第34話 崩壊の魔族軍4 【第3章最終話】
〈魔族軍 地下壕〉
レビは状況を確認しようと、地下壕の入り口から身を乗り出す。周囲は白煙で覆われ、焦げた硫黄のような嫌な匂いが立ち込めていた。
「味方は? 友軍はどうなっているのだ!? グワッ!! 」
近くに野砲弾が落下し、その破片がレビの額をかすめる。彼女が痛みを堪える中、少しずつ辺りを覆っていた白煙が晴れていった。
「レビ様、まだ砲撃は続いています。せめて兜を! あの・・・・・・ レビ様・・・・・・ どうかされました? 」
シクヴァルの言葉も届かず、レビはただ目の前の光景を凝視していた。
「な、なんなのだ・・・・・・ これは!!! 」
魔族軍の塹壕線を直角に切断するかのように、大量の巨大なクレーターの列が形成されていた。
クレーターの大きさは、これまでの野砲弾とは比べ物にならない直径10m以上。塹壕は根本から掘り返され、周囲の地形を丸ごと変えてしまっている。
設置されていたバリスタなどの防御設備も木片となり、まるでチャーハンのように土砂とごちゃ混ぜになっていた。土砂の所々には、原型をとどめていない赤い物体が散らばっている。
「ゆ、友軍が、うっ! 」
いつの間にかはしごを登ってきたシクヴァルも絶句する。歴戦の彼でさえ、思わず吐き気を催してしまっていた。
しばらく呆然としていた2人だったが、続けて飛来した砲弾の音で我に返る。
「ハッ! シクヴァル、お前は敵の様子を監視しろ! わらわは友軍の状況を確認する! 」
左翼とレビのいる中央の塹壕はほぼ無傷だ。しかし右翼中央は、巨大なクレーターの列によって、塹壕線が完全に消失している。
「レビ様、敵はゆっくり前進していますが、突撃を仕掛けて来る様子はありません。破壊地点に増援を送りますか? 」
「止めておけ、あそこには兵士が身を隠す場所はない。砲弾の餌食にされるだけだ」
レビは首を横に振る。
(塹壕を使って消耗戦に持ち込む作戦は失敗・・・・・・ 撤退しようにも、塹壕から出た瞬間に全滅だ。本来なら、塹壕が突破されそうになれば夜間に撤退し、消耗した敵を農村で迎え撃つ算段だったと言うのに・・・・・・ だめだ、このままではただの無駄死にだ・・・・・・ )
その時、地下壕の中から怒鳴り声が聞こえてきた。
「なんだ貴様ら! 」「クソッ! 皆、迎え撃て! 」
その声を聞いたレビは、思わずはしごを駆け降りる。
「レビ司令官! 戻ってきてはいけません!」
中にいた部下の1人が叫ぶが、時すでに遅く、レビはすでに地下壕の床の上に立っていた。
地下壕の中ではレビの部下や、ヨシノフ率いる政治委員が、剣を抜いて誰かと相対している。彼らの視線の先には、見慣れない2人の亜人が立っていた。
「おや、あなたが魔族軍の司令官ですか? 」
声をかけてきた1人は青年で、もう一人は純白の翼を持つ少女だ。少女の手にはパイプを繋ぎ合わせたような銃が握られている。
「その通りじゃが、お前たちは誰だ? 」
「失礼、国防軍顧問のカインと申します。こちらはセイレーン少将。1つ伝えたいことがあって、物質搬入口からお邪魔しました」
「なるほど、先ほどの爆発の煙に紛れて乗り込んだか。敵軍の高官がわざわざ来るとは、まぁ要件を聞こう」
「ありがとうございます。では手短に、我々が魔族軍の撤退時の安全を保証する代わりに、国内から出て行ってもらいたい。それが要件です」
レビは一瞬呆気に取られ、次いで笑い出した。
「ははははは! お前たちはバカか、いや天才と言うべきか・・・・・・ 確かに悪くない条件だが、魔族と人間の間で協定が守られたことはないぞ」
カインは落ち着いた口調で続ける。
「僕の予想では、この部隊には転生者がいると思うのですが、違いますか? 」
「・・・・・・ほう?」
レビはピクッと眉を動かした。
「では、アメリカの首都はどこじゃ? 」
「ワシントンD.C.です。ちなみに僕の前世はヨーロッパ人でした。これで満足ですか? 」
「ああ、わらわはレビ、元は日本人じゃ。なるほど『同じ地球人同士の価値観なら』というわけじゃな。話すこと自体は構わんが、そちらの条件をそのまま飲むわけでも、了承するわけでもないぞ」
だが、割って入るようにヨシノフ政治委員の声が響く。
「おい同志レビ司令官、何を勝手に話を進めている! 人間と交渉をするとは、貴様の祖国への忠誠を疑うぞ! 」
「今は黙っていろ、それに話しを聞くだけだ」
すると、レビとヨシノフが睨み合う中、カインがヨシノフに向かって答える。
「あなた方が噂の、悪名高き政治委員ですか。ですが安心してください、これは対等な交渉ではなく、一方的な要求ですので」
「何? 要求じゃと・・・・・・?」
レビは嫌そうな顔をした。
「ええ、あなた方の生殺与奪権はすでにこちらにあります。10分後までに僕からの合図が無い場合は、先ほどの攻撃、重噴進弾の第2撃によって塹壕線は無力化され、あなた方は壊滅します」
レビはぎゅっと拳を握り締める。
(敵は無傷で占領地を取り戻したいのだろう。だが要求を拒めば、あの圧倒的な火力が我々に襲いかかる。そうしたら今度こそ塹壕線は壊滅、敵の突撃を防ぐことはできない。これが戦術では敵わぬ、技術の差という奴か・・・・・・ )
レビの部下達が、不安そうに彼女を見つめる。
「レビ司令官、我々は何があろうともレビ様の指示に従います」
レビはしばらく黙っていたが、
「・・・・・・わかった。要求を飲もう」
「なっ!?」
ヨシノフが声を上げた。
「そんなことが魔族軍に許されると思っているのか! お前たちは最後の一兵まで戦うのだ! 」
ヨシノフはサーベルを引き抜くと、切っ先をレビの喉へと向ける。
「ヨシノフ政治委員、まだ現実がわからないのか? 我々がこのまま戦っても、敵を1人も倒せずに無駄死にするだけじゃ」
「かまわん! 南部の作戦は失敗続きなのだ! ここで撤退しようものなら、私は今度こそ上層部に粛正される! レビ・グスタフ・パーンツィリ、貴様も無事では済まんのだぞ!」
レビは突き立てられる刃を気にせずに続ける。
「敗戦した指揮官が最後にすべきことは、兵隊を無事に家に返すこと。それが最低限の責任というものじゃ」
「この反逆者が! 殺せ! 」
ヨシノフが剣を振り上げた。同時に、彼の部下である政治委員達も剣を抜き、レビの部下やカイン達へ襲いかかる。
「エレミアさん!」
「了解! 」
地下壕にステン短機関銃の銃声が響く。
エレミアは無駄玉を使わず、引き金を引いたり離したりを繰り返し、2・3発ずつ均等に9mmパラベラム弾をばら撒いた。
状況を理解できずに振り向いた政治委員から順番に倒れていく。
あっという間に32発の弾倉が空になり、地下壕には静寂が戻った。
「はは、まさに全員を倒してしまうとはの。さすがじゃ」
レビは床に倒れた政治委員達を見つめる。
レビは一瞬だけ部下達と視線を合わせると、改めてカインに向き直った。
「カイン殿、そちらの要求を飲もう。農村部から軍を撤退させる」
「いい決断をありがとうございます。あなた方にも立場がありますし、軍旗と武装を保持したままの撤退を許可しましょう」
「感謝する。が、一つ条件を認めてほしい」
「何でしょう?」
「一か月間の街道の無害通行権を認めてほしい。もしこのまま占領地域を明け渡せば、ダマスカス方面にいる魔族軍が撤退できなくなってしまう。不要な戦闘を防ぐことができて、そちらにも利益があると思うが? 」
カインは少し考えてから尋ねた。
「急ですね。理由を聞かせてもらえますか?」
「先日、痺れを切らせた帝国が、大陸北部で攻勢を始めたとの報告があった。帝国が全力を出せば魔族軍に勝ち目はない。つまりこの戦争は負けと言うわけだ・・・・・・ 」
レビは苦笑いしながら、手を挙げてお手上げのジェスチャーを作る。
一方のカインは静かにつぶやいた。
「帝国軍がですか・・・・・・ 」
一週間後、レビ配下の魔族軍はアトランティア領から撤退を開始。農民達の帰還が無事に始まることとなる。
〈同刻、レムリア大陸北部 神聖帝国軍本陣〉
金糸の絨毯が敷かれ、芳醇なお香が漂う、野戦陣とは思えないほど豪華なテント。その中で、1人の女がティーカップを片手に、幸せそうに鼻歌を歌っていた。
色鮮やかな菓子を運んできたメイドが女に話しかける。
「おはようございます。皇女イズミ殿下。その魔石のペンダント、とてもお似合いでございます」
「ありがとう、ダマスカスの属領から勇者に採取させてきた、亜人から取れる魔石なの。素敵な輝きでしょう・・・・・・」
彼女はそう言いながら、植民地産の紅茶を幸せそうに口に含んだ。
第3章を最後まで読んでいただきありがとうございます。最終章の始まりとなる第35話の投稿は、10月17日土曜日を予定しています。
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