第33話 崩壊の魔族軍3
〈1週間後 アトランティア王国参謀本部〉
「顧問殿、これはまずい状況です」
カインを始めとする将校が集まる中。青年将校の1人が、中央のテーブルの大地図を覗き込みながら言った。
「報告を・・・・・・ 」
「アシリア公国の竜騎士による、最新の偵察結果です」
中央の地図の上には、魔族軍を現す赤い駒がいくつも並べられていた。赤い駒の半数が魔族軍の塹壕線に並べられ、残りは農村地帯や国境に散らばっている。
報告書を持った青年将校は、地図上のいくつかの点に赤い駒を集めていった。
「まさか、この地点は!? 」
「ええ、魔族軍は戦力の一部を火力発電所や炭鉱、電信中継局、変電所などに移動させています」
「偶然ってことはないの? あたりにある建造物全てに兵士を配置しようとしているとか」
エレミアは深刻そうな表情を見せながら尋ねる。
「街道上の街に配置されていた兵士からも、抽出されています。偶然ではなく意図的な配置でしょう」
「魔族軍が近代設備の価値を理解しているのは予想外ですね。敵が無視してくれると考え、施設をそのままにしていたのは失敗でした」
カインは地図を見つめながら答えた。
「顧問殿、敵塹壕への攻撃はいかがいたしましょう? 重噴進弾の生産は進んでいますが、今攻勢をかけると農村地帯が戦火で被害を受ける可能性が・・・・・・ 」
「いえ、作戦は予定通り実行します」
「よ、よろしいのですか」
「魔族軍の配置転換のおかげで、敵の情報がはっきりしました。むしろこれは大きな収穫です。作戦の一部を変更しますが、攻勢計画は予定通り実行します! 」
「ヤーヴォル! 」
〈さらに1週間後 魔族軍塹壕〉
「敵ワイバーン多数が、我が軍のグライフと交戦中。敵陣地にも動きあり! 」
伝令兵の声が地下壕に響いた。
「そうか、いよいよ正念場じゃな」
レビの呟きに続け、副官のシクヴァルが状況を報告する。
「敵人類軍は我々の塹壕の前方3kmに布陣中。敵戦力は亜人兵、アシリア兵合わせて約2万人強です。さらに敵歩兵は左翼に集結しており、おそらく突撃の準備を進めている模様です」
「では、最終確認じゃ。いいか! 敵の攻撃が始まっても、絶対に反撃しようなどとは思うな!塹壕に身を隠し、敵が接近するその時まで、ひたすら耐えるのだ! 」
「了解!」
敬礼をする魔族軍幹部達の表情は、真剣そのものだ。
「まぁ、そう固くなるでない。いくら敵の兵器が強力でも、この塹壕陣地を突破することは不可能だ。この塹壕には魔族兵15万の精鋭であるお前たちがおる。諸君が己の能力を最大限発揮すれば、必ず敵を撃ち倒すことができるだろう」
「敵陣地からタイホウの閃光を確認! 」
ズズーン!!!
続けて、野砲弾が塹壕一帯に落下し、地下壕にも振動音が響き渡る。かなり大きな衝撃だが、もう魔族兵達は狼狽えない。
すると、爆発音に混じって男の豪快な笑い声が聞こえてきた。
「はっはっは、無駄な攻撃ですな」
声の方向に立っていたのは、政治委員のヨシノフだ。
「兵の統制なら我々にお任せください、少しでも弱音を吐いた者がいれば、即座に部下が粛正いたしますぞ」
「ははは・・・・・・ お手柔らかにお願いしますのじゃ・・・・・・ 」
レビは「最初に1番弱音を吐いたのはお前らだろ」と言いたい気持ちを飲み込み。できるだけオブラートに包んで答える。一方のヨシノフは上機嫌だ。
「これだけの攻撃を受けても、我々の塹壕は健在だ。音と光には驚かされたが、最新の魔導兵器と言っても所詮はこの程度。突撃してきた敵を殲滅した次の瞬間には、愚かな人間の国を即座に蹂躙しましょうぞ! 」
「失礼ですが政治委員殿、我々に反攻の計画は無・・・・・・ 」
レビが口を開こうとした瞬間、シクヴァルがトントンと彼女の肩を叩いた。
「申し訳ございません。反転攻勢を計画していると彼に言ったのは私です。こうでも言わないと指揮系統に介入されそうでしたので」
「はは、政治委員の仕事は、上層部へ忠誠をいかにアピールすることだからな。お前にも苦労をかけたな」
〈魔族軍塹壕から南に3km 戦場上空1000m〉
エレミアとカインは、気球の籠の中から地上の砲煙を見下ろしていた。
「エレミアさん、金具は大丈夫そうですか?」
「ええ、一応あなたも確認してね」
そう言いながら、エレミアは自分達の体をハーネスできっちり繋げていく。スカイダイビングのインストラクターの要領だ。
「ねぇカイン、敵に転生者がいるって本当? 」
「有刺鉄線や銃の特性を理解した要塞への攻撃。そして、砲撃による被害を抑えるためのジグザグの塹壕。極めつけは、発電所や炭鉱などへの兵力の配置。敵の指揮官、もしくは指揮官に助言できる立場に転生者がいることは確実です」
「どんな立場にしろ、なかなか手強そうな敵ね」
「ですが、だからこそ、この作戦で決着をつけることができます。すみません、毎度毎度危険な任務ばっかりで・・・・・・ 」
「何言ってんの。それよりも斬首作戦って、想像するだけでワクワクするわね」
エレミアはベルトのホルダーから、パイプのような見た目の銃を手に取った。
「どう、ステン短機関銃。イルーマの工房から今朝届いたのよ。貴重なパラベラム弾も贅沢に300発も持ってきちゃった」
「いつもながら頼りにしてます」
「ふふ、でしょでしょ? まぁ、下に並べられてるデカ物に比べたら、この銃なんて豆鉄砲よ」
エレミアは満足そうに笑うと、地上へ視線を戻した。
アトランティア軍陣地の後方には、車輪のついた発射機が互い違いに何十基も並べられている。発射機の木製レールの上には、鈍く光を反射する巨大な重噴進弾が鎮座していた。
合計で80発、そのすべてが魔族軍の塹壕に向けて設置されている。
「そろそろですね。タイミングは任せます」
「OK、任されたわ」
エレミアは懐中時計を取り出すと、秒針を読み上げる。
「51、52、53、54・・・・・・ 」
エレミアが背中の純白の翼を広げると同時に、地上からも白煙が見え始める。
「59、0! 発射確認、降下!! 」
その瞬間、地上から一斉に火柱が噴き上がった。
発射地点の後方300mまでが燃焼ガスで覆われ、その煙の中から重さ680kgの重噴進弾が飛び出した。
〈同刻 魔族軍塹壕の一角〉
「まったく、忌々しい攻撃だな」
魔族軍の歩兵ルイコフは、塹壕の中でつぶやいた。激しい砲撃が続く中、塹壕内ではルイコフの戦友達が、しゃがみながら身を潜めている。
ルイコフ達の両手には合わせて2丁のクロスボウが握られていた。連射速度が低いクロスボウの特性をカバーするための、シンプルで効果的な工夫だ。
「そう言うな、ルイコフ兵長。今からが、俺たち魔族兵の本当の戦いだ。飛び道具に甘えた臆病な人間共に、戦争の厳しさって奴をわからせてやろうぜ」
仲間の一人が意気揚々と言い放つ。
「そうだな、先の国境戦で俺は一方的に撃たれるだけだったが、今度は違う。戦友を蹂躙した敵のタイホウも、塹壕の中の俺たちにはうるさいだけでしかない。次は俺たちが敵を恐怖させる番だ」
「それに加え、レビ司令官はただものじゃない。あの人が、我々に戦を与えてくれたんだ」
「ああ、国境での恨みを敵に全部ぶつけてやるぜ! 」
だが、ルイコフはふと上を向くと、無言のまま塹壕の中で立ち上がった。
「おいルイコフ、塹壕から頭を出すな! 危ないぞ! 」
「あれを見てくれ! 」
ルイコフの言葉を聞いた魔族兵達が顔を上げると、空を巨大な煙の柱が覆っていた。
「なんだあれ? 」 「おい、なんか飛んできてるぞ! 」
煙の先端を見ると、何やら黒光りする巨大な物体の姿があった。
「敵の投石だ伏せろ!!! 」
いくら塹壕の中にいるとはいえ、直撃されては助からない。
しかし幸いにも、巨大な物体は塹壕から少し離れた地点に落下した。土を巻き上げて落下したそれは、そのまま地中へと消えていく。
「なんだよ、驚かせやがって・・・・・・ 」
だがルイコフが言い放った次の瞬間。地面が消滅し、まるで津波のように激しく湧き上がる。
ドゴォォォン!!!!!
「うわぁぁぁ!!! 」
熱風が肌に突き刺さり、土砂が嵐の風ように吹き上げられる。瞬間的に意識が切断され、彼の肉体はその形を失った。
* * * *
「ペッ、ペッ。い、いったい何が起こったのじゃ・・・・・・ 」
レビは口の中の砂利を吐き出すと、ゆっくりと立ち上がる。地下壕のランプの火は衝撃で消え、壁や天井のあちこちが崩れていた。
「おい、シクヴァル! 皆は無事か!」
「しょ、小官は大丈夫です! 他の者も意識を失っているだけかと! 」
「そうか・・・・・・ そうだ! 外は、我が軍はどうなっている! 」
レビは天井の割れ目から入る光を頼りに、地下壕の入り口へと歩みよる。そして素早くはしごを登り、地上へ顔を出した。
あまりに大胆なレビの行動を、シクヴァルは直ちに制止する。
「レビ様、まだ砲撃は続いています。せめて兜を! あの・・・・・・ レビ様・・・・・・ どうかされました? 」
「な、なんなのだ・・・・・・ これは!!! 」




