第10話 騎士の栄光 前編
諸事情により第10話は前編・後編の2話に分割することとなりました。後編は明日、6月25日木曜日に投稿されます。申し訳ございません。
〈ペリシア藩王国北部 テルダンの農村 北部領主軍野営陣〉
陽光の降り注ぐ小麦畑には、いつも通り落穂を摘みにスズメが集まっている。しかし、昼下がりだというのに農夫達の姿は見えず、代わりに大きな陣幕がいくつも設置されていた。
野営の煙があちこちから上がり、北部領主軍の兵士達の騒ぎ声が響いている。
「全く、うるさくて野卑な連中だ。これだから傭兵は好かん」
初老の男、フランベル・ドン・ホーテは陣幕の中で大きなため息を吐いた。
彼は北部の領主であり、同時に騎士でもある。
「まあまあ父上、彼ら無しには戦はできません。これも父上が嫌っておられるあのダークエルフの王を倒すためです」
フランベルの言葉に、彼の一人息子のフランクが答えた。
「ああ、わかっている。だがワシらは騎士、誇り高い重装騎兵だ。ならば傭兵などに頼らず、自ら敵を蹴散らしたいと思うのは仕方がないではないか」
「ですが他の領主達はそう思ってはいません。皆さん、勝てる戦でわざわざ死にたくないのでしょう」
北部領主軍は複数の領主が寄り集まって急遽できた連合軍だ。各領主は騎士でもあるが、連合を組んだ際、各々が雇っていた傭兵を集めて主力としている。
騎兵の攻撃手段である騎兵突撃は、確かに強力だ。だが守りを固めた敵に突進する性質上、成功しても少なからず犠牲者が出てしまう。誰だって命は惜しいのだ。
「はぁ、他の者は騎士の誇りを忘れてしまったと言うのか・・・・・・ 」
フランベルは再びため息を吐いた。
「息子よ、本来騎士とは馬で駆けて戦い、君主に忠誠を誓う領主や貴族に与えられる名誉称号だ。だが今は勇者騎士団だの竜騎士団だの、本来の意味と異なった使われ方をされている。我ら真の騎士が誇りを忘れたせいで、馬にすら乗れない平民出身の者が、スキルや剣を持つだけで騎士を名乗るのだよ」
そんな話をしていると、入り口の布が上げられ、鎧を纏った男が入ってきた。
「おやおや、俺としては耳が痛い話だな」
「誰かね? 」
「フリーの騎士のエミール、冒険者パーティー『銀月の狼』のリーダーだ。あなたとは別の領主に雇われているがね」
フリーの騎士という言葉を聞いた途端、フランベルはあからさまに不快な表情を見せた。
「ふん、フリーの騎士とは滑稽だな」
「俺に言わせればフランベル卿の方が滑稽だぜ。君主に忠誠を誓うのが騎士なら、国王エスターに逆らうあんたが騎士を名乗るのは変じゃないのか? 」
「そこまで聞いていたのか、言っておくがワシはダークエルフを王とは認めん。ワシが忠誠を誓うのはダマスカスにおられる『あの方』だ。それで何の用かね? 立ち話をしに来たのではなかろう」
「ああ、実はエスター率いる亜人軍を偵察が見つけたんだ。早く準備したほうがいいぜ」
エミールは意地の悪い笑みを浮かべた。
報告を受けてフランベルは素早く準備を始める。
重装騎兵はその名の通り分厚い装甲が特徴だ。騎乗する馬にも従者が鎧を着せ、騎乗するフランベル自身も30kg近いプレートアーマーを身に纏う。右手に持つ騎兵槍の長さは5mに達する。馬と騎士と装備の重量を合わせると800kg近くになり、まさに陸戦の王者にふさわしい。
フランベルは武装を完了すると北部領主軍の戦列に加わった。
* * * *
10分後、北部領主軍はペリシア藩王国軍の行手を阻むように小麦畑に布陣していた。
北部領主軍の兵力は約200人。傭兵から成る歩兵が150人と領主自ら担う重装騎兵50騎、そして冒険者5人だ。前面に歩兵と冒険者を配置し、領主らは重装騎兵として後方から戦場を見渡している。
対するペリシア藩王国軍は5個小隊250人。先頭にいる近衛兵はセラミック盾と対騎兵用の長槍を構え、その後ろには火縄銃兵がずらりと並んでいる。彼らの指揮官はカインと近衛隊長だ。
単純兵力ではペリシア藩王国軍がやや勝っていて、兵力不利を知った領主達に戸惑いが広がる。
「どういうことだ。伝令からの情報では亜人軍はハイファ市の領主と戦い、満身創痍のはず。敵が弱っているから来たと言うのに、やはりダマスカスの『あの方』からの援軍を待つべきだったんだ! 」
「我々はまんまと誘き出されたというのか! 」
そんな中、フランベルは状況を冷静に分析する。
(どうやら我々騎士にも戦いの出番がありそうだな・・・・・・ )
「兵の数で亜人軍は勝っているようだが、所詮は歩兵。魔道士もたった1人だ。分厚い装甲と機動力を持つ陸戦の王者が負けるはずはない!」
「たしかにフランベル卿の言う通りだ!」「そうだ、我々が負けるはずがない!」
フランベルの言葉で北部領主達は奮い立った。
* * * *
そして、しばしの睨み合いの後、カインは軍扇を振るいながらペリシア藩王国軍に前進を命じる。
両軍の距離は約200m、敵を確実に倒すため火縄銃の必中距離まで近づかなければならない。
傭兵達の前に立つ冒険者エミールは不敵な笑みを浮かべる。
「馬鹿な亜人め、魔道士の射程にわざわざ入ってくるのか」
範囲攻撃を得意とする魔法は、歩兵の隊列に対し絶大な威力を発揮する。亜人兵士が持つ火縄銃も冒険者達には変わった形の弩にしか見えない。
「魔光弾!」
空中に魔法陣が生成され、陣の中心に魔粒子が集められていく。そして魔法陣キラリと光った次の瞬間、圧縮された魔粒子が散弾のように無数に放たれた。
だが、鉄の15倍の硬度を誇るセラミック装甲の盾は、魔法の貫通を許さない。
何事もなかったように前進を続けるペリシア軍を見て、北部の兵士達に動揺が走る。
「魔法がダメなら矢だ! 弩兵は一斉射撃しろ! 」
命令を受けて傭兵達は盾越しに次々と矢を放つ。
しかし命中はするものの、セラミックに当たった矢は着弾の衝撃でヤジリが砕け散ってしまう。折れた矢は運動エネルギーを失い、次々と地面に落ちていく。
そしてペリシア藩王国軍はそのまま前進し続け、ついに火縄銃の必中距離20mに到達した。
「2列目、放て! 」
銃口から勢いよく白煙が吹き出し、飛び出した鉛玉は傭兵達を雑草のように薙ぎ払う。
冒険者達は魔道士の防御魔法陣に隠れたため、かろうじて直撃を免れた。だが、2撃目を防ぐ魔力は残っていない。
射撃を終えた火縄銃兵達は、すぐに再装填を開始する。暴発を防ぐために火縄を外し、紙薬莢を破って銃口から発射薬と弾丸をそそぎ入れる。もちろん火縄銃の長い装填時間の間、銃兵達は無防備だ。
エミールの冒険者としての勘は、その隙を見逃さない。
「クソッ、なんて魔法だ! だがあれだけの威力、連射は出来まい。行くぞお前ら! 」
冒険者エミールは仲間の剣士を引き連れて抜刀突撃を仕掛ける。
だが、前列の射撃した兵士と後方の装填済みの兵士が素早く入れ替わり、次の瞬間、強力な第2撃が放たれた。
冒険者達の生死はわざわざ語る必要もない。
反転行進戦術。日本では「信長の三段撃ち」、ヨーロッパでは「オランダ式戦術」と呼ばれる世界中で使われた安心と信頼の戦術だ。
残った傭兵達は戦意を失って我先に逃げ出すが、背後から撃ち込まれた弾丸で次々と倒れていく。
戦端が開かれてから約1分半で北部領主軍の歩兵部隊は壊滅した。
* * * *
「なんと言うことか・・・・・・ 」
領主達は言葉を失っていた。
彼らも傭兵達が負けるかもしれないと予想はしていた。もし傭兵が全滅したとしても、弱ったペリシア軍を自分達重装騎兵が蹴散らせば良いと思っていたのだ。
だが傭兵達は1分半で壊滅し、対してペリシア藩王国軍は整然と隊列を維持している。
誰もが逃げ出したいと思っていたその時、フランベルが愛馬を一歩進めた。
「全軍、突撃準備! 自らを騎士と誇る者は我に続け! 」




