端へ向かって口径を狭める特殊構造を持つ火器であり、小型軽量ながら戦車を撃破できる新兵器として第二次世界大戦中のドイツ軍に実戦投入された。
弾丸は鋼鉄の弾芯を柔らかい鉛で覆った特製で、細くなってゆく銃身から搾り出されるように打ち出される。
今回の銃は火縄銃を少し改造したものだが、威力は改造前の比ではない。
弾速は火縄銃のおよそ二倍以上の秒速800m。
鋼鉄弾芯が破壊されず着弾できる限界近い速度であり、現代の対戦車ライフルに匹敵する運動エネルギーを生み出す。
エドガーはエレミアの視線を読み、迷いなく胸の前へ盾を差し込んだ。タイミングも位置も完璧だった。
だが、鎧が弾ける音が、発砲音をかき消すように響き渡る。
「は、え・・・・・・ 」
盾の中心に小さな穴が空いていた。同時にその裏側で胸当ても砕け、背中から赤黒い飛沫が吹き出した。
エドガーはそのまま数歩後退すると、自分の胸を見下ろし、膝をついて倒れ込む。
エレミアは銃を床へ放り投げる。
ゲルリッヒ銃は銃口より弾丸の方が大きい。そのため火縄銃と同じ前装式のこの銃は、戦闘中の再装填は不可能だ。
代わりにエレミアは腰の長い銀色の魔杖を抜く。ミスリル鉄製の特注品で、穂先は短槍のように鋭く、柄頭には魔石が埋め込まれているため、殴れば戦鎚としても使える。
そしてエレミアは困惑するデルらを横目に、近くにいた魔道士の喉元へ鋭い穂先を突き込んだ。
鮮血が噴き出す頃には、彼女はもう次の敵を捕捉していた。
「くらえ! エドガーさんの仇! 」
デルが全力で斬りかかる。
だが避けられないはずの間合いで、エレミアは翼を広げて体を滑らせるように剣を避け、そのままもう1人の魔道士を殴殺する。
デルは思わず息を呑む。彼はエレミアの大きな翼は室内では邪魔になると思っていた。
だがエレミアは翼を空を飛ぶためではなく、姿勢制御に使っていた。羽ばたくたびに僅かに重心をずらし、加速し、急停止し、方向転換する。
その動きは人間の身体能力では再現できず、剣士スキルで強化されたデルですら距離感が狂うほどだった。
「なんて動きだ。剣士より早いじゃないか!」
「空を飛ぶだけが翼じゃないのよ」
軽く笑いながら、エレミアは翼を畳むようにして急停止し、次の瞬間には再び加速していた。
デルは反射的に剣を振るが届かない。
「クソっ、一時撤退だ! 距離を取れ!」
デル達は体勢を立て直そうと距離を取るが、それが裏目に出た。
魔道士は本来、中・遠距離戦を得意とする兵科だ。エレミアは続けざまに魔光弾を放ち、剣士達が避けて体勢を崩した隙に襲いかかる。
正攻法では絶対的に勝てない、そう悟ったデルは一か八かの賭けに出た。
エレミアの狙いが一般兵へ逸れた瞬間、デルは廊下を一気に回り込みスキルを発動する。
「ここだぁ! 」
デルは斬撃で壁を吹き飛ばし、そのままの勢いでエレミアに斬りかかる。
さすがの奇襲にエレミアも避けられず、しかたなく魔杖で剣を受け止めた。
「どうだ!ようやく追い詰めたぞ化け物め! 今まで機動力で避けられてきたが、切り結んでしまえばパワーの勝負。スキル持ちの俺が優位だ! 」
だが突然、彼女が笑った。
「そうね、近づいてくれて助かったわ」
デルの背筋が凍る。次の瞬間、魔杖の先端からゼロ距離で炎が噴き出した。
「なっ!!」
デルが怯んだ隙に、エレミアは魔杖の矛先を彼の鎧の隙間にねじ込む。
そしてエレミアが手を離すと、デルが杖が刺さったまま倒れ込んだ。
エレミアは杖を引き抜こうとするが体内の組織や筋肉が刃にまとわりつき、なかなか抜けない。しかたなく足で死体を踏んで押さえつけながら無理矢理引き抜くと、勢い余って尻もちをつき、そのまま大の字に横になってしまった。
(血のベトベトで服が張り付いて気持ち悪いし、刺したときの繊維を切る感触が手から離れない・・・・・・ )
「はぁ、はぁ、これだから剣術は嫌いなのよ・・・・・・ !!!」
足音に気づいたエレミアが顔を上げると、目の前には一人の敵兵が立っていた。
だがエレミアは余裕の笑みを浮かべ、次の瞬間敵兵が倒れる。
「あら、意外と遅かったじゃない。ちゃんとバラムを捕まえたの?」
倒れた兵士の向こうからカインが姿を見せた。後ろには亜人兵士達が続いている。
「もちろん、ですがエレミアさん、皆さんに命令を」
「命令って?」
「忘れないでくださいよ。あなたは二個小隊を率いる将官でもあるんですから。この戦いを終わらせてください」
「そっか・・・・・・ 」
エレミアは立ち上がり、大きく深呼吸する。そして魔杖を掲げながら言い放つ。
「敵主力は排除した! 各隊は速やかに残敵を掃討し、この街を完全に解放せよ!」
兵士達は一斉に歓声を上げ、そのまま別館の上層へ攻め上がった。残ったバラムの兵の抵抗も長く続かなかった。
程なくしてハイファ市全域で拍手喝采が鳴り響き、市民達は平穏を取り戻したのだった。
* * * *
〈ペリシア藩王国北部 テルダンの農村地帯〉
小麦の収穫が終わったばかりの農村に、馬蹄と鎧の擦れるガチャガチャと言う金属音が響く。重厚な鎧を身に纏った北部の騎士達は、ペリシア藩王国軍を迎え撃つべく行軍を開始した。




