第3話:嫁入り支度3
仕事が終わって、与えられた使用人用の部屋へ戻った私は、急いで荷物の整理を始めようと部屋を見渡した。
けれど、ベットと小さなクローゼットしかない、窓もない部屋には、整理するほどの荷物もなければ、改めて掃除が必要な場所も見当たらない。
「ふぅー…まさに、我が身一つで嫁入りするのね」
誰にも聞こえないこの部屋で、やっと一息つくことができた。
いつか、こんな日が来ると思っていた。
お父様の死後、伯父様が子爵家の爵位を引き継いでから10年、やっとこの生活から解放されるのかと思うと、嬉しい気持ちもある。
けれど、一年の殆どを王都のタウンハウスで過ごす伯父様は、領地運営をアレクシスに丸投げしているので、伝統ある織匠としての家業は年々衰退している。
家業からの収入が減った分、領民からの税収を上げているから、領民の生活も年々苦しくなっていると耳にすることも増えた。
領民には豊かな生活をしてほしいけれど、だからといって、今の私にできることは何もない。
伝統ある子爵家の家名が失われていくのを、見ていることしかできない。
両親が亡くなったあの頃、私がもっと、領主としてうまく立ち回れていたなら。
今の状況も、少しは違っていたのかもしれない。
コンコン・・・
「お嬢様、フィロでございます」
「まぁ、フィロ、いらっしゃい。どうぞ、はいって」
フィロ・ベアトリクス。
アレクシスとともに、お祖父様の代からこの子爵家に仕えてくれている侍女だ。
10年前までは、子爵家のお嬢様として生活していた私の侍女として側仕えしてくれて、使用人として生活するようになってからは、右も左もわからない私に、掃除や洗濯のやり方など仕事を教えてくれた。
この屋敷で唯一、いつも味方でいてくれた、家族のように思える人。
「お休みのところ、失礼いたします。」
「いいのよ。あの話を聞いたのでしょう。しばらく会えなくなってしまうから、私もフィロと話したいと思っていたの」
備え付けの簡素な机と、椅子は1脚しかないので、フィロにはそこに座ってもらって、私はベットサイドに腰掛ける。
「突然のお話ではございますが、お嬢様、この度のご結婚、誠におめでとうございます。」
「ありがとう、フィロ。けれど、今の領民の生活のことを考えると、子爵家が傾いているこの時期に出ていくのは心が痛むわね。」
「本来であれば、子爵家ご令嬢として、相応のお支度を整えて、嫁入りされるべきところ。ご自身の待遇よりも、領民のことを真っ先に、ご心配される。なかなか、できないことでございます。お嬢様、立派になられましたね。」
フィロの言葉に、涙が出そうになる。
「ありがとう。伯爵家へ嫁いだ後、なにかあっても子爵家に戻るなと言われたの。だから、この家に私が戻ることはないと思うけれど、無理せず身体を大事にしてね。フィロのことは、家族のように思っているわ。」
「身に余るお言葉でございます。お嬢様とは、誰よりも多くの時間を過ごしてまいりました。私も、家族のように大切に思っておりますよ。」
フィロも同じ気持ちでいてくれることに、胸がいっぱいになる。
この家を離れるまで、残された時間があまりにも短い。
別れを惜しむ暇もないのが、心残りに思う。
「わたくしも、お嬢様の侍女として同行できないかと、当主様にお願いしに参りました。残念ながら、認めていただけませんでした」
その声色から、フィロの気持ちは痛いほど伝わる。
「本当にありがとう、その気持だけで嬉しいわ。私なら、きっと大丈夫よ。フィロに身の回りのことは一通り教えてもらったもの、何とかやっていけるわ」
精一杯の笑顔でそう言うと、フィロも私も、言葉に尽くせない感情に呑まれて、しばらく何も言えなかった。
「お嬢様、明日、当主様方が王都へ出立されましたら、フィロと街へ行きませんか」
「いいわね、ぜひ行きたいわ。」
織匠を伝統とする子爵家の家名に、泥を塗るようなことは避けたい。
せめて1着くらい、まともな衣装を見繕いたいと思っていた。
「子爵家からの持ち出しは、禁じられております。ならばと、わたくしとアレクシスから、お嬢様の門出をお祝いする品を贈りたいのです。贈り物であれば、持ち出しにはならないでしょう。」
フィロはいたずらっぽく、肩をすくめてみせた。
「ふふっ、フィロったら。でも、お洋服を見るのも久しぶりだから、明日が楽しみだわ」
それからしばらく、フィロと思い出話に花を咲かせて、夜も更けた頃合いで解散となった。
その夜、ベットに横になってみたけれど、妙に頭が冴えてなかなか眠れなかった。
見知らぬ年上の伯爵様と、婚約期間もなく突然結婚することになったこと。
表情や態度には出さないようにしていたけれど、それは自分が思うより、戸惑いも大きくて気持ちの整理がついていないらしい。
最近は、どんなお洋服が流行っているのかしら。
以前はお父様のお仕事について行って、洋服店や百貨店で流行りのデザインや生地を見て勉強するのが好きだった。
あの頃は当たり前のように、私も、織匠を生業として生きてゆくのだと思っていた。
この土地を離れ、全く違う産業で栄える伯爵領へ嫁ぐことになるとは想像もしていなかったけれど。
何があっても、これまでの10年を振り返れば、どこでだって、どんなことにだって耐えていけると思う。
忍耐力には自信があるし、自分のお世話はできるくらいの経験は積んでいる。
伯爵様のお役に立てるように、お邪魔をして追い出されないように、私にできることを見つけられたらいいと思う。
目を瞑ったまま、何度か、ふかい呼吸を繰り返し、自分の鼓動の音を聞いているうち、意識は遠のいていった。
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