第15話 帝国博覧会 後編 【第2章最終話】
「シュリンクさん、これをみてください! 」
部下がそう言ってプレートアーマーの値札を指差した。
「なっ、一着で大銀貨5枚だと・・・・・・ 」
騎士や重歩兵が着用するプレートアーマーは一般的な物でもかなり高く、一着で大銀貨約50枚(平民の収入10年分)という大金がかかる。現代で言うと、高級スポーツカーを買うような感覚だ。
(まさか、こんなに安い鎧があるのか・・・・・・ いや、流石に書き間違いだろうな。平民には計算ができない者も多い、亜人ならなおさらだろう・・・・・・ )
シュリンクは亜人の青年スタッフに声をかける。
「そこの君、値札の数字を間違えているぞ。早く修正しないと大損してしまうよ」
シュリンクなりの気遣いだった。だが亜人の青年は一瞬戸惑いの表情を浮かべると、微笑みかけてきた。
「ご安心ください値段は表記どおり大銀貨5枚です。あなたの紋章は東の軍国アシリアとお見受けします。どうでしょう、1万着ほどいかがですか・・・・・・」
「ははは、君は冗談が得意のようだ。プレートアーマーを1万着、そんなに簡単に作れるなら大陸中の職人が失業してしまうじゃないか」
「商談に冗談は不要ですよ」
それを聞いたシュリンクと部下は顔を見合わせる。そして恐る恐る尋ねた。
「まさか本当に一つ大銀貨5枚で、しかも1万着も在庫が? 」
「ええ、何度も言った通りです。希望されるなら10万着でもお売りします。あ、心配なら鎧をチェックしてもらっても構いませんよ」
「な、なんと! 」
シュリンクはコツコツと鎧を叩く、するとしっかりした反響音が返ってきた。目立たない所に軽く爪を当てても傷一つつかない。
(作りは想像以上に頑丈だ。粗悪では決してない。ならば・・・・・・ )
シュリンクと部下は再び顔を見合わせ、小声で話した。
「買うぞ」
「シュリンク様本気ですか? 」
「ああ、この値段と品質なら迷う必要はないだろう。元々は勇者部隊の装備を探していたが、勇者1人に大金を使うより、全兵士にこの鎧を装備させた方がコストパフォーマンスはいいからな」
そしてシュリンクは亜人の青年に向き直る。
「2万着注文したい。だが、鎧を作っている工房を見学させてくれ、代金を払って品が届かないでは困るからな」
青年は少しだけ笑った。
「見学は無理ですが、その心配なら不要です。代金は納品後に、つまり後払いで構いませんので」
「何?」
「鎧が届き、質も数も問題ないと確認してから代金をお支払いください。一応、国として公文書を発行してもらう必要がありますが」
シュリンクは思わず息を飲んだ。
(後払いだと!? ・・・・・・ つまりは生産と納品に絶対の自信があるのか!)
「わ、わかった! それならぜひ契約したい! 」
シュリンクが一歩前へ出たその時。ぽんっと後ろから肩を叩かれた。
「兄ちゃん、注文なら列に並んでくれよ。まあ、気づかんのも無理ないか、はは」
シュリンクが後ろを見ると、恰幅の良い商人が苦笑しながら群衆の後ろを指差していた。
「列?」
シュリンクと部下が後ろに振り返る。よく観察すると、群衆の全員が注文書を手にしている。
「ま、まさか……この人だかりは……」
近くにいた別の商人が、ニヤリと笑いながら答える。
「全員、お前さんと同じことを考えた商人や軍人だよ。さらに後ろを見てみろ、自分達よりも注目されているブースがあるって、威張りんぼの帝国人がこっち見て嫉妬してるぜ」
その言葉に周囲から笑いが起きる。
「こ、こんなにも購入者が・・・・・・ 」
「まあ安心しなさい。私の商会で前に5000着注文したが、納期どうりに届いたさ。今回は追加注文しに来たわけだがな」
「はは、想像の斜め上をいきますね。このアトランティア商会は」
シュリンクは観念したように列の最後尾へ向かって歩き出した。
* * * *
そんな来場者達の様子を、カインはスタッフとして観察していた。
今回アトランティア王国は国ではなく、民間の商会として博覧会に参加している。
「顧客の反応は上々・・・・・・ やはり多少コストがかかってもプレス加工機を多めに作っていて正解でしたね」
今回のプレートアーマーの安さの秘密、それはプレス加工機だ。
そもそもプレートアーマーが高級品とされる理由は大きく2つある。
一つは素材となる鋼を20kgも使用する原料費。そして均一の厚さの鉄板を作り、それを複雑な曲面状に整形する加工費用だ。
だがアトランティアは両方の課題を解決している。鋼は製鉄所直送の安価で高品質な物がいくらでも手に入り、加工も今まで熟練職人が何日もかけて一枚ずつ叩いていた鋼板を、プレス加工とローラー圧延機で一瞬で同じ形に打ち抜く。
原料費は最小で加工費用はほぼ0、原価のうち半分も輸送費が占めているのだ。
さらに、工業製品は大量生産するほど一個あたり設備費が安くなる。つまりは売れば売るほど安くなり、安くなればより売れる正のスパイラルだ。
「次の方どうぞ」
カインが呼びかけると、今度はなんとダマスカス王国の軍人がやって来た。
「この鎧を8000着頼みたいが、いいか? 」
彼らダマスカス軍人は、アトランティア商会がペリシア藩王国だと知らないようだ。
中世レベルのこのプレートアーマーでは、アトランティアが配備しているライフルドマスケットの弾を防ぐことはできない。
「ええ、もちろん。8000着ですね」
カインは笑顔で接客する。
(まさかダマスカス軍人は、代金が敵国の発展に利用されるとは夢にも思わないでしょうね・・・・・・ )
「お買い上げありがとうございました」
〈半年後、大陸中央のアシリア公国。魔族領との国境上空〉
アシリア公国の竜騎兵の小隊長ウーランは、ワイバーンを操り国境地域のパトロールを行なっていた。
ワイバーンはこのレムリア大陸において、勇者と並ぶ主力兵器の一つだ。全身が硬い鱗で覆われ、時速200kmで飛翔し、竜騎士の構える竜槍は馬を一度に何頭も貫くほど巨大で鋭い。
上空2000mの冷たい空気が金属の鎧越しに伝わってくるが、愛竜の温もりと眼下に広がる母国の美しい景色を見れば全く苦とは思わない。
「小隊長! もう引き返しましょう!もう境界を越えてしまっています! 魔族の侵攻が叫ばれてもう5年、ここ最近は魔族に動きはありません」
僚騎から部下が、風切り音に負けないように大声で呼びかけた。
「嵐の前の静けさと言うやつだ。ここ何日も魔族の偵察部隊すら見えない、奴らは隠れて何かをしている」
ウーランがそう言った瞬間、遠くでキラリと何かが光った。彼が望遠鏡を覗くと、見えてきたのは想像を絶する光景だった。
「タリホー! 7時方向、地平線の手前に魔族軍らしき移動集団を確認! すごい数だ、道が黒く染まっているぞ! 」
さらに部下が叫ぶ。
「小隊長! 1時方向に魔族軍のグライフと思われる敵騎が24騎! 距離約8000mで高度約2500m、降下し増速しながら向かってきます! 」
「いかん! 各騎ブレイク! 魔族軍の大規模な侵攻を確認した、司令部に知らせるぞ! 」
帝国歴1035年9月8日。魔族軍の大規模な越境により、後に第7次魔族大戦と呼ばれる戦争が幕を開けた。
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