第21話 提督たちの反乱
〈べヘルシェバの製鉄所 隣接する乾ドック〉
「それで、海軍の提督が新型艦の受け取りを拒否しているってのは本当なのか? 」
革製の作業着を身に纏ったイルーマが尋ねる。
製鉄所に隣接する造船所。その乾ドックには、現在建造中の装甲帯巡洋艦三番艦が聳え立っていた。周りではドワーフの大工達がせっせと働いている。
「ええ、何度も会談と説明を繰り返したのですが、このままだと海軍力の増強がどんどんおくれて・・・・・・ はぁ・・・・・・ 」
カインはドックの壁に寄りかかるように語る。心なしか、ため息が混じっていた。
「実は海軍は元々ハイファ市の水軍を編入した組織でして。建国の時に自分たちで作った陸軍とは違って、融通が効かないと言いますか、新装備を使いたがらないんですよ」
「お前も大変だな。まあ、海軍の奴が実際にこの船を見たら、すぐにでも欲しがるぜ」
イルーマはカインの背中をバシバシと叩く。
「全長60m、排水量1800トンの巨体! もしもの時に備えて帆もついてるが、主機には2000馬力の蒸気機関。中央の砲郭には前装式17cmライフル砲を4基。主砲弾の重量は今使ってる6ポンド砲のなんと8倍だぜ! 」
彼女は艦の黒い鉄板に頬ずりしながら続ける。
「それにこの側舷に貼られた50mmの装甲板。船大工の都合で骨組みや竜骨は木製だけど、外板は鋼鉄製。それに、こいつは実際に魔族艦を撃ったんだ。さらに次に建造する甲鉄戦艦や軽巡洋艦の設計も進んでるぜ」
地球で言うなら19世紀後半レベルの装甲艦。先の魔族艦隊の襲撃では、建造中の1番艦が乾ドックから海上の敵を砲撃し、砲の威力は十分に証明されていた。
「ええ、それは僕も理解しています」
「だから心配する必要なんてない。この後見学に来る海軍の提督も、この船を見れば――」
「そこなんですよ」
カインは小さくため息をついた。
「その提督と、イルーマさんの相性が悪い気がしてならないんです」
「あーしと?」
「ええ、何度か話したことがありますが、かなり頑固な方で」
「大丈夫、大丈夫。あーしって結構おおらかな性格だろ」
「だといいんですが・・・・・・ 」
カインがその時だった。
「これが軍本部の言う新鋭艦かね? 」
乾ドックの入り口から、低くよく通る声が響いた。
二人が振り返ると、そこには白い制服を着たダークエルフの男が立っていた。日に焼けた顔に白髪交じりの髪。年齢は五十代ほどだろうか。スリムな体型が多いダークエルフにしては珍しい、ガッシリとした体躯の持ち主だ。
「この方が海軍提督のバウアー殿です」
カインが紹介する。
「初めまして、あーしはイルーマ・リーネ。この艦の作者だ」
イルーマが手を差し出す。だが提督は握手を返すことなく、ドックに聳え立つ船体を見上げた。
「まさか本当に、女性が船を作るとはな」
「女の職人は珍しいか? まぁ簡単に説明すると、この船はボイラーって言う鍋で水を沸かして、水蒸気を・・・・・・ 」
だが、イルーマの解説を提督は遮る。
「そんな説明なら、カイン殿から何度も受けている。装甲、砲、蒸気機関、性能についてはもう聞き飽きた」
「それなら話が早いな」
イルーマは笑顔を浮かべたその時。
「やはり、船は受け取れん。我々は、今あるガレー船で十分だ」
イルーマは一瞬固まる。
「理由はいくつかある。まず蒸気機関だ」
「なんでだよ、この船の長所だぜ」
「私は人生の中でいろいろな自称『新兵器』を見てきた。歯車とゼンマイで動く自動弓、牛の力で動くパドル船、どれもこれも高性能を謳っておいてすぐに壊れるオモチャばかり。この船は、ただでさえ火気厳禁の船の中で火を焚き、巨大なカラクリを動かす。天才達の思いつきほど、信頼できない物はない」
「そんなのと、一緒にしないでくれるか。蒸気機関は実験船で信頼性のデータはとっているんだ」
「そうか、生ぬるいテストで満足しているようでは、まだまだ青二才だぞ」
「なんだと」
イルーマが提督を睨みつけると、そこへカインが慌てて割って入る。だが、バウアー提督はカインを無視し、艦尾へと歩いた。
「それになんだこの羽根車は? 船底に穴を開けているではないか、浸水の要因を作るとは非常識すぎる」
「スクリューのことか? あんたのガレー船だって、木の板の隙間から多少の浸水はあるだろ。新鋭艦には蒸気ポンプがあるから、排水はガレー船よりも楽だ」
「だが穴は穴だ」
イルーマは提督を敵と認識したようだ。先ほどよりもドスの効いた声で口を開く。
「この装甲艦の1番艦はドックの中から魔族艦を撃沈して実戦証明は済んでるぜ。あんたのガレー船がちんたらしている間にな」
「結局は蒸気機関を動かしてないではないか。言っておくが、海軍のガレー船にも大砲は乗っている。これだけはカイン殿に感謝しているぞ」
海軍のガレー船には艦載型の6ポンド砲が搭載されている。だが大砲は重く、一隻あたり4門から6門程度しか積めない。
「中途半端に武器を乗せただけで海戦には勝てないぜ。武器だけじゃなくて、脳みそも乗せ替えるんだな」
「何も知らない小娘が、船について語るな! 戯言は、まともな構造の船を作ってからにしろ!」
「なんだと頑固ジジイ! お前こそ、職人相手に技術を語るとはいい度胸だな!」
「二人とも、落ち着いてください!」
カインが割って入る。さすがにまずいと思ったのか、船大工たちがイルーマを、水兵が提督の肩を押さえる。
イルーマはハアハアと荒く呼吸すると、静かに言い放つ。
「ならこんなのはどうだ? あーしが作った船と、海軍のガレー船で綱引きする。お互いの船にロープを張って、反対方向に引っ張るんだ」
提督もニヤリと笑う。
「面白い。それならお互いに負荷がかかって、実戦さながらの厳しさだ。いいぞ、私が海軍というものをわからせてやる」
カインは額に手を当てた。
(やっぱり、こうなりますか・・・・・ )
* * * *
数日後。
別の工房では、一隻の船が船台の上で整備されていた。全長は31m。帆はなく、流れるような細長い船体の中央に機関室を備え、船尾には大きな3軸スクリューが取り付けられている。
「これで勝負するの?」
船を眺めながら、エレミアが尋ねた。彼女は休憩中だが噂を聞きつけて見学に来ている。
「ええ、元々は蒸気機関の実験船で、今回機関をレシプロ式から蒸気タービン式に変更したんです」
カインが答える。
「新型艦は60mもあります。さすがに30mほどのガレー船と、そのまま勝負させるわけにはいきません。後から『負けたのは大きさが違うから』と難癖をつけられても困りますからね。それでは僕は少し用意する物があるので」
カインはそう言って工房を後にした。
「なるほどね」
エレミアが機関室を覗き込む。
「それで、この蒸気タービンっていうのは?」
「簡単に言えば、蒸気を羽根に吹き付けて回転させる機関だな。今までのレシプロ機関は、ピストンの往復運動を回転運動に変えるんだ。だけどタービン式なら回転運動を直接取り出せる。船のスクリューを回すには都合がいいんだ」
「へえ・・・・・・ 」
エレミアが感心していると、工房の扉が開いた。
「お待たせしました」
戻ってきたカインの腕には、大きな陶器製の瓶が抱えられていた。
「カイン、それは何だ?」
イルーマが尋ねる。
「過酸化水素です。以前からロケットエンジン用に製造していたものですよ」
「過酸化水素? 何に使うんだ? 」
カインは瓶を机の上に置いた。
「一応、保険です。負けることはないと思いますが、緊急用に。エンジンの寿命が短くなるのであまり使いたくはありませんけど」
カインはそう言ってエンジンの改良に取り掛かった。




