第17話 アゾフスターク会戦
〈アトランティア王国参謀本部〉
魔族軍の侵攻の知らせを受け、アトランティアでは安全保障会議が開かれた。会議は長引き、夕方から始まった会議は翌日の朝まで続いた。
そして、会議を終えたカインは、その足で参謀本部を訪れていた。
参謀本部は平時から作戦立案が行われており、中央の机には巨大な地図が広げられている。その周囲では数人の青年将校が、慌ただしく地図に情報を書き込んでいた。
「顧問殿、お待ちしていました。会議の方はいかがでしたか?」
「もし我々が参戦する場合、人類側として帝国やダマスカスなどと共に戦うことが決まりました。魔族は亜人も含めた人類殲滅を主張しているので、これは仕方がないです。ただ、現時点では魔族軍が侵攻を開始したこと以外、詳しい状況がわからないのが厄介ですね」
アトランティアはワイバーンが配備しておらず、もちろんこの世界には電信や無線も存在しない。遠方の戦況を知るには、かなりの時間がかかるのだ。
「それで、軍の状況はどうなってますか?」
「何が起きても対処できるよう、動員令を発令し、予備役の第一次招集も開始しています。現在、各基地で部隊の編成を進めています」
その時、別の女声が青年将校の言葉を遮る。
「正確に言うと、『あたしの第7歩兵大隊は戦闘準備完了』で、『それ以外がまだ編成中』よ」
振り返ると、そこには散弾銃を片手にしたエレミアが立っていた。そして青年将校が尋ねる。
「セイレーン少将殿、なぜ参謀本部に?」
「戦争に行くなら、練度が1番高いあたしの部隊が派遣される。それにあたしは将官だから、あらかじめ作戦を聞いといた方がいいと思ってね」
するとカインが提案した。
「さすがエレミアさん、頼もしい限りです。どうです、せっかく少将なんですから、大隊ではなくもっと上の連隊や方面軍を指揮してみては? 」
少将は、士官の中で最も高級な将官に相当する。大将や中将と共に将軍と言われる階級だ。
「うーん、やっぱりあたしは前線で戦いたいし・・・・・・ 大隊ぐらいがちょうどいいわ」
そんな話をしていると、参謀本部の扉が勢いよく開いた。
「たった今、魔族軍の詳しい情報が入りました!ダマスカスのワイバーンが投下した伝令文です!」
「読み上げてください」
「はっ、魔族軍は複数の街道に沿って東から西に侵攻中。帝国の偵察では、北部街道に主力となる160万、山地の中央街道に50万、アトランティアを通っている南部街道に120万」
参謀本部に緊張が走った。
「さらにダマスカス王国からの要求も添えられています。『カイン、エレミアの勇者2名の派遣。ならびに兵1000人、またはそれに相当する軍役奉仕金の提供し、ダマスカスの元で南部諸国軍に加われ』とのこと」
カインはしばらく考えると口を開いた。
「軍役奉仕金ではなく、兵1000人の派遣にしましょう。今魔族軍がいるアシリア公国は我が国のすぐ東にありますし」
「今まで秘匿してきた我々の軍事力が、他国に知られてしまうのではないでしょうか?」
「魔族軍と言う敵がいる中、彼らに我々と戦う余裕はありません。それに我々は軍拡により、ライフルドマスケットを装備した予備役合わせて1万の兵、シナイ半島には沿岸砲も配備しています。たとえ攻められても負けはしません」
カインは地図へ視線を向けながら尋ねる。
「魔族軍の装備は? 」
「魔族の主力である歩兵は、槍と剣を装備。厄介なのが棍棒と鎧で武装し、4m近い身長を持つトロルです」
(前世のアフリカにいたゾウを仕留めるには、専用の大型銃が必要と言われていた・・・・・・ トロルをゾウと同等と仮定しても、やはり小銃だけで倒すのは困難ですね・・・・・・ )
「エレミアさんの第7歩兵大隊を基幹にもう1個大隊を加え、1個連隊(約1000人)を編成し、これを派遣軍の基本とします。大型怪異の対策として、すでに連隊に所属している野戦砲2個中隊8門。それに追加で野戦砲2個中隊を加え、合計で野戦砲16門とします」
「了解しました。補給部隊も含めて詳細な編成は参謀本部で行います」
〈1ヶ月後、アシリア公国。南部諸国軍合流地点〉
魔族軍に包囲されているアゾフスターク城を救援するため、大陸南部の諸国から続々と兵士が集結していた。
総兵力は約10万人。そのうちアシリア公国軍が5万人、ダマスカス王国軍が4万人。そして周辺の5カ国から合わせて1万人が参加している。
ダマスカス軍を率いているのは、病に伏せる国王に代わって出陣したダマスカス王太子のサムソンだ。
「あの亜人の集団がペリシア藩王国軍か? 」
彼が指差した先には、見慣れない軍勢がいた。肩には銃剣を装着したライフルドマスケットを掲げ、規則正しい太鼓の音に合わせ、兵士たちが規律を守って行進していた。
「ええ、我がダマスカスの属国であるペリシア藩王国。彼らが条約により派遣した勇者2名と歩兵1000人です」
だがサムソンはフンッと鼻を鳴らす。
「小国の分際で役に立たぬ亜人の歩兵など送りやがって、我の弟は相当な見栄っ張りのようだな。軍役奉仕金で傭兵を雇う計画がパァだ」
ダマスカス側はまさか1000人の兵を派遣できると思わず、わざと軍役奉仕金を高額に設定していたのだ。
「それにしても、奴らの持っている武器は何だ?」
サムソンがライフルを指差すと、補佐役のダマスカスの将軍達は首を傾げながら答えた。
「弩ではありませんかな? 」「ワシは短槍の一種かと思ったぞ、先端に剣がついているじゃろ」
将軍達は困ったような顔を見せる。
「すまんすまん、変なことを聞いたな。しょせん、蛮族のやることに意味などはない、忘れてくれ」
サムソンはそう言って、再び戦場へ視線を戻した。
* * * *
集結を完了した南部諸国軍はアゾフスターク城に向かって前進を開始した。
南部諸国軍の正面には、約25万人もの魔族軍が展開している。
そして、その上空では両軍の航空戦力が激しく衝突していた。アシリアの有翼騎士団とダマスカスの竜騎士団が共闘し、ワイバーンが魔族軍のグライフを次々と追い払って制空権を確保して行く。だが魔族側のグライフも数が多く、ワイバーンが地上軍に近接航空支援を行うことはできなかった。
その頃、アトランティア軍ではエレミアが不思議そうな顔で前方を見つめていた。
「・・・・・・あたしたち、ずいぶん端っこね」
戦線右翼にはダマスカス軍、中央にはアシリア軍、左翼には周辺5カ国軍とアシリア軍が配置されている。
アトランティア軍の配置は、諸国軍右翼のさらに右端。
「あの亜人嫌いのクソ王太子のことだから、てっきり中央に置いて、捨て駒にするつもりかと思ってたわ」
カインは淡々と答える。
「どうやら、サムソン王太子はダマスカス軍と我々を隣接させたくなかったようですね。まぁ、ありがたくお手なみ拝見と行きましょうか」
* * * *
「やはり劣国は歩兵だけが多いな。これだけの兵を集めても、勇者に比べれば大した役には立つまい」
サムソンは吐き捨てるように言う。サムソンが見ているのは、中央に展開するアシリア軍だった。5万人もの兵士が密集し、巨大な歩兵戦列を形成している。もちろんダマスカス軍も歩兵の戦列を形成しているが、全体の兵力における割合は少ない。
しかし、その言葉に補佐役の将軍が異を唱える。
「殿下、それは少々違いますぞ」
「何?」
「確かに、魔族軍との戦いにおいて主力となるのは勇者です。しかし、だからといって歩兵が不要になるわけではありません」
別の将軍も頷いた。
「勇者は少数で敵を撃破することには長けていますが、戦場全体を維持することはできません。敵の攻撃を受け止め、陣地を守り、勇者の後方を確保するのは歩兵の役目です。それに歩兵がいなければ、前進しても敵に奪い返されてしまいます」
サムソンは納得しきれない様子だったが、再び戦場へ視線を向けた。
「ならば、あの大軍がどれほど役に立つのか見せてもらおうではないか」
その直後だった。魔族軍の前方から、小さな影が大量に飛び出してきた。
「来るぞ!」
ゴブリンやオークの群れが、雄叫びを上げながら一斉に突撃してきた。すると、諸国の重装歩兵が長方形の盾を並べ、壁のような列を形成する。
数こそ多いが、オークやゴブリンは知能も低く装備も軽装だ。人類側の重装歩兵は盾を並べ、組織的に敵の突撃を受け止め、盾の隙間から剣を突き出して確実に敵を処理していく。
* * * *
アトランティア軍も2列横隊を組み、接近してきた敵へ向けてライフルドマスケットを構える。アトランティア軍は諸国軍の端に位置しているため、正面から向かってくる敵は少ない。
「撃て!」
号令と共に、一斉射撃。
アトランティア軍が装備するライフルドマスケット。その最大の特徴は、銃身内部に刻まれた螺旋状の溝――ライフリングだ。
燃焼ガスで拡張した弾丸が銃身内部で回転して飛翔することで姿勢が安定し、従来の火縄銃よりも遠距離での命中精度が大きく向上している。
さらに、着火方式も従来の火縄式ではなく、衝撃によって発火する雷管式を採用していた。これにより火縄のように風雨の影響を受けにくく、悪天候でも安定して射撃できるのだ。
性能は連射速度以外は近代のボルトアクション式小銃に匹敵する。
魔族軍の第一波は、大した損害もなく各国の歩兵によって食い止められていった。だが、それはあくまで前哨戦に過ぎなかった。
* * * *
しばらくすると、土煙と共に地面を揺らすような轟音が響き始めた。
「・・・・・・なんだ?」
サムソンが目を細める。すると魔族軍の戦列から、巨大なトロルの影が次々と姿を現した。
4m近い巨体、全身を箱型の鎧で覆い、巨大な丸太を棍棒のように握りしめている。さらに、その後ろには大量の魔族歩兵が続いていた。
「勇者を!」
ついに指揮官が叫んだ。その声とともに、後方で待機していた250名の勇者たちが動き始める。
そして勇者たちは魔族軍へ向かって一斉に駆け出した。彼らはこの瞬間のために、前哨戦に参加せずに体力と魔力を温存していたのだ。
「魔道士前へ! 防御魔法陣!」
勇者の戦術の基本は魔道士と剣士の連携だ。魔法陣が展開され、淡く光る防御壁が勇者たちの前方に形成される。魔族軍から無数の矢が放たれるが、矢は防御魔法に阻まれて次々と弾かれた。
「魔光弾、放て!」
魔道士たちが杖を振るうと、無数の光弾が飛翔してトロルや魔族歩兵へ次々と命中する。
金属鎧が砕け、トロルの身体が大きくよろめいた。そこへ剣士の勇者が突っ込む。
「うおおおおっ!」
一閃。剣士達は砕けた鎧の隙間から剣を差し込み、巨大な身体を支える脚の筋繊維、そして腱を切り裂いた。いくら頑丈な身体を持っていても、筋肉や腱を断ち切られれば立っていることはできない。
ーーグオオオオッ! トロルが膝から崩れ落ち、そこへ別の勇者が飛び込み、首へ剣を叩き込む。盾となるトロルを失った魔族歩兵達は、一方的に勇者に蹂躙され、壊滅していった。
* * * *
〈魔族軍 本陣〉
「報告、第二波のトロルは勇者により全滅いたしました」
だが魔族軍の高官達には焦りの表情は見えない。
「結構。続けて第三波を投入したまえ」
「よろしいのですか、第二波と合わせて被害は相当なものかと」
するとその時、本陣に地震のような地鳴りが響き、巨大な人形の影が現れる。伝令兵は驚きのあまり腰を抜かしてしまった。
「どうかね同志? トロルギガント、トロルの上位種である最大級の重怪異だ。もう一度言う、第三波を投入せよ! 勇者が体力と魔力を消耗したその時、こいつが愚かな人類を蹂躙するのだ」




