第12話 鉄は国家なり
「すまないがカイン君。私としては製鉄事業は絶対に容認できない! 」
「ロス通商大臣、理由を話してくれないか」
国王エスターが尋ねる。
「わかりました、先ほどはつい声を荒げて申し訳ない。理由は1つ、製鉄によって燃料となる木炭が不足してしまうからです」
「不足するって、鉄を作るだけでそんなに炭を使うの? 」
話を聞いたエレミアが首をかしげる。
「ええ、まあおそらくカイン殿の方が詳しいので、細かい数字は彼に聞いてください。ただ、こんな逸話が残っています。
『一つ前の王の時代。同じようにアトラス海の豊富な鉄鉱石を使って、鉄を作ろうという商人が現れました。彼は山に製鉄炉を建てたのですが、なんと炉を動かしてから1月で山の木を燃料として刈り尽くしてしまったのです。商人は山を丸裸にするたびに山を転々とし、ついには先王の怒りに触れて、この国で鉄を作ることを禁止する法令が出されたのです』。
同じことが他の国でも起きて、ダマスカス王国では現在でも製鉄が禁止されています」
アトランティア王国が位置する大陸南部には小麦畑が広がっていて、森林の量は少ない。鉄鉱石が産出する諸島部も同様だ。なのでこの地域の鉄は、森林が豊富な大陸北部からの輸入品となっているのだ。
「そ、そんなことが・・・・・・ 」
「山の木の伐採は燃料不足だけでなく、土砂崩れや造船に必要な木材の枯渇を招きます。カイン殿、言いにくいですが再考をお願いしたい」
ロスはカインをじっと見つめる。
「たしかに製鉄で木炭を使えば、ロスさんの言う通り環境破壊が起きてしまいますが、ご安心ください。今回の計画で森林を伐採する予定はありません」
「まさか、燃料を使わずに鉄を作ることができるのですか! 」
「さすがに燃料は必要ですよ。それに、森を切るのがダメなら、地面を掘ればいいだけです」
* * * *
〈翌日、シナイ半島南部、べヘルシェバの入り江の製鉄所〉
会議の翌日。大臣達やエレミアは、カインに誘われてとある入り江を訪れていた。
「これが、地面に埋まっている炭。石炭ですか・・・・・・ 」
「見た目はただの木炭と変わらないわね。これをカインが見つけたの?」
「ええ、イルーマさんと一緒に国中を手当たり次第に掘っていたら、運良く2日で見つかりましたよ」
(この世界の植生や鉱物は、前世の地球と酷似している。ならば石炭もどこかにあるはずだと、探しまわっていた甲斐がありましたね・・・・・・ )
石炭はいわば木の化石。つまりは昔に木が生えていた場所なら、どこでも採掘できるのだ。
「カイン殿、この石炭とやらはどのくらいの量が埋まっているのだ」
「現在見つけているだけで推定40億トン、地中深くにもあると仮定すれば150億トンが採掘可能です」
「150億・・・・・・ こちらから聞いたことだが、150億トンと言われもサッパリ想像がつかん」
「まぁ、今輸入している量の鉄を、何万年も作り続けられるだけの量はありますね」
そんな話をしていると、作業着姿の獣人少女イルーマが歩みよってきた。
「よう! カイン。それにエレミアは久しぶりだな」
「えっと、失礼ですがあなたは? 」
大臣のひとりが尋ねると、イルーマはニッと笑みを浮かべた。
「あーしはイルーマ、この製鉄所の所長をやってる」
「おお、先の戦いの影の立役者ですな」
「カインの奴から話しは聞いてるぜ。さあついてきな、ここを隅から隅まで案内するからよ! 」
大きな入り江に面する海岸には、製鉄用の高炉が建設されている。煙突のような外見で、高さは3m、隣接する風車の力を利用して炉に空気を送り込んでいた。
石炭は河川を利用して運ばれた後、専用の炉で蒸し焼きにされ、硫黄などの不純物を取り除いたコークスに加工する。
この硫黄などの不純物が原因で、石炭はこの世界で使われていなかったのだ。
作業員はイルーマが元いたギルドの弟弟子達。炉の頂上からバケツリレーのように、次々とコークスと鉄鉱石を注ぎ入れている。
「たしかに、あんなにドバドバと燃料を使ってたら、山の木を刈り尽くすわよね」
するとエレミアの目に、見慣れないレンガの建造物が飛び込んできた。
「ねぇ、あれはなに? 」
「おっ、いいところに目をつけたな。これは『平炉』って言ってな。なんと、銑鉄から鋼を作れるんだぜ! 」
「へー、すごいのね」
「おいおい、反応が薄いじゃねぇか」
イルーマは想定外の反応を受けたのか、少し戸惑ってしまっている。
「うーん、専門的すぎるというか、そもそも鉄と鋼って違うの? 」
「えー、そこからか? 」
「まあまあイルーマ殿。恥ずかしながら、我々としても何が何やらでして」
ロスら大臣達もいまいちピンときていないようだ。
「鉄を作る時には鉄鉱石と石炭を一緒に燃やすだろ。その時、溶けた鉄に石炭に含まれる『炭素』って言うのが混じって銑鉄ができるんだ。炭素が鉄に混じると硬くなるんだが、混じりすぎると逆に柔軟性がなくなって折れやすくなっちまう。鋼って言うのは、その炭素の量を2%にした鉄なんだ」
イルーマはポケットからハンマーを取り出す。
「今まであーしら鍛治師は、このハンマーで熱した銑鉄を叩いて炭素の量を減らして鋼を作っていたんだ。まあ当然、時間がかかるし、一度に作れる量が少ないしで、鋼で大きな物を作るなんて夢物語だった・・・・・・ 」
「だがよ、この平炉は違うぜ。こいつは溶かした銑鉄に熱風を吹き付けて、中にある炭素を一気に燃やすんだ。あーしが半年かけて作る量の鋼を、平炉は半日で作っちまう。鉄の武器も作り放題、家や橋だって鉄で作れる。鍛治師としちゃあ、神様みたいな装置だぜ」
「武器が作り放題ってすごいじゃない! それにしてもあなた博識なのね」
「まぁ『炭素』だの数字だのはカインから教わったことだけどな」
すると炉の反対からイルーマを呼ぶカインの声が聞こえてきた。よく見ると周りの作業員達も慌ただしく動いている。
「イルーマさーん。鋼の溶解が終わったので来てくださーい」
「わかった今行くぜ! 」
イルーマは作業着の紐を締め直すと、すぐに作業に取り掛かる。
巨大な「るつぼ」を繊細な手つきで操ると、これまた巨大な砂型に溶けた鋼を流し込んで行く。はためでは簡単そうな作業だが、融点が高い鋼を流し込むのにはとんでもない技術がいるのだ。
しばらく経ち、流し込んだ鋼が冷えて固まると、砂型が外されていく。すると、砂の中から黒い光を放つ鉄の塊が姿を現した。
「なに? これって銃? 」
「ああ、砲身重量150kgのデカブツだ。よく目に焼き付けとけよ、あーしがこれを作った今この瞬間、世界中のあらゆる武器が旧式になったんだ」
ーークルップ6ポンド野戦砲。口径94mm。有効射程1000m。
ドイツ帝国の前身、プロイセン王国のクルップ社製の大砲だ。ドーラ80cm列車砲で知られるクルップ社の処女作。世界で初めて鋳鋼で作られたこの大砲は、1851年のロンドン万博に出品され、ドイツの鉄加工技術を世界に知らしめたのだ。
中世レベルの火縄銃とは違う、近世18世紀の榴散弾を放つ野戦砲。地球では展示品として作られた兵器だが、今亜人国家アトランティアによって戦いの機会が与えられたのだ。




