第31話 崩壊の魔族軍1
〈夜明け前 要塞前方1km地点〉
ヒュッと言う風切り音が響き、エレミアは反射的に振り返った。
同時に飛来した矢が、彼女の頬を掠める。
「敵襲ー!! 」
エレミアが叫んだ瞬間だった。
グァーーァァァ!!
そこかしこから怪異の雄叫びが鳴り響く。そして次の瞬間、草が跳ね飛ぶと、その下の穴から醜いゴブリンやオークが次々と姿を現す。
「チッ! 草で偽装した穴に隠れて、待ち伏せされたか! 」
「セイレーン少将、このままでは包囲されます! 」
「落ち着いて、敵は魔族兵士ではなく知能の低い怪異。方陣を組ませなさい! 慌てる暇があるなら、怪異に指示を出してる怪異使いを探して! 」
そんな会話の間にも、次々と地面から怪異が現れる。
「了解! アシリア軍にも伝えます! 」
混乱の中、歩兵達は4本の隊列を組み。そして素早く、4辺の正方形の陣形へと変化させた。
盾を構えたアシリアの重装歩兵の後ろから、アトランティアの亜人歩兵がボルトアクションライフルを連射する。
「撃て!」
怪異たちは数の勢いで押し込もうとするが、本物の兵士の連携には敵わない。
毎秒ごとに怪異の数は減っていき、ついには死体の山だけが残った。
〈朝8時 マサダ要塞 司令部〉
「夜明けと共に離陸した、アシリアのワイバーンからの情報が届きました。北方8km地点に、今まで確認されていなかった魔族軍の塹壕線を確認したとのこと」
「ごめんなさい。あたしのせいで敵に時間を与えちゃったみたい」
エレミアは頭を下げ、顔の前で申し訳なさそうに手を合わせた。
「いえ、まだ明るくなる前に前進させた、こちらのミスです。気にしないでください。それにしても、やはり完全撤退はしてくれませんでしたか……」
「敵は一晩で塹壕を構築したようです。いかがいたしましょうか」
「では、こちらも合わせて前進します。敵の塹壕がどれほどのものか、少しノックしてみましょうか」
「了解! 」
〈魔族軍 北方8km地点 地下壕〉
「敵軍、約5kmまで接近! 現在のところ進軍は止まっている模様」
「そうか、塹壕の構築はギリギリ間に合ったな。さすがに40万人で掘ると早いものじゃ。塹壕に入りきらない兵士の後方への避難も済んだ。あとは敵を待ち構えるだけじゃな」
畑のあぜ道の下に掘られた地下壕で、副官のシクヴァルがレビに暗い表情で話しかける。
「レビ様、我々は勝てるのでしょうか」
「敵の技術力は我々をはるかに凌駕している。だが勝てずとも、負けない戦いはできるぞ。そのためにこの塹壕を作らせたのじゃ」
そんな話をしていると、ザッザッという土が削れる靴音が聞こえてきた。
「おや、同志レビ将軍。こんなところにおられましたか」
声をかけてきたのは、南部方面軍所属の政治委員ヨシノフだ。
「先の戦いの丸太を使った戦法は素晴らしいものでしたな! 運悪く地面がぬかるんでいたせいで一度は失敗しましたが、このまま第2波、第3波を投入し、こざかしい人間どもを殲滅させてしまいましょうぞ! 」
「ふん、そうか」
笑顔で語るヨシノフに対し、レビの反応は冷ややかだ。
「北部方面軍にもこの戦法を伝えれば、帝国との戦いでも大いに役に立つことでしょうな」
「はぁ、ヨシノフ政治委員殿。わらわとしては、はっきり言ってオススメしないぞ」
「と言うと? 」
「あの丸太の戦法は、方向転換できぬし、何よりも遅い。要は一回限りのビックリ戦法じゃ。次やったら、確実に待ち構えられて全滅するぞ」
「では、同志レビ、今度はどうやって攻めるのですか? 」
ヨシノフは笑顔のままレビを凝視する。
「今から攻めるわけなかろう、我々は防戦に徹するのじゃ」
「はい? 」
「先の戦闘で我々は、トロル、オーク、ゴブリンなどの怪異を使い果たした。残った歩兵だけでは強力な兵器を装備する敵軍には勝てん。それに戦いは攻める側よりも、守る側の方が優位じゃ。我々に、ここで敵を待ち構える以外の選択肢があると思うか? 」
「ははは、戦好きで知られるあなたが、まさかこんな敗北主義者とは・・・・・・ 敵はたった2万のアシリア残党軍と亜人。多少強力な魔法を使うようですが、我々魔族軍の圧倒的な物量の前には鎧袖一触でしょう! 」
ヨシノフがポンポンと手を叩くと、地下壕の中に次々と武装した男たちが入ってくる。男達の胸には、政治委員を現す赤い星のバッジが輝いていた。
「お前には、説明したはずじゃ。敵の『大砲』という武器は、数キロ先まで炸裂する砲丸を投射し、敵歩兵の装備する『鉄砲』は、我々の弓の有効射程外から攻撃可能だ。特に機関銃と言う兵器は、必殺の礫を超高速で連射してくる。これの前では物量は無効化されるぞ! 」
「同志レビは、敵を過大評価しすぎているようだ。先の国境戦での敗北はニコライ将軍の作戦ミス。昨晩の攻撃失敗は、地面の環境がたまたま悪かっただけ。物量で覆せぬ敵はいない、次の攻撃で必ず殲滅できるでしょう! 」
「キサマ、正気か? 現実を見ろ! この妄信的愛国者が! 」
レビの言葉を聞いた政治委員ヨシノフは、静かに言い放つ。
「同志レビ、いや、レビ・グスタフ・パーンツィリ。貴様を軍法違反で、即時に処刑し・・・・・・ 」
ヨシノフの部下がレビに剣を向けた瞬間、地下壕に轟音とビリビリと言う振動が響き渡る。
「い、今のはなんだ!? 」
さらに続けて連続した爆発音が響く。
「敵の砲撃が始まったか! 全兵士に塹壕から出るなと伝えるのじゃ! 」
「何を言っている! 全軍、こんな穴から出て敵軍に突撃しろ! 」
レビの声に合わせるようにヨシノフが叫ぶ。
「バカ! 兵士を犬死にさせる気か! 」
レビは怒鳴りながら、ヨシノフの胸ぐらを掴んだ。
「何をする! 私は魔王様に任命された政治委員だぞ! 」
直後、地下壕の真上に砲弾が着弾する。
先ほどとは比べ物にならない轟音と衝撃が壕内を襲い、ヨシノフの部下達が悲鳴を上げる。
「うわあああ! 助けてくれ! 」
天井からは土がポロポロと落下し、吊り下げられたランプが立ち乗りのブランコの様に激しく揺れる。
「お、落ち着け! そ、それでもお前たちは魔族軍政治委員か!」
着弾のショックで転んだヨシノフは、ヒザを震わせながら怒鳴る。
そんな彼を、レビは見下ろしながら口を開く。
「これでわかったか、我々が戦争をしている相手がどれほど恐ろしいか」
「わ、わかった! 特別に、キサマが指揮を続けるのを許可しよう。だが忘れるな、これは執行猶予だぞ! 」
政治委員ヨシノフは座り込んだまま、威勢よく言い放った。
〈同刻、アトランティア軍 砲兵陣地〉
30門もの7.7cm野砲による砲撃を終え、カインは双眼鏡を覗いた。
レンズの先には、土煙に覆われた魔族軍の塹壕線があった。塹壕の所々が崩れているが、すぐに掘り返して修復できる被害だ。
「・・・・・・予想はしていましたが、残っていますね。第一次世界大戦と同様、砲弾の直撃以外で塹壕は崩れませんか」
司令部のテントでは、カイン、エレミア、そして青年将校達が大きな地図を囲んでいる。
「とりあえず各員の意見を聞かせてください」
カインがそうつぶやくと、青年将校の1人が立ち上がった。
「顧問殿、砲撃だけで敵陣を制圧するのが難しい以上、敵陣地の攻略には歩兵による突撃が必要かと考えます。ですが現在、魔族軍の攻勢で諸国の鉱山が使用できず。その影響による鉛不足によって小銃弾が不足しています。今は弾薬工場の生産ラインの2割しか稼働していません」
「そう言えば、砲弾は大丈夫なの? 」
エレミアは尋ねる。
「そちらなら問題ありません。砲弾の原料は鉄ですし、自給できる火薬は不足していませんから」
青年将校は続けて、契約書の複製を地図に並べた。
「代替となる大陸西部の鉱山から、鉛の輸入が始まるのは2か月後です。なので、2か月待ち、弾薬を十分に確保してから、接近戦に秀でたアシリア残党軍と共同で攻撃します。敵陣地に突撃する都合上、多少の損害は発生しますが、この作戦が1番確実でリスクが低いかと」
「あたしもそれに賛成ね」
エレミアはうんうんと頷くが、青年将校は気まずそうに首を振る。
「ただ、一つ大きな問題がありまして・・・・・・ 」
「問題?」
「作戦開始の時期です」
「時期って、今は10月だから・・・・・・ あっ種まきの時期ね! 」
「ええ、占領されている北部の農村地帯では、2か月後の12月に小麦の種まきが始まります。この計画では、農民の帰宅が種まきの季節に間に合わず、農家が打撃を受け、復興に時間がかかるかと」
エレミアはハァとため息をつく。
「作戦開始を早めたら、弾薬が枯渇するかもしれないし・・・・・・ うーん、ねぇ、カインはどう思う? 兵器の供給とかはあなたの専門でしょう? 」
カインは少し考えると、カバンから数枚の図面を取り出した。
「歩兵の突撃以外にも、もう一つ確実な作戦があります」
「それって!? 」
「砲弾の威力が足りないなら、もっと強力な砲弾で、敵の塹壕を跡形も無く吹き飛ばしてしまえばいいんです。歩兵の被害も抑えられますし、シンプルで確実ですよ」
「えっと・・・・・・ え? 」




