第16話 越境
前話の登場人物と名前が被っていた箇所があり修正しました。
〈神聖帝国 皇宮〉
「女神の寵愛による、レムリア大陸およびアトラスの王。唯一の皇帝にして信仰の守護者。皇帝ブリタニカⅧ世陛下、御入来!」
帝国の元老院議員達がいっせいに平伏し、皇帝がゆっくりと口を開く。
「ウィルソン第一陸軍卿、魔族の侵攻の現況を知らせよ」
「はっ。帝国竜騎士団のドラゴンによる戦略偵察によりますと、魔族軍は北部・中央・南部それぞれの街道に沿って侵攻中、兵力は合計約330万人との見積もりです。他に航空戦力のグライフは4500騎との推定、魔族艦隊の出航も確認されました」
「さ、300万・・・・・・ 」「たしか、過去の魔族戦争では100万が最大だったはずだぞ」
現在の帝国の兵力は20万人、諸外国の兵力約40万人と合わせても60万人にしかならない。
元老院議員に不安とざわめきが広がる。
「まさか、この帝国が魔族に対して遅れをとることはあるまいな。第一陸軍卿、議員達を安心させてやれ」
皇帝は低い声で静かに言い放つ。
「了解いたしました。蛮族の数が多いのはいつものこと、魔導兵器を装備した帝国勇者や帝国兵の戦闘力は、魔族兵と比べ物にもなりません。帝国に劣る諸国でさえ、5年間で戦力を増強させてきました。誤解を生まぬように『兵力330万人』ではなく、『330万匹の野獣の群れ』と修正しましょう」
陸軍卿の言葉を聞き、その場にいた元老議員達は安堵の表情を見せる。
「すでに東部方面軍の3個師団と、南洋艦隊が作戦行動を開始しております。現在、帝都の中央軍についても派兵準備を進め・・・・・・ 」
すると陸軍卿の言葉に皇帝が口を挟んだ。
「中央軍の派兵は認めん。たかが魔族相手に皇帝直轄の中央軍を派兵するなど、帝国の威信に関わるからな。代わりとして私が娘イズミに、帝国勇者団クルセーダー300人を率いて出陣させよう」
「おお! 皇女イズミ殿下を。転生者でありSランク魔道士の殿下が戦列に加われば、恐れる物などありませんな」
謁見の間に歓声が響き渡る。
「ルール・マジェスティ! 帝国に永遠の勝利を! 」
〈同刻、アシリア公国 魔族領との境界〉
アシリア公国が魔族の侵攻に備え、境界近くの街道沿いに建設したアゾフスターク城。
2重の分厚い石造りの城壁が構築され、6000人の守備兵が敵襲に備えている。
「橋の破壊は完了しているのだな? 」
バイラクタル将軍は尋ねる。
「はい。魔族の侵攻を遅らせるため、街道の橋は全て落とし、道の舗装はできる限り破壊しました」
「うむ、よくやってくれた。これなら公王様率いるアシリア主力軍が到着するまでの時間を稼げるに違いない。兵士達にもそう伝えてくれ」
魔族領と接していることから、アシリア公国の軍事は同規模の国に比べて突出している。
ワイバーンを配備する有翼騎兵団は東方最強と称され、男は皆幼い頃から武術の教練を受けて育つ。半ば強制ではあるが、アシリア国民の愛国心と団結力は凄まじく、ほとんどの者が積極的に訓練を受けている。
故に技術力は低いものの軍事力は列強国に匹敵し、魔族侵攻から人類を守る防壁の一つと言われていた。
魔族侵攻に備え5年間増強を重ねたアゾフスターク城は、高さ20m厚さ8mの城壁をもち、各所には弩砲と大盾が設置され難攻不落と名高い。
だが、バイラクタル将軍の表情は暗かった。
(時間は稼げるだろう、だが援軍が城に到達できるだろうか・・・・・・ )
すでにアゾフスターク城は、魔族軍先行部隊10万人に包囲されている。遅延工作をしてこの兵力なのだから、魔族の戦力は想像を絶する。
すると突然、警報を意味するラッパが響き渡り、伝令兵が駆け上がってきた。
「ま、魔族軍の攻城作戦が開始されました! 」
* * * *
ウラーーーーッッ!!!
魔族軍兵士の叫ぶバトルクライが戦場に響き渡った。
地平線の彼方まで埋め尽くす大軍が、一斉にアゾフスターク城へ向かって動き始める。
魔族軍は、鎧と棍棒を装備した4m近いトロルを前面に押し立てていた。
その後ろには歩兵と弓兵を収容した巨大な攻城櫓が、林のように聳え立ち、怪異に引っ張られてゆっくりと前進している。
その後方から魔族軍の投石器による攻撃が開始された。
巨大なアームが唸りを上げて振り上げられ、数十キロはあろうかという巨石が大きな弧を描いて飛翔する。
「しゃがめ! 防御姿勢! 」
巨石が城壁に着弾。凄まじい衝撃音と共に、石片や城壁の破片が弾け飛んだ。
「恐るな! この程度のダメージでは、このアゾフスタークの城壁は崩れんぞ! 」
今度は城壁の上から無数の矢が放たれた。雨のように降り注いだ矢は、先頭のトロルたちへ次々と命中する。
だが、トロルたちは分厚い金属鎧で身を覆っている。矢は鎧を貫くどころか、まともに傷をつけることすらできなかった。
今度は大型のバリスタの出番だ。槍のような巨大な矢が放たれ、トロルの巨体に突き刺さる。
一本、二本と太矢が突き刺さり、出血と共にトロルの動きが鈍る。だが、それでも4mの巨体ゆえ、なかなか致命傷を与えることができない。
だがそれでも守備兵達は攻撃を浴びせ続け、ハリネズミとなったトロルは城壁に到達する前までに骸と化した。
しかしトロルに気を取られたため、魔族兵士を城壁に送り込もうとする攻城櫓の接近を許してしまった。
「火矢を用意しろ! あの櫓を燃やせ!」
守備兵が一斉に火矢を放つ。
だが、矢は攻城櫓の外壁に突き刺さるだけだった。木製の櫓の表面は濡れた生革で覆われており、火は瞬く間に勢いを失う。
「くそっ、貼ってある家畜の生革のせいで火が広がらねぇ! 」
さらに櫓には矢を射るための狭間(小窓)が設けられており、守備兵めがけて猛射を浴びせてくる。
そのとき、魔道士部隊が前へ出た。
「今だ! 魔流炎! 」
ルビーのような光の魔法陣が浮かび、火炎放射器のような火炎攻撃が放たれた。
炎は狭間の隙間から攻城櫓に流れ込み、防護されていない内側から攻城櫓を焼き尽くす。
「うわああああっ!」
だが、城壁の別の場所では、すでに魔族兵が梯子を掛け始めていた。
「梯子だ! 押し返せ!」
熱湯と石が降り注ぎ、城壁に取り付いた魔族兵たちを次々と地面へ叩き落としていく。
一進一退の攻防が繰り広げられた後、ついに魔族兵が撤退し始めた。
だが包囲網が解かれることはなく、アゾフスターク守備隊は援軍の到着まで、なおも戦い続けることとなる。
〈アトランティア王国 王立大学校〉
白衣姿の獣人の学生が、実験室の天井から鉛のダーツを垂直に落下させた。
落下装置にはタイマーが接続されていて、その落下時間と距離を測定している。
「加速度は9.792m/s²、過去5回の実験結果と同値です」
学生の一人が実験結果を読み上げた。
「わかりました。時間もかかりましたし、ここで一旦休憩を挟みましょう」
指揮をしていたカインがそう言うと、学生達は思い思いにリラックスする。
「お疲れ様でした」
「記録は残しておいてください。あとで計算を確認するので」
学生たちが実験器具を片付け始める中、カインは机の上に並べられた記録用紙を手に取った。
王立大学校。アトランティア王国が設立したこの学校では、国民学校よりも高度な専門教育が行われている。
国民学校はいわば小学校や中学校に相当する教育機関であり、読み書きや計算など、国民として必要な基礎教育を教えている。
一方、王立大学校では数学や物理学、工学など専門知識を教えている。
アトランティアの産業が小規模だった頃なら、カインとイルーマの二人だけでも技術開発を進めることができた。だが2人だけでは近代国家の大規模な産業に対応できなくなるのは明白、そこで新たな技術者を育てるべく王立大学校を設立したのだ。
それでもカイン自身、多忙な日々を送っている。午前は軍の仕事、昼は大学校で講義や研究、そして夜になればイルーマの応援に工房へ向かい、兵器や機械の製作を行う。
カインは手元の記録へ視線を落とす。
「9.792・・・・・・」
記録された数値をもう一度確認する。
この世界でもmやkgなどの単位が使われている。これらの単位は、遥か昔にこの世界へやって来た転移者が伝えたものだと言われていた。
そして今回測定した数値9.792m/s²。これは鉛のダーツに働いた重力加速度を示している。つまり、この世界の重力加速度は地球の重力加速度9.8m/s²とほぼ同じなのだ。
カインは以前、夏至の日に観測した太陽の高度から、この世界の星の大きさを計算したことがある。
その結果も、地球とほぼ同じだった。
「・・・・・・やはり、偶然ではないですね」
カインは記録用紙を見つめながら呟いた。
重力加速度が同じなら、銃弾や砲弾の軌道を計算する際にも、前世で知っていた物理法則をそのまま利用できる。
( もしかしたら、この世界と地球はただの異世界ではなく並行世界の概念に近いのかもですね・・・・・・ )
カインが考察を続けようとした、その時だった。
「国防軍顧問はこちらにいらっしゃいますか! 」
実験室の扉が勢いよく開いた。振り返ると、息を切らした兵士が立っている。
「どうしました? 」
「た、大変です! 魔族軍が・・・・・・ 」
兵士は荒い息を整えながら、カインへ報告した。
「10時間前、魔族軍の越境が確認されました! 開戦です! 」




