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間話 獣耳の天才技師

カインとエレミアは火縄銃を量産するため、鍛冶職人を探しに鍛冶師ギルドを訪れていた。

まだ領主達との戦いが始まる前、カインが銃を試作して3日後の話である。


〈帝歴999年 レムリア大陸中央 ペリシア藩王国(後のアトランティア王国) シナイ半島

港湾都市ハイファの鍛冶屋ギルド 〉


 鍛冶師ギルドの建物は防火のために、ハイファ市の中心部から少し離れた場所に建てられていた。


 ギルドの工房の中には鍛冶炉と職人達の熱気がこもり、ドワーフの職人が金槌を打つ鋭い金属音が鳴り響いている。

 そんな中、見習いの獣耳少女イルーマ・リーネは、サンゴのような真紅の髪を垂らしながら、鍛冶炉のフイゴを吹いていた。


 鉄の加熱に使う鍛冶炉は、摂氏1500度以上の高温となるため、すぐ側での送風は非常に重労働だ。

 薄着の彼女の服はバケツの水を被ったかのように汗でびっしょりと濡れ、豊かな肢体に張り付いている様子は艶かしくもある。


 「こんな仕事、辞めてやる・・・・・・」


 イルーマはボソボソと愚痴をこぼす。別に鍛冶師の仕事が嫌なわけではなく、実際に辞める訳でもない。


 物作りが好きだったため、周囲の反対を押し切ってまで男ばかりの職人社会に飛び込んだのだ。


 そして、ストレスの原因であるギルドマスターがやって来た。


 「おいイルーマ、ケツが汗で光ってるぞw」


 背後から投げかけられた下卑な声に、イルーマの耳がぴくりと動く。振り返らず、フイゴを踏み続ける。


 「なぁオレの妾にならねぇか? 見習いなんかやってるより、ずっといい生活させてやるぜ」


 (お前があーしをずっと見習いに留めている癖に・・・・・・)


 このヒト種のギルドマスターの機嫌一つで、仕事も待遇も決まるのだ。


 「俺様の声が聞こえなかったのか? 獣耳女」


 体に伸びてきた手を、反射的に払いのける。


 短気な性格なりに、今まで理性で押さえ込んでいたがもう限界だった。


 振り向きざまに放たれた強烈なドロップキックが、ギルドマスターの頭部に叩き込まれる。


 「ぐぇっ!!! 」


 「あーしに汚ねぇ手で触りやがったな! このクソハゲゴミ野郎! 」


 ギルドマスターはそのまま大の字に倒れ込んだ。


 (やっちまった・・・・・・)


 威勢のいい声とは裏腹に心の中でイルーマは焦りまくっていた。この後の事を考え、イルーマの額には冷や汗が流れている。


 一応職人なだけあってヒト種ながら体は頑丈なようだ。ギルドマスターはムクリと起き上がると、頭を押さえながら物凄い目つきでイルーマを睨みつける。

 そして、勢いのそのままに周りの職人達に命令した。


 「お前ら! この野良ネコ女を今すぐに取り押さえろ! 」


 職人系ギルドの徒弟制度は軍隊並みに厳格であり、ギルドマスターにヒラ職人が逆らえるはずもない。

 

 イルーマは一歩一歩後ずさりする。


 「許せ、マスターの命令だ」


 イルーマは一応抵抗を試みるが、屈強なドワーフの職人達に取り押さえられては逃げられない。

 ギルドマスターはゴツい拳を鳴らしながら近づいてくる。


 (やばいな、ハハ・・・・・・)


 ドスッ、ドスッと言う鈍い音が工房に響く。



 倒れ込んだイルーマにギルドマスターは再び拳を振り下ろそうとするが、受付の職員が駆け込んできてギルドマスターに耳打ちする。

 気が逸れた隙を狙って、イルーマは用心のために自分で鍛え上げた短剣をこっそり懐に入れた。


 「チッ、厄介な依頼だな。おいイルーマ、お前に仕事だ。喜べ、王様からの仕事だぞ」



*  *  *  *



 カインとエレミアは銃を量産するため、鍛冶職人を探しに鍛治師ギルドを訪れていた。 

 2人が待合室に通されてからしばらくが経つ。


 「ねぇ、見て。どうやらここも無理そうよ」


 エレミアは壁にかけられていた剣を指差してつぶやく。

 よく見ると剣の柄には、領主バラムの紋章が彫られている。


 2人はこれまでに何件もの鍛冶屋にも依頼してきたが、「亜人向けの武器を作って欲しい」と言った時点で断られていた。理由は、領主に目をつけられたくない、報酬が少ない、機密である銃の情報を詳しく説明できないなど様々だ。


 「どうする? もう帰っちゃう? 」


 「まぁ、いちおう返事を聞いてみましょうよ。もしかしたら、良い返事がもらえるかもしれませんし」


 「『もしかしたら』ねぇ・・・・・・ 」


 しばらくそんな話しをしていると、不意にギルドマスターが入室してくる。


 「これはこれは王宮の使いの方々、ようこそ当ギルドへ。ささ、こちらへどうぞ」


 意外にもカインとエレミアの予想に反して、ギルドマスターは好意的に接してくる。


 そして2人が案内されたのは、石造りの工房の隅にある作業場だった。


 「こちら当ギルドの名職人イルーマです! 少しばかり代金は高くなりますが、腕はたしかですよ。ええ」


 そう言ってギルドマスターは獣人の少女を紹介する。年はカインとエレミアより少し上ぐらい、俯(うつむ)いていて何やら不満そうだ。


 「では私はこれで失礼。依頼の調整が済んだらまた呼んでください」


 そう言ってギルドマスターは去っていく。

 早速お金の話しを始めたギルドマスターに対し、エレミアは訝(いぶか)しげな表情を向けていた。


 一方でカインはキョロキョロと作業場に置かれた作品を見渡している。作業場の壁には武器だけでなく、スプーンなどの食器、農作業に使うクワ、鍛治師の専門外であるはずの鋳物まで並べられている。


 一見どこにでもあるような物ばかりだが、よく見ると細部にこだわりが感じられた。例えば、畑を耕すクワを見ると、土を掘る部分がフォークのようになっていてより深く耕せるようになっている。


 「これ全部イルーマさんの作品ですか? 」


 「ああ、そうだぜ。全部あーしの作品だ。あんた名前は? 」

 

 「僕はカイン、隣の彼女はエレミアさんです。もし良ければ、イルーマさんが持っている短剣も見せてもらえますか? 」


 「よく気付いたな。まぁいいぜ、ほらよ」


 イルーマが懐から短剣を抜く。すると炉の炎に照らされて、刃に波のような模様が浮かび上がってきた。

 その模様を見たカインは驚きの表情を浮かべる。

 

 「これは刃紋(はもん)ですか・・・・・・!? 」


 「はもん? この綺麗な模様のこと? 」

 

 「ええ、普通の剣は、全体に「焼き入れ」という高温の鉄を急冷して硬度を上げる処理をするんです。ただ、焼き入れをすると硬度が上がる分、割れやすくなってしまう・・・・・・

 だけど、この短剣は刃先だけを硬くして、芯は粘りを残してる。鉄の性質が色の違いになって現れて、こんな模様ができるんです」


 イルーマは、耳をピクリと動かす。


 「そこの彼の言う通りだ。粘りを残したい所にだけ木炭を混ぜた粘土を塗る。その状態で焼き入れをすると、そこだけ温度の変化がゆっくりになって粘りが残るんだ。兄弟子からは『そんな不均一な不良品さっさと鋳潰せ』って言われちまったけどな」


 「なるほど、両刃になってはいるけど日本刀に近いものですね・・・・・ 素晴らしい・・・・・・」


 イルーマは目の前の少年が、ギルドの職人達以上の理解を示したことに驚いていた。

 一方で、エレミアは連発される専門用語に、やや置いてけぼりにされてしまっている。


 「で、2人はあーしに何を作って欲しいんだい? 」


 「依頼の話をするその前にイルーマさんに見て欲しいものがあるんです」


 そう言ってカインは周りに他の職人がいないことを確認すると、カバンから銃の試作品を取り出した。


 「ちょ、ちょっと! それって機密だってあなたが言ってたんじゃないの! 」


 「大丈夫です。イルーマさんが僕の予想通りの人なら・・・・・・ 」


 イルーマはテーブルに置かれた火縄銃を見つめている。


 「パッと見は弩(クロスボウ)みたいだけど弓がついてねぇな。これは飛び道具か? 」


 「ええ、銃と言って火薬という薬品が燃える勢いで鉛の球を打ち出す兵器です。今火薬の現物を見せるので、金床を貸してくれませんか? 」


 カインは紙薬莢をちぎると、少量の黒色火薬を金床の上に乗せ、火箸を近づける。

 次の瞬間。オレンジ色の鋭い閃光が3人の顔を照らし、直後に白煙と硝煙の独特の香りが辺りを覆った。


 「こいつはすげぇな」


 「イルーマさんにはこれの精度、射程、軽量化、ようは諸々全ての改良をお願いしたいんです」


 イルーマは銃を手に取ると銃口を覗き込み、そのすみずみまで観察した。


 (鉛の玉は矢と違って安定用の羽根がついてねぇが、その代わり鉄の筒をガイドにして弾道を安定させてんのか。つまり、精度を上げるには玉の直径と筒の内径を極限まで同じに滑らかにすりゃいいわけか・・・・・・)


 イルーマはおもむろに炭のカケラを持つと、石の床にガリガリと線を引き始めた。


 「弓と違って弦を引く力が必要ないから、簡単に威力をあげられるわけか。もっと改良すればこれまでの飛び道具を簡単に凌駕するぞ。鉛の中にカヤクを詰めるのもありだな。だだ威力を上げると鉄の筒が耐えられるか・・・・・・ ブツブツ」


 「おーい、イルーマさん聞こえてるー? 」


 イルーマは心ここにあらずと言った感じで、エレミアの声が聞こえていないようだった。


 「エレミアさん、職人や技術者にとって一番嬉しいことってなんだと思いますか? 」


 「また急な質問ね。うーん、作品を使った人から感謝されることかしら」


 「惜しいです。職人や技術者という生き物は、人前では人のためになる物を作るとほざいていますが、本心は違います。好奇心の赴(おもむ)くまま、誰も作ったことのない機械や道具をこの世に誕生させること、例えそれが人を殺す兵器だとしてもです。そして、自分は創造主のようだと酔いしれる」


 イルーマの瞳は明らかに煌めいていた。まるで魂を吸い込まれたように、そして狂気的に銃を見つめている。


 「彼女は本物ですよ」


 そう言うとカインはイルーマの肩を軽く叩く。


 「改めて僕はイルーマさんに銃製造を依頼したい。さらに言えば、イルーマさんをスカウトしたいと思っています」

 

 「いいぜ、銃作りもスカウトもどっちもOKだ! さぁ言ってくれ、量は? 納品期限は? 」


 「量は300丁。期限は20日以内でお願いします」


 「おいおい300個かよ。けど、かなりきついが顧客の要望通りの物を作るのが一人前の職人って奴だ。あーしに任せとけ! 」




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