第18話 6ポンド野砲の初陣
今週のみ水曜日と木曜日の週2回投稿です。先に第17話「アゾフスターク会戦」をお読みください。
「ねぇカイン。あたし達が来る必要あった? 」
勇者たちの戦いを見ていたエレミアは、やや不満そうに呟いた。
「一応、正確な戦況をリアルタイムで知れますし、無駄ではないと思いますよ。まぁ、エレミアさんの気持ちには同意しますけど」
カインは双眼鏡を覗きながら答えた。
* * * *
魔族軍の第二波に続き、第三波攻撃も勇者の奮戦により撃退され、諸国軍には戦勝ムードが漂っていた。
だがその期待を打ち破るように、魔族軍の中央から新たな部隊が進軍を開始する。先頭に立つ怪異はトロルよりもさらに巨大なトロルギガント。それが隊列を組んで進む様子は、さながら山が動いているかのような迫力だ。
「報告! 中央500mにわたり、大型怪異が約100頭が進行を開始しました!」
「あれは、トロルギガント! まずいぞ、もう橋が直されたのか!」「おい、竜騎士団の偵察は何をしていたのだ!」
将軍達の悲鳴が諸国軍の中で響いた。
一方で、剣士達は反射的に剣を構え直し、巨大な怪異へ向かって突撃する。だが、すでに幾度もの戦闘を繰り返した剣士たちの体力は限界に近づいていた。トロルギガントは丸太を棍棒のように振り回し、剣士の接近を拒もうとする。
「早まるな! 落ち着いて体勢を立て直せ! 」
防御魔法陣が展開され、剣士たちはその後ろへ退避する。
すると、トロルギガントの背中に取り付けられた、巨大なランドセルのような台座に魔族兵が上がってくる。そこには旋回式のバリスタが据え付けられていた。
「撃て! 撃て! 撃て!」
さながら歩行する戦車のようだ。
背中から放たれた太矢は、次々と魔力を消耗した魔道士達に襲いかかる。魔法陣は貫通され、予想外の攻撃により勇者達に死傷者が続出していった。
さすがの勇者たちも後退を始める。
「勇者までも押されているだと・・・・・・?」
サムソンを含め、各国の指揮官たちが次々と中央へ集まった。急ぎ、トロルギガントに対抗する方法を協議するが一筋縄ではいかない。
「このままでは戦線が持ちません。撤退すべきです」「撤退するにしてもあの化け物に背後を見せることになる」
その時、ダマスカスの魔導省から派遣された男が口を開いた。
「殿下。今こそアレを使うべきかと・・・・・・ 」
「あ、ああ! そうだ! アレがあったな? 」
ローブ姿の男が取り出したのは、特殊な矢だった。
「ボンブアロー。ダマスカス魔導省が世界に先駆けて開発した、爆燃魔法を付与したバリスタ用の特殊弾です。これならば、あの怪異にも通用するかと」
「よし、今すぐ発射しろ!」
ダマスカス軍のバリスタからボンブアローが放たれ、トロルギガントへ飛翔する。10本放たれた矢は、着弾すると轟音と共に爆炎を巻き上げた。バリスタの精度の問題から百発百中とはいかないが、トロルギガントの一頭に直撃し、対象を炎で包んだ。
「さすがは列強ダマスカスの魔導兵器だ!」
轟音を立てて倒れるトロルギガントを見て、各国の軍人達に歓声が上がる。サムソンも再び勝利を確信し、自信満々に言い放つ。
「よし、いいぞ! どんどん撃て! 他のバリスタにも取り付けるのだ!」
だが、魔導省の男が周りの者に聞こえないよう、小声でサムソンに耳打ちする。
「じ、実は・・・・・・ 非常に高価な兵器ですので、今回用意できたのは100発のみでして・・・・・・ 」
サムソンの顔からサーッと血の気が引いて行く。
10本使って倒せたのは一頭のみ、まだまだ99頭のトロルギガントが残っている。
「・・・・・・な、ならば、その間に時間を稼ぐしかない! ペリシア藩王国軍に命じろ、中央の魔族軍を攻撃させるのだ! 」
「殿下どうされました? それでは彼らは全滅しますぞ」
恐怖したサムソンは、ペリシア軍を使い捨てにする命令を下した。
* * * *
〈戦線右翼、翼端のアトランティア軍〉
「顧問殿! ダマスカス軍から命令、中央のトロルギガントを攻撃するようにとのこと」
戦場の端とはいえ、戦況が絶望的だと言うことは伝わってくる。このままではトロルギガントに踏み潰され、諸国軍は壊滅するだろう。
「要は我々を犠牲にして、時間稼ぎですか・・・・・・」
カインは少し考えると顔を上げた。
「通信兵、ダマスカス軍からの指令は『中央に進軍せよ」ではなく、『中央を攻撃せよ』ですか?」
「ええ、『ペリシア軍は直ちに中央のトロルギガントを攻撃せよ』です」
「同じじゃないの?」
エレミアの問いに、カインは冷静に答える。
「ぜんぜん違いますよ。攻撃するだけなら自ら危険に飛び込む必要はありません。砲兵部隊、砲撃準備! 観測班は諸元算出を急いでください! 」
近くの丘に待機していた観測班から、手旗信号が送られてくる。
「敵戦列中央、距離820m」
いよいよ6ポンド野砲の初陣だ。
2つの車輪が取り付けられた砲車に、洗練された鋳鉄製の290kgの砲身が取り付けられている。
砲手が摩擦雷管のヒモを引くと、大量の硝煙と共に重さ2.4kgの砲弾が放たれた。
放たれた初弾はトロルの後ろにいた魔族歩兵を吹き飛ばす。
「照準修正、仰角-0.2度。方位角そのまま効力射、撃て! 」
大砲は数学と言われることがあるが、対戦車砲でもない限り、どんなに正確に狙いをつけても基本的に砲弾は当たらない。まず最初に試しとして一発だけ観測射撃し、その結果を受けて本番となる効力射を放つのだ。
残った15門の砲が火を吹き、緩やかな曲線を描いて、強力な着発榴弾がトロルギガントに襲いかかる。
砲撃は、ダマスカス軍のボンブアローの攻撃をかき消すかのように、次々と炸裂して3体のトロルギガントを葬った。
発射の反動で後退した野砲を元々の位置に戻し、装填手達は素早く砲身に弾を送り込む。
10回ほど斉射した頃には、敵の数は見てわかるほど減っていた。
「観測班、残りの大型怪異の数は? 」
「残り70頭強! ですが、これ以上前進されるとアシリア軍が砲撃に巻き込まれる恐れが」
カインは再び双眼鏡を覗く。すると赤旗がはためく敵の後方に、大きな白い陣幕が見えた。
「目標を変更します。目標、魔族軍後方の敵の本陣! 」
だが、砲兵指揮官はカインの提案に苦言を言う。
「顧問殿、敵本陣は約1800m先です。有効射程を800mもオーバーしています」
「当たらなくて結構。敵を混乱させれば十分です」
「了解、仰角+5度、方位角右+15度。撃てー!」
* * * *
〈魔族軍 本陣〉
魔族軍本陣では、軍高官たちが前線の状況を見守っていた。
「多少の損害がありますが、トロルギガントは前進しています。敵勇者は歩兵の後方へ退避した模様」
「よし、このまま押し潰せ」
魔族軍の指揮官がそう言った瞬間、本陣の周辺に爆発音が響き渡った。
「な、何事だ! 」
「わかりません。ですが周辺で何かが炸裂して燃えているようです!」
指揮官は状況を確認するため、陣幕の外に歩み出る。砲弾は本陣から外れた場所へ落下したものの、爆発によって少なくない数の兵士たちが吹き飛ばされてしまっていた。
「この威力、魔法か? まさか勇者による奇襲攻撃か!? 急ぎ周辺の確認を行え! 」
だが運の悪いことに、2撃目の砲弾が指揮官のすぐそばに落下した。信管が作動し、弾き出された金属片が指揮官の体をえぐる。
「し、指揮官がやられた!」「勇者だ! 勇者の侵入しているぞ! 」
混乱は瞬く間に広がっていった。
魔族軍は、人類軍の勇者が本陣へ奇襲を仕掛けたのだと判断してしまった。
「本陣を守れ! 後方の部隊を呼び戻せ!」
* * * *
〈南部諸国軍〉
「サムソン殿下。敵が撤退していきます! 」
トロルギガントは諸国軍の戦列まであと50mまでの距離まで接近していた。だがなんの前触れもなく、魔族軍は転進して諸国軍から離れてゆく。
兵士達は意味が分からず呆然と立ち尽くす。
そして、最初に口を開いたのは王太子サムソンだった。
「ははは、どうだ! さすがのトロルギガントも、列強ダマスカスの魔導兵器には敵わなかったぞ! 」
「いえいえ、サムソン殿下の卓越した用兵術のおかげです」
サムソンの取り巻き達が次々とお世辞を並べていく。
「たしかに、我の戦略のおかげで最新兵器の性能を活かせたと言えるな! それにしてもペリシアの亜人共め、最後まで中央に兵士を1人も送ってこなかったではないか」
「しょせんは亜人、その程度の種族です。あとできっちり指導しておきましょう」
するとダマスカスの将軍が口を挟む。
「殿下、失礼ですが追撃の命令をお願いします。敵が後ろを見せている今がチャンスです」
「おお、そうだったな。ダマスカス王国軍、全軍前進せよ!」
その声に合わせるように諸国軍の歩兵も前進を開始した。わずかに残った組織的抵抗も騎兵突撃で粉砕され、孤立したトロルは歩兵に包囲されて鎧の隙間から槍で突かれていく。さらには勇者たちも、回復した者から再び前線へ戻り、撤退する魔族軍へ襲いかかっていった。
* * * *
「さすが列強ダマスカスですね公王陛下」
アシリア公国軍の王宮武官シュリンクが話しかけたのは、武王と名高いアシリア公王だ。
だが彼は何かを考え込んでいるのか、静かに俯いている。
「陛下、いかがなされました?」
「ああ、いやなんでもない。ところで右翼の端に布陣しているのはどこの軍だったかね? 」
「右翼ですか? それならダマスカスの属国のペリシア藩王国の亜人部隊です」
「そうか・・・・・・」
アシリア公王は再び俯く。
(ペリシア軍がいた位置から白煙が見えた後、たしかにトロルギガントが次々と倒れた。そもそもダマスカスのボンブアローは最初、トロルギガントに大した被害を与えているようには見えなかった・・・・・・ それが急にバタバタと・・・・・・ )
だが、アシリア公王は首を振る。
(いやいや、噂に聞く帝国の魔粒子砲ではあるまいし、1km近く離れた場所を攻撃できるのは非現実だ。私とあろう者が、戦程度で思考が鈍るとはな・・・・・・ )
諸国軍兵士の歓声が戦場を埋め尽くしていく。
その後、南部諸国軍はアゾフスターク城に到達し、物資と1万の補充兵が送り届けられた。こうして戦いは、人類側の勝利に終わることになる。




