第24話 大攻勢
〈アシリア公国とアトランティアの国境〉
元々小麦畑があった国境には入り組んだ塹壕が構築され、さらに前方には2重3重もの有刺鉄線が張り巡らされている。街道は魔族軍の攻勢で家を追われた難民でごった返していた。
「塹壕及び鉄条網は9割が完成。武器、兵員の配置は8割まで進んでいます。難民はどうされますか」
「今まで通り、国境を通して構いません。止めれば暴動が起きかねませんし、ですがダマスカス側の国境への誘導はしっかりと。通るだけならいいですが、この数の難民を受け入れるには無理がありますから」
カインは工兵達に指示を出し、現場指揮をとっていた。初の近代的な野戦築城とあって、気合いが入る。
「ん? 空に何か・・・・・・ 」
カインがふと空を見上げると、黒い点が激しく動きまわっていた。よく見ると、翼のような物も見える。そして、双眼鏡を覗いた士官が報告する。
「あれはワイバーン! 距離約10km、おそらくアシリア公国のものかと」
「ワイバーンですか。あれが戦闘なら魔族軍はもう近くまできていますね。工兵部隊は後退し、戦闘に備えてください」
〈同国境 アシリア公国軍 残存部隊〉
諸国連合軍は前触れもなく崩壊し、残されたアシリア公国軍は魔族軍の猛攻から祖国を守ることができずに敗北した。
かろうじて攻勢から生き延びた1万の兵は公王の元に集結し、南部街道を西に向かって長い列を成しながら撤退している。その上空では、味方を守ろうとするアシリアのワイバーンと、羽毛恐竜のような魔族軍のグライフが格闘戦を繰り広げていた。
「まだ国には民が、兵達が残っているというのに! やはり我々だけ撤退するなど! 」
アシリア公王は、愛馬の上から吐き捨てるように言った。
「公王様、戻ってはなりません! もう、我々には魔族軍を止める力はありません」
「だが! 」
「我々を指揮できるのは陛下だけです。ここで陛下まで討たれれば、後に祖国を取り戻すなどできません!」
公王は悔しさで唇を噛み締めた。
「すまぬ、迷いが出たな。撤退を続けてくれ、だがもう1人も残すな! 民も兵もできる限り救え! 」
その時だった。連絡兵が竜騎士からの偵察情報を読み上げる。
「敵、魔族騎兵300騎! 後方5kmです!」
「まずい! 」
魔族騎兵の数は少ないが、このままでは無防備な背中を槍で突かれてしまう。公王が剣を抜いて反転しようとした瞬間、再び連絡兵が声を上げる。
「公王様、あれを! 」
「今度はなんだ! 」
公王が連絡兵の指差す方向を見ると、色のついた2本の煙が空へと上がっていた。
「あれは狼煙! たしか大陸標準信号では『前進せよ』か」
公王は全軍に前進を命じ、アシリア兵達は疲れ切った体に鞭を打って走り始める。危険な賭けだが、公王には他に方法が思いつかなかったのだ。
今もなお、魔族騎兵は土埃を上げながら接近してきている。
そして、公王の視界に針金の柵が入った瞬間、前方から炸裂音が響き渡った。見えない攻撃を受け、先頭を走っていた魔族兵から次々と馬から落ちていく。
針金の柵の向こうでは、亜人の兵士が魔杖のような鉄の武器を構えていた。
「どうやら我々は助かったようだな。軍団長、一時的に軍を任せる。あの者たちに礼を言わなければならないのでな」
公王は馬を走らせ、指揮官と思われる亜人青年の元へと向かった。
「あなたはアシリア公国の公王陛下とお見受けしました。ご無事で何より、私はここで指揮をしているカイン・ヴァレ・シュラプネルと申します」
「たしか、そなたは2年前に諸国軍に・・・・・・ いや、助けていただき感謝する」
「お気になさらず。ですが、急いで国境を越えてください。魔族軍はすぐそこまで来ています」
「貴国も早く撤退するのだ! 騎兵だけではない、後方から40万の魔族軍が迫ってきておる」
「ご忠告ありがとうございます。ですが、我々はここで魔族軍を迎え撃つつもりです」
公王は驚いたようにカインを見る。
「正気か! あのような防護柵で迎え撃つなど無茶だ。だが、そなた達には助けられた恩がある、できる限り協力するが? 」
「きょ、協力ですか・・・・・・ 」
カインは困ったように顔を傾けるが、すぐに何かを思いついたようにパッと顔を上げた。
「なら、お言葉に甘えて・・・・・・ ワイバーンと竜騎士を2組貸していただけませんか? 」
* * * *
「進軍! 進軍! 同志達よ、敵はもうすぐだ!」
魔族軍歩兵のルイコフは、戦友達と共に街道を前進していた。前にも後ろにも血の赤旗が翻っていて、軍靴の音と合わさり戦闘意欲を掻き立てる。
人間との戦争が始まってから、すでに2年もの月日が流れていた。人間達が築いた要塞により戦線は膠着していたが、なぜだか最近になって魔族軍は連戦連勝。ついにはアシリア公国の大部分を占領し、ダマスカス王国や帝国を滅ぼすべく西ヘ進軍している。
やがて、街道の前方に奇妙なものが見えてきた。
「なんだあれは?」
街道の先に、細い針金の柵が張り巡らされていた。その後ろの塹壕の穴には人間の兵士の姿が見える。
「あんな柵で防衛線のつもりか?」「あれじゃあ、勝っても勲章はお預けだな」
ルイコフは戦友達と冗談を飛ばし合う。
「全軍、前進!」
号令が響く。魔族兵達は陣形を整え、ゆっくりと前進を始めた。陣形の横幅は5kmにも達し、さらに縦には100列もの歩兵と怪異の戦列が続いている。
「はは、どうやら上層部は加減って物を知らないらしいな」
ルイコフがつぶやいた瞬間だった。
遠くで閃光が見えた直後、軽い破裂音が連続して響く。よく見えないが、前方から何かが飛んできているようだ。ルイコフのすぐ横を何かが通り過ぎ、後ろの兵士が倒れる。
「うわっ!」「敵の攻撃だ!」
兵士達に動揺が走るが、誰も足を止めなかった。長く続いた膠着状態のストレスを発散するかのように、剣を構えながら魔族兵達は意気揚々と敵陣地へと進んでいく。
「怯むな! 敵が最後の抵抗をしているだけだ!」
誰かが叫ぶ。
人間共がなにやら強力な飛び道具を持っていることは、魔族軍でも知られている。だが、敵の新兵器は数が少ないのか、連続使用ができないのかわからないが、目撃例が少ないために大きな脅威とはされていなかった。
「なんだ?」
だがルイコフはここで違和感を覚えた。
前を進んでいた兵士達の動きが、急に鈍くなっているのだ。
「おい、どうしたんだ?」「分からん。何かに引っかかっているらしい」
やがてルイコフ自身も防衛線の目前まで到達した。
そしてルイコフは近づいて初めてその柵の正体に気が付く。柵のコイル状の針金には、小さな棘がいくつも取り付けられていた。
だが所詮は針金、簡単に剣で切断できそうだが、どうやら前の兵士は苦戦しているようだ。
その時、敵陣地の方から声が聞こえてきた。
「機関銃手、射撃開始!! 」
ダダダダダッ!! 再び前方から激しい炸裂音が響く。
だが今回の攻撃は先程の物とは比べ物にならないほど強力だ。連続した閃光に合わせ、最前列の兵達が雑草のように倒れていく。
幸か不幸か、ルイコフは倒れた味方につまづいて転んだおかげで、銃弾に貫かれずに済んでいた。
「クソッ、前進しないと俺たちはただの的じゃないか!! 」
ルイコフは腹ばいのまま前へ出た。
「この針金さえなければ!! 」
剣を握り、鉄線へ向けて振り下ろす。
だがコイル状の針金は、大きくたわむだけでまったく切れる様子がない。
むしろ剣を振うたび、棘の針金がルイコフの剣へ絡みつく。
慌てて剣を引くと、今度は服に棘が引っかかった。
「なんだよ、これ!」
無理に引っ張るほど、棘が服へ食い込んでくる。
「ぐあっ!」「ぎゃああ!」
こうしてルイコフが苦戦している間にも、鉄線の前で立ち止まっていた魔族兵達が、次々と倒れていく。
「落ち着け、落ち着いて切るんだ俺」
ルイコフはそう自分に言い聞かせるが、絶え間ない攻撃の中で冷静さを保てるはずがない。
前にも進めない。後ろからは何も知らない味方が前進してきていて、逃げることもできない。
「クソが! クソが! クソがーッ!!!」
こうして魔族軍の前衛部隊は文字通り壊滅。だが魔族軍上層部は怯むことなく、第二次攻撃の命令を発しようとしていた。




