第30話 マサダ要塞攻防戦4
*連続投稿を行なっていますので、読み飛ばしにご注意ください
「丸太を転がしながら? エレミアさん、どういうことですか? 」
「言葉通りの意味よ! トロルが円筒形の丸太の束を、車輪みたいに転がしながら進んでるの。丸太の束の直径は4mはありそうよ」
トーチカの中にざわめきが広がる。
「いったい何で、今まで気づかなかったんだ!? 」「海岸にあったものと同じでしょうか? 」
カインは顎に手を当てながら、戦場の様子を見続けていた。
(たしかに、定期的に照明弾を発射していたはず、足の遅いトロルなら確実に引っかかっていた・・・・・・ それにしてもあの丸太はいったい・・・・・・? )
「考えるのは後にしましょう。今はトロルと丸太を叩きます! 全砲兵部隊に通達、砲撃開始! 」
〈要塞の北方3km 魔族軍仮設指揮場〉
「川と海流を使い、丸太を塹壕の手前まで輸送する作戦。上手くいきましたねレビ様」
シクヴァルが双眼鏡を片手につぶやく。
「通常の鎧を着たトロルでは遅すぎて、防衛線まで気付かれずに接近するのは難しいからな。そこで、トロルを裸にして無装備で走らせたわけだが、鎧さえなければ、意外と早くトロルは走るものじゃの」
もともと弓矢を防ぐための鎧は、大砲の前では無に等しい。レビは少し浮かれた表情で続ける。
夜陰に紛れてトロルを走らせ、海岸まで向かわせる。
そこにあらかじめ流しておいた丸太の束を回収させ、再び塹壕へ向かわせる。
丸太は海流や川の流れを利用して運び、海岸近くまで接近させていた。
そして現在、トロルたちは丸太の束を転がしながら、隊列を組んで要塞へと順調に進んでいる。
「ですが、あの丸太の束で、本当に敵のタイホウを防げるのでしょうか?」
「敵兵器の正確な性能がわからん以上、そこは賭けじゃな。じゃが、あれだけ巨大な丸太を鎖で束ねたのだ、多少の砲撃なら耐えてくれるじゃろう」
直後、遠くから轟音が響き、発砲炎がカメラのフラッシュのように夜の戦場を照らす。
「おっ、始まったようじゃな。よし、続けて歩兵部隊も前進を開始。念の為、例の物の構築も進めてくれ。それと、トロルに近づきすぎると砲撃の巻き添えを食うから注意しろと伝えておけ」
〈同刻、マサダ要塞〉
戦闘を目視できるトーチカの内部は、すでに将校達の集まる指揮場と化していた。
「目標まで約800m、撃て!」
命令と共に、塹壕内に設置された前装式の6ポンド砲が一斉に火を噴いた。
徹甲弾の代わりの鉄球弾が放たれ、複数が丸太の束へ直撃する。
さらに 続いて塹壕の後方の砲兵陣地からも砲声が響く。新型の後装式7.7cmFK96野砲から放たれた榴弾は、塹壕線を山なりに飛び越える。着弾した瞬間、榴弾は内部の火薬のエネルギーを解放し、一帯を爆煙と土煙で覆った。
「効果は!? 」
「敵50体の内、丸太を1つとトロル1体を撃破しました! 」
闇のせいで照準の精度が落ち、その上、新型砲は後方からの曲射であることも重なって命中率は低い。
しかし7.7cm榴弾の威力は凄まじく、当たりさえすれば、砲弾はポップコーンのように内側から木材を弾き飛ばす。
「6ポンド砲はどうですか? 」
「こっちは当たっていますが、目立った効果は確認できず」
直射できる位置にある6ポンド砲は、比較的多くの命中弾を丸太の束に叩きつけていた。だが爆発しない鉄球弾では、命中しても小さな穴を開けるのみ。幾重もの鎖で固定された巨大な丸太の束を崩壊させるには、なかなか至らない。
安全のため、間接射撃用の陣地を構築していたことが完全に裏目に出ている。
「もう、なんで鉄球ばっかり使ってるの? 6ポンド砲からも榴弾を撃ったら、こんなに苦労はしないのに」
エレミアはトーチカの屋根から尋ねるが、カインは首を横に振る。
「前面にある6ポンド砲の榴弾は、旧式の時限信管榴弾です。空中で爆発させて破片を撒き散らすことが目的の砲弾なので、砲弾の弾殻は薄く、直撃したら衝撃で割れてしまいます」
「万事休すね・・・・・・ 」
今もなお、トロルの隊列は巨大な丸太の束を転がしながら、ゆっくりと前進している。
塹壕までの距離、すでに約400m。
トロルが転がす丸太が、有刺鉄線をグシャリと轢き潰していった。後方からは魔族軍の歩兵部隊の姿も見えてきている。
「まるで戦車ですね・・・・・・ 敵はこちらの防御施設に穴を開けるつもりです」
「でも、まだ塹壕の前の水堀が残っているし・・・・・・ 」
「水堀は、魔族軍からしては大きな問題ではないでしょう。あの丸太の束をいくつか水堀に落とせば、浮き橋になりますし」
「そんな・・・・・・ 」
エレミアはそうつぶやくと、意を決したように部下を呼び集める。エレミアは持っていたカバンの中身を捨てると、置いてあった木箱から梱包爆薬を取り出し、カバンに詰め込んでゆく。
「エレミアさん、何をしているんですか!? 」
「見ればわかるでしょ。大砲の命中率が低いんだったら、わたしが肉薄して直接爆薬を投げつけるのよ。あたしの直下の一個小隊を連れて行くわ」
「指揮官として許可できません! 危険すぎます!」
「危険だけど死ぬ気はないわ。他に方法もないんじゃ仕方ないじゃない! 」
エレミアはそう言って爆薬の入った木箱を叩く。彼女の言葉は、カインも思わず身構えてしまうまでの覇気を孕んでいた。
(たしかに危険だが、エレミアさんが言うように肉薄すれば確実。だがそれは戦車に特攻するようなものだ・・・・・・ もしくは遠隔操作の地雷のようにすれば・・・・・・ だが、暗闇の中でタイミングを合わせるのは困難。早くしないと水堀まで・・・・・・ !!! )
「そうか水堀! エレミアさん、その爆薬を僕の指示した場所に設置してもらえませんか? 」
「い、いいけど、どう言うこと? 」
「理由は後で説明します。今は急いで! 」
* * * *
塹壕の手前、200mにある水堀。
「急いで! 次の爆薬を!」
エレミアが率いる一個小隊が、水堀のふちの地面へ爆薬を設置していく。
「少将、なんで水堀なんかに爆薬を仕掛けるんですか!? 自分たちの防御施設ですよ! 」
「私も知らないわよ! キャッ!!! 」
頭上では機関銃の曳航弾が雨のように飛び交い、時々、砲弾が飛翔する風圧も襲ってくる。
「はは、信じてるからね・・・・・・ 」
やがてエレミアが最後の爆薬を設置する。すでにトロルが歩く振動音が、すぐそばまで迫っていた。
彼女は爆薬の導線を掴みながら言い放つ。
「全員、先に戻って!」
「少将は!? 」
「まだ配線が残ってる! 行って! 」
エレミアは部下の背中を横目に、銅の線を端子へと差し込む。そして、拳銃を空へ向け、赤く光る信号弾を打ち上げた。
もう戻る時間はない。
エレミアは咄嗟に背中の翼を広げ、近くの砲弾の跡に飛び込んだ。
* * * *
「信号弾を確認、今! 」
直後、大爆発とともに水堀の土砂が吹き飛んだ。
〈魔族軍 仮設指揮場〉
「今のはなんじゃ!? 状況を知らせ! 」
ズシンと地面が唸り、小さな塹壕の中にいたレビは思わず立ち上がる。
「水堀の辺りで爆発を確認しました! ですが、トロルは無事です。今もなお前進中! 」
シクヴァルが叫ぶ。
「よし!」
レビは安堵しながら双眼鏡を手に取った。
だが、レビはすぐに違和感に気づく。前進していたはずの部隊の足が止まっているのだ。
「なんだ、見たところ被害はないのに何をしている!? 」
よく見ると、トロルは必死に足を動かしている。地面を見ると、他の部分の土と明らかに色が違っていた。
「レビ様、たしかあそこには・・・・・・ 」
「ああ、水堀があったはずだ・・・・・・ まさか! 」
レビがそう言って瞬間、一頭のトロルが足を取られて転倒した。
「あの爆発はトロルを狙ったものではない! 水堀を崩して沼地を作ったのじゃ! 」
「レビ様、このままでは・・・・・・ 」
大重量のトロルは、泥で足を取られて思うように前へ進めない。だが、レビの顔から自信の表情が消えることはなかった。
「大丈夫じゃシクヴァル大佐。トロルを失ったのは痛いが、動揺する必要はない。歩兵の進軍を阻む有刺鉄線と水堀はすでに排除された。重たいトロルは無理でも、歩兵ならばあの泥地を渡れるはずじゃ!」
「レビ様! そうではなく、歩兵の前進が止まっています! 奥を見てください! 」
「なんだと? 」
レビが再び双眼鏡を覗くと、歩兵部隊の前に進軍を阻む巨大な壁ができていた。
「なんだあれは!? いや、あれは! 」
水堀へ落とすはずだった丸太の束。運搬役であったトロルを失った巨大な丸太の束が、巨大な壁となって歩兵部隊の進路を塞いでいた。
「くっ! 木材は軽くて泥に沈まんのか! 」
「これでは歩兵部隊は進めません!」
レビはしばらく沈黙した。乗り越えることは不可能ではないだろうが、丸太の束の上に立った瞬間、機関銃の的にされるのが目に見えている。
「作戦は失敗した! トロルは放棄、歩兵部隊を直ちにラインまで撤退させろ・・・・・・ 」
「レビ様、よろしいのですか? 」
レビが命令を下した直後、遠方から砲声が響いた。
「急げ! 全軍速やかに後退しろ! 」
〈マサダ要塞〉
「敵が撤退を開始しました!」
「ジーク、ハイル、ヴィクトリア!」「国軍万歳! 」
観測員の言葉を聞いた兵士達は、とっくに戦勝ムードだ。
「まだです! 敵を逃すな! 後方の砲兵陣地、⒎7cm砲に榴散弾を装填! 後退する敵歩兵を撃て! 」
カインの命令と共に、砲弾が次々と孤を描いて飛翔する。
「それとエレミアさん、お願いできますか? 」
「ええ、追撃でしょ。任せて! 早くシャワーを浴びたいもの」
エレミアは軍服についた泥を払いながら答える。
直後、まだ夜が明けない中、要塞からエレミア率いる2個大隊とアシリア軍剣士部隊からなる掃討部隊が前進を開始した。
* * * *
砲弾の跡が広がる地峡を掃討部隊は前進していた。
魔族軍の姿はすでに1km近く先、エレミアは全部隊に加速を命じる。
「各部隊、攻撃縦隊を組め! 必ず追いつくわよ! って、あれ・・・・・・? 」
エレミアは地面に砲弾の跡に混じって、倒れた草が点在していることに気づく。
そして、ヒュッと言う風切り音が彼女の後ろから響いた。




