第13話 軍縮条約の抜け穴 後編
会議室に白髪混じりの男がゆっくりと入ってきた。
(この人がダマスカス王・・・・・・ アトランティアの敵でエスター陛下の父君か・・・・・・ )
そして、続けて入ってきた従者が言い放つ。
「皆の者、控えよ! 至高にして至強、至尊たるダマスカス国王、シャルル=ダマスカス陛下のお成りであるぞ! 」
その場にいた全員が頭を下げる。
「ち、父上、本日はご機嫌麗しく・・・・・・ 」
国王シャルルはサムソンの世辞を無視し、従者が用意した特別豪華なイスに腰掛ける。
「おもてをあげよ」
「サムソンよ、外から聞いておったぞ。属国からの上納金が減ったのは、お前が原因だそうだな? 屋敷に戻っていろ、処分は追って伝える」
「しかし、弟は我の王位を・・・・・・」
「見苦しいぞ! わかったら余の前から立ち去るが良い」
「・・・・・・わかりました」
サムソンからは今までの威勢は感じられず、トボトボと取り巻きを連れて退室して行く。
扉を通る際、サムソンは一瞬振り返ってカインをにらめつけたが、その姿はまったくもって惨めであった。
「これで邪魔者はいなくなったな。ではエスターよ、改めて其方らの立場を示してくれ」
「はい、私エスター・エル・ダマスカス及び新ペリシア藩王国政府は、偉大なるシャルル陛下に絶対の忠誠を誓います」
エスターが頭を下げると、国王シャルルは満足そうに頷いた。
「うむ、ならば良し。聞けば、領主を倒した際の指揮は見事だったそうではないか。父として喜ばしい限りだ」
「ありがとうございます、父上。これからもペリシアの復興に尽力して参ります」
少し和やかな空気が流れたその時だった。国王シャルルは少し考えると口を開く。
「復興か・・・・・・ ならば、上納金の金額を上げる必要があるな」
「父上、それでは税をあげる必要があり、ペリシア国民の生活は改善しません」
「それで良い。ダマスカス王国の基本政策は『亜人を富ませず飢えさせず』だ。ペリシアが今よりも豊かになれば、亜人は増長し、ダマスカス王国に刃向かおうとするものが出るかむしれぬからな」
「父上、どうかご再考を・・・・・・」
「ならんな。おぬしは半分ヒトながら、亜人に肩入れしすぎている。ダマスカス王族としての自覚を持て」
カインもエスターに小声で耳打ちする。
「陛下、これ以上はダマスカスへの反意と見做されてしまいます。仕方がありません。ここは上納金の増額を認めましょう」
そんな2人の様子を国王シャルルはじっと観察している。
すると突然、国王シャルルはエスターの回答を聞く前に口を開いた。
「そこの少年、カインと言ったか? そなたは転生者だそうだな、まだ子供のようだが歳はいくつだ? 」
「え、あ、はい。今年で14歳になります。前世の記憶は半年前に思い出しました」
(どうしたと言うんだ急に・・・・・・ )
「そなたは隣の女子と、たった2人で領主を全滅させたそうではないか。先ほど王太子を論破した知識と話術も見事であった。正直に言って小気味良かったぞ」
「ありがとうございます」
「ところで、このままではエスターは上納金の増額を認めることになる。そなたの頭脳なら打開策や反論の1つや2つあるであろう。申してみよ」
(まさか、僕を試しているのか?・・・・・・ )
「いえ、シャルル陛下のおっしゃることは正しく。属国として宗主国であるダマスカス王国の要望を受け入れるのは当然です」
「そんな模範回答は求めておらん。多少の失言も無礼も許す。正直に申してみよ」
「わ、わかりました・・・・・・」
カインはうやうやしく顔を上げると、真っ直ぐな瞳で国王シャルルと目を合わせた。
「ならば、上納金を増額しない代わりに、ペリシアの軍備を制限する新たな条約を結んではいかがでしょうか」
国王シャルルの眉がピクリと動く。
「ほう、詳しく話せ」
「シャルル陛下が恐れているのは、豊かになった亜人が武器を持ち、ダマスカスと敵対することですね。ならば豊かにならないように経済を制限するよりも、豊かになっても武器を持たぬように制限するのです。その方が双方の利益となるかと」
エスターにエレミア、そして従者達もカインの一字一句に注目している。
「騎兵の不保持や、勇者や魔道士の新たな採用を禁止。そして国境付近の城の取り壊しでいかがでしょうか?」
「うむ、悪くないが詰めが甘いな。それにダマスカス王国がわざわざ代案をのむ理由がないぞ」
「と、言いますと? 」
「余ならこうするぞ」
そう言って国王シャルルは、従者に羊皮紙と羽ペンを運ばせる。
さらさらとペンを走らせると、程なくして条約の草案が出来上がった。内容も簡潔で字も丁寧、文面からは国王シャルルの教養がにじみ出ている。
手渡された条約草案を見たカインは、思わず苦笑いした。
「す、素晴らしい、じょ、条約ですね・・・・・・ 」
内容を簡単にまとめるとこうだ。
『1、ワイバーンを含む航空戦力の保有を禁止。2、非武装の伝令を除く騎兵の保有を禁止。3、現在ある城塞の解体と新たな建造を禁止。4、水軍の戦力は現在保有する4隻のみ。老朽艦の代艦も2段櫂船以下の大きさとする。
5、勇者の新たな採用を禁止。6、ペリシア藩王国はダマスカスに対し軍役奉仕義務を負う。』
2段櫂の「櫂」とは船を漕ぐオールのこと。当然、オールの数が多ければ速度も上がり、それだけ大型の船となるのだ。帆とオールを併用したこの世界のガレー軍艦はなかなかの機動性を発揮する。
「軍船は4隻だけだが海賊を追い払うには十分だろう。ただ、商船を守り切れるかはわからないがな。不足ならダマスカス海軍の船が警護しても良いぞ」
現在アトランティア(ペリシア)王国は海上交易で成り立っている。鉄鉱石の輸入と、鋼の輸出だって海路で運ばれているのだ。
ダマスカス海軍の数は3段櫂クラスが100隻。
つまりは、いつでも海路を封鎖してアトランティアの経済を干上がらせられるのだ。
(この国王は、中世レベルのこの世界で制海権やシーレーンの重要性を理解しているのか・・・・・・ )
さらに厄介なのが「6」の軍役奉仕義務だ。ダマスカス王国が戦争をした際に、兵もしくは資金を送らなければならない。下手をすれば上納金より高くつく。
「どうする? この条約をのむのか? 」
エスターがカインに尋ねる。
「ええ、どうやらそれしか無いようですね」
こうして、ペリシア軍縮条約はその日の内に承認された。
「カインとやら、なかなか楽しませてもらった。ペリシアの発展を祈っておるぞ」
国王シャルルはそう言い残して会議室を去っていった。
* * * *
〈帰路の馬車の中〉
「あーもう、終わっちゃったじゃないの! どうするのよこれ? 」
エレミアは頭をかきむしって動揺している。
「発言しなかったあたしが言うのもなんだけど、これじゃあ亜人の解放どころか独立まで無理じゃない」
そして彼女は馬車の座席に横たわってため息を吐く。
エスターの表情も重い。
「父上に上手くやられたな、面目ない。」
だがカインの言葉でその雰囲気は一変する。
「いえ、そうとも限りませんよ」
「ど、どういうことなの? 早く説明してよ」
「昔から、条約を守るのは大馬鹿者、条約を破るのは野蛮人、条約をすり抜けるのが賢人と決まっています。例えば今回の条約では、大砲は規制されていませんでした」
「たしかに。よく考えると歩兵も制限されてないから、銃も装備し放題ね」
エレミアの顔に笑みが戻っていく。
「じゃあ、船はどうするの? 」
「今回、船の大きさは櫂の装備数で定義されていました。ならオールの代わりの推進機を装備すれば制限を受けません。これを見てください」
カインが見せたのは装甲艦の設計図。全長50m、排水量1000トン、火砲と蒸気機関を装備する軍艦だ。ダマスカスの主力の3段櫂船はせいぜい25m、質で十分対抗なレベルとなっている。
「つまりは、まだこの世に存在しない新兵器なら条約で規制されないんです」
「そ、そんなのありなのね・・・・・・ 」
「ありなんです」
(言い方は悪いですが、条約すり抜けはドイツのお家芸ですからね・・・・・・ )
第一次世界大戦敗戦後、ヴェルサイユ条約で主力艦が規制されればポケット戦艦を、長距離砲が禁止されれば弾道ミサイルを開発した。他にも製造拠点を海外に移すなど、涙ぐましい努力は数えきれない。
まさに、条約で定義されない新兵器を作ることができる技術力と発想力を持つドイツにしかできない裏技だ。
「でも、航空戦力がないのはいざ戦いになって困らない? 」
「そうなったら条約を破棄しましょう」
「さっきと言っていることが違くない?」
「条約を守るフリをするのは、こちら側が不利な時だけ、有利になれば破るものですよ」
「そ、そんなものなのね・・・・・・ 」
* * * *
時は少し戻り、カインの村が勇者に襲われていた頃。
〈帝歴1030年 レムリア大陸東部の魔族領域、魔王都デモングラート〉
人類との宥和政策を進めていた魔王エリーツェンが病気により突然死去。そして代わりに反人類強硬派の新魔王が誕生したことにより、人類と魔族の火種が燃え広がろうとしていた。




