表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不思議な女 上田ユウ  作者: 上田ユウ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/13

No.8 運命の隣人

ユウは、最近になってめっきり歳を感じることが多くなった。


階段を上る足取りの重さ、小さな物忘れ、鏡に映る顔のシワ・・・


原因は数え切れないほどあった。


その日は小雨が降っていた。


「こんな時こそ気分転換だ」とユウは思い、思い切って日帰り温泉へ出かけることにした。


しばらく足が遠のいていた温泉。


その古びた入口のドアに、一枚の張り紙が貼られていた。


「永らくご愛顧いただきましたが、この度、設備老朽化のため、


今月をもちまして閉店させていただきます。」


それでも小雨にもかかわらず、温泉は驚くほどの賑わいを見せていた。


入口をくぐると、湯気と人いきれが押し寄せ、ざわめきが耳に広がった。


しかし、夕暮れ近くになると、温泉は次第に閑散としてきた。


ユウもそろそろ帰り支度をしようと、休憩室を出ようとしたその時であった。


一人の色黒の男が話しかけてきた。


「おばさん、内緒だけどね。俺、宝くじが当たったんだよ。それも一億」


「ええっ! 凄いですね。で、どうしたの?」


突然のことだった。見も知らない人が、なぜこんな話をしてくるのか、ユウには理解できなかった。


しかし、こういうことはユウにはよくあることだった。


「俺、日雇いの土方をしてるんだ。ボロアパートも仕事も今までと全く変わらない。


いつも通りの生活だよ」


ユウには理解できなかった。


自分なら、まず家を買う。


安心して一生を送れる住まいを手に入れる。次に仕事を辞める。


最後に病気等の予備費を残して、残りは自分の楽しみに使うだろう。


恐る恐る、遠慮がちに男に尋ねた。


「もちろん、銀行に預けているのですか?」


「銀行の人もそれがいいと勧めたけど、半分は持ち帰った」


ユウはのけぞった。あり得ないことだ。


1万円札1枚の重さは1グラム、厚みは0.1ミリ。


つまり、5000万円だと重さは5キロ、厚みは50センチにもなる。


男はリュックサックに詰めて持ち帰ったのだという。


ユウはまじまじと男を見た。


無精ひげと伸びきった髪に覆われた日焼け顔は、端正とは言い難い。


年の頃は六十歳ほどだろうか。


大金を何に使うのか。夢はあるのか。身内はいるのか。


ユウの心は好奇心でいっぱいになった。


「見ず知らずのおばさんだから、何となく話してしまったけどね。もう帰るよ」


そう言い残し、振り向きもせず男は去っていった。


**********************************************

その時だった。ユウの脳裏に閃光が走った。


年老いたその男と、男とは別の若い男の影がおぼろげに見えた。

**********************************************


同性愛者なのかもしれない、それとも若い男に貢ぐのだろうか―


いずれにせよ、これが男との最後の出会いであった。


しかし、人生とは面白いものである。


この男の住んでいたアパートの隣に、やがて一人の若い男が引っ越してきた。


色白で目鼻立ちのはっきりした饒舌な人物で、飲み屋を経営していたという。


若い男は日中は休み、夜になると店に出ていった。


つまり、宝くじの男とは真逆の生活のため、二人が顔を合わせることはなかった。


飲み屋は繁盛し、若い男はますます闊達にふるまっていた。


一方、宝くじの男は、次第に日雇いの仕事にも出なくなっていたらしい。


それから数年後、飲み屋を経営していた男が亡くなった。


大家の話では――


「いやあ驚きましたよ。部屋に入ると立派な鏡台があり、おびただしい化粧品が並んでいたんです。


もっと驚いたことには、壁に穴が開いていて、隣の部屋と通じていたんですよ」


そう、飲み屋の男と宝くじの男は同一人物だったのだ。


日雇い仕事の合間の唯一の楽しみは酒を飲むこと。


宝くじが当たり、念願だった飲み屋経営の夢を叶えた。


だが気楽な日雇い生活にも未練があり、男は二重生活を続けていたらしい。


整頓された部屋の机上には無精ひげと長髪の二個のかつらと共に、遺書が置かれていたと言う。


遺書には大家さんへのお詫びがしたためてあり、部屋の修繕費等を支払った残りの財産は施設に寄付を 


と 記してあり人として見事な幕引きだったそうだ。


ユウには、まだまだ見えない世界が多くあるが、期せずして素晴らしい人生に出会うことがある。


ユウの不思議な力は 人として生きる大切さを教えているのかも知れない。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ