第5話 建国戦争編-5
〈国王エスターの屋敷 食堂〉
カインが盾を作っていた時、ちょうど屋敷の食堂では亜人陣営の会合が執り行われていた。亜人陣営は亜人の保護や地位向上を目的として設立された亜人の組織であり、ダークエルフ出身の王エスターを中心に、国内外から商人や都市ギルドの代表、地主が集まっている。当然ながら全員亜人種族であり、ヒト種の姿は一人もいない。
非公式かつ秘密裏に行われている集会であるにもかかわらず、参加者は多い。
それは、今回の集会が転生者カインを支援者達に紹介する、一種のお披露目会を兼ねているからだった。
そんな集会に、獣人の商人ロス・チャールドは参加していた。
ペリシア藩王国随一の大商人にして、亜人陣営最大の金銭的支援者。その名は、この場に集う者の全員が知っている。
実力と人望を兼ね備えたロスの周囲には、自然と人の輪ができていた。
まだカイン本人が到着していないこともあり、会場では各々が情報交換や討論を行っている。
「現在、ペリシア国民の食糧事情は悪化の一途を辿っています。私共の調査と試算によれば、最短一月半で最初の餓死者が発生する結果が出ています」
ロスの言葉に、会場へ重苦しい空気が広がった。
「だがロス殿、あと一月で北部の農村では小麦の収穫が始まる。ならば食糧不足はあれど、餓死者の発生だけは回避できるのでは? 」
「それなのですが更に調査を重ねた結果、領主達は収穫した小麦のほとんどを国外に売却する予定だと判明いたしました。つまり食糧事情は改善せずに、むしろ悪化すると思われます」
「なんと・・・・・・!」
するとロスの隣にいるドワーフの近衛隊長が声を上げる。
「ならば、領主共と戦いましょうぞ! こんな時のために私の近衛隊は存在するのです。国民が飢餓に苦しむのを、私は黙って見ていることはできない」
「そうだ、羊として100年飼い殺しされるくらいなら、ライオンとして1日だけでも生きるほうがマシだ」
「早まってはいけません。こちらの戦力は貴方が率いる近衛隊が百人隊一個と勇者2人。領主達の戦力は最低でも合わせてこちらの5倍以上、さらに重装騎兵までいるのですよ」
「ロス殿の言う通り、助けを求める亜人がいるのはこの国だけではない、もしここで亜人陣営が負ければ彼らは誰が守るのだ? 」
近衛隊長は腕を組みながら訴える。
「私も感情だけで主戦論を唱えているわけではありません。もし餓死者が大勢発生すれば、我々は亜人達からの支持を失ってしまう」
すると、それまで静かに議論を聞いていたエスターが口を開いた。
「北部領主への対応については、各地の備蓄量や兵力の再調査を行った上で、改めて会合を開きましょう。今ここで結論を急げば、取り返しのつかない判断をしかねません」
参加者達も渋い表情ながら頷く。
重苦しい空気が広がる中、一人の老人が話題を変えるように口を開いた。
「ところで、その転生者殿は今どちらに? せっかくなら直接会ってみたいものですが」
すると近くに控えていた猫耳の若いメイドが、少し困ったように答えた。
「それが今、いつも通りカイン様はエレミアお嬢様とお外で・・・・・・ 」
「なるほど、2人で剣の特訓か! いや、時間を忘れるほど鍛錬に集中するとは、さすがは転生者」
「いえ、そうではなく。新しい武器や防具を作って試すと仰っていました」
「武器、ですと・・・・・・? 」
会場にどこか気の抜けた笑い声が広がった。
(おいおい、大丈夫か・・・・・・)
ロスは内心でそう呟いた。
すると、近衛隊長が、彼の考えを代弁するように語る。
「まったく、勇者に成り立ての者のよくある勘違いですな。強い武器が有れば手っ取り早く勝てると思っている。 確かに、同じランクの勇者同士でなら武器の差も重要でしょう。しかし、それはあくまで同じランクの話。」
近衛隊長の言葉は、まさにこの世界の戦闘における模範解答であった。
「勇者の戦いは結局はランクが全て、より高いランクのスキル•魔法を使いこなせれる者が勝者となる。どれほど強力な武器を持とうと、スキルのランクが違えば意味はありません」
若者が功を焦るのは珍しくない。まして転生者なら尚更だ。
「まあ、強い武器に憧れる気持ちは、同じ男として分からんでもないか・・・・・・ 」
その時、猫耳のメイドが窓際を指差した。
「あの、裏庭ならこちらから見えますよ? 」
参加者達は半ば興味本位で窓際へ集まった。
そこには盾を構えたカインと、魔杖を構えるエレミアの姿があった。
「ほう、模擬戦か」
「魔法を避ける訓練でしょうな」
近衛隊長はどこか安心したように頷く。
だが次の瞬間、裏庭に閃光が走った。
エレミアの放った魔法が、真正面からカインへ直撃したのである。
「なっ――!?」
食堂の空気が凍りつく。土煙が舞い上がり、カインの姿が完全に消えた。誰も言葉を発しない。やがて煙の中から平然と立つカインの姿が現れた時、食堂にいた全員が言葉を失っていた。
その日の会合は予定を大きく変更し、改めてカインの持つ知識と技術について話し合うための場へ変わることになる。
* * * *
(ハイファ市領主バラムの屋敷)
国王エスターとの会談を終えたばかりの領主バラムは、自室で重そうな体をソファに横たえ、優越感に浸りながら高級ワインを楽しんでいた。
すると部屋へ1人の小男がひょこひょこと入ってくる。
「どうされましたかバラム様? どうやらとても楽しげなご様子。よければあっしに話しては頂けませんかねぇ? 」
「おぉ道化か、ちょうど良い時に来たな。見ての通りワシは今とても気分が良い。そうだ、キサマに痛快な話をしてやろう、先ほど会った国王エスターの話だ」
「けけけ、それはそれは楽しみでやんす」
小男は赤と緑の派手なまだら衣装に、鈴の付いた奇妙な帽子を被っていた。 宮廷道化師――貴族達の娯楽として飼われる存在である。背丈の低い者、身体に障害を持つ者、あるいは奇抜な芸を持つ者が務めることも多く、所有することが富裕層のある種のステータスにもなっている。
またその役割上、主人へ無礼な冗談や皮肉を言うことも許される特殊な立場でもある。
「では、キサマはなぜワシが街に法外な税を課すのかわかるか? 」
「それは、バラム様がとてつもない金の亡者だからでございます。目先の金目当ての増税で街は活気をなくし、せっかくの税収も日に日に減るばかりです。げへへ」
「まあ、愚かな亜人共はそう考えるだろうな。どうせ、ワシは裏で「無能な守銭奴」だと思われているのだろう? 」
「違いねぇでやんす」
バラムはニタリと口角を上げた。
「若き国王エスターの評判はキサマも知っているだろう。民を大切にする名君だと。だがそれがそのまま弱点になったのだ。
重税により市民の生活が苦しくなれば、民思いのエスターはワシの元へ税を下げるように頼みにくる。もちろんワシは税を下げる代わりになる対価を求める。ワシが何を求めたかわかるか? 」
「やっぱり金でしょうかね」
「いいや、奴にはそんな金もワシを倒す武力もない。そこでワシは奴に「貴族の爵位」を求めたのじゃ」
バラムは商人あがりの領主であり、金はあっても社会的な位は低かった。エスターは国王であり、無条件に貴族の称号を与えることができる。
こうしてバラムは、まず始めに「公爵」の位を得たというわけだ。もちろんそれだけでは終わらない、時間が経てばまた増税し、どんどん高い「爵位」を要求していく。
「そしてワシは今度はエスターにワシを養子にするように要求したのじゃ。断れば餓死者が出る、奴はすぐに条件を呑んだよ。その時のエスターの表情と言ったら、思い出すだけで酒が進むわ。ハッハッハー! 」
「けけけ、なんとも哀れな王様で」
「これでワシは王族じゃ! 平民出身のこのワシが王族じゃ! 」
そしてスッと笑みを消す。
「・・・・・・そして次にエスターを暗殺する。もちろん北部のヒト種領主共に罪を被せてな。あとはワシが『エスターの仇』として北部領主を倒し、このワシが王位つくというわけじゃ」
「ははっー、おみそれしました! この道化、バラム様について行きまするーッ! 」
すると、コンコンとドアをノックする音が聞こえて来た。
「失礼します。先日開催された亜人陣営の集会に関する報告書をお持ち致しました」
「報告が遅い!もう3週間以上前のことだぞ。まあ、良い、とにかくその報告書を見せてみろ」
「申し訳ございません。なにぶん、スパイからの情報がメチャクチャで・・・・・・ 」
「どれどれ、勇者の鎧や魔法防御を貫く新兵器を量産し、兵士の大量動員だと。肝心の転生者の情報がほとんど載っていないではないか! こんなのをよく報告書に書けたものだ! やはり、参加者の妻子を人質にして情報を集めさせるのには無理があったか」
「誠に申し訳ございません! ですか、最後のページを見ていただければ満足していただけるかと」
バラムはペラペラとページをめくる。
「ほう、国王エスターが領主に戦いを挑むと。ちょうどよい、暗殺する手間が省けたではないか」
「だ、大丈夫なのですかバラム様」
「案ずるな。エスターが戦う決意をしたのは、北部の領主が小麦を外国に売ろうとしているからじゃ。ただでさえ不利な亜人側が、わざわざこちらまで攻めてくることはない。それに見よ! 」
バラムは窓の外を指差した。眼下の港では大きなガレー船が兵士を次々下ろしている。
「ワシが雇った傭兵達だ。重装歩兵だけで数は500人に弓兵150人、歴戦の冒険者が15人。流石にワイバーンは買えなかったが、後日追加の歩兵と騎兵も到着する予定じゃ。もし、亜人と北部領主が束になってかかって来ても負けんぞ」
バラムは上機嫌のままワインを掲げた。
「さて、前祝いだ。キサマも飲め」
だが道化は、差し出されたワイングラスを見てニヤつく。
「けけけ・・・・・・本当に飲んで大丈夫なんで? そのワイン、さっきの会談の後にエスター王から送られてきた物でしょう? 毒でも入ってたりして」
「ハッ、そんな小細工ならとっくに確認済みじゃ」
バラムは鼻で笑った。
「奴隷に毒味をさせたが、ピンピンしておったぞ。それにもしワインに毒が入っていれば薬草の青臭さですぐにわかるわ」
そう豪語すると、バラムはグラスのワインを一気に飲み干す。
「うむ・・・・・・香りは悪くないが、度数が高いな。ワシの口には合わん」
そして残った樽へ目を向ける。
「おい誰か、この酒を兵士共へ配れ。戦の前に酒を与えれば士気も上がるじゃろ」
運び出されていく樽を見送りながら、バラムは再び愉快そうに笑った。
「これでもうすぐ、この国はワシのものじゃ・・・・・・」




