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不思議な女 上田ユウ  作者: 上田ユウ


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7/14

No.7 ぎんなん

ユウの家のほど近くに、小さな神社があった。


境内の中央には、四季を映すように葉を変える大きな銀杏の木が立っていた。


秋になると、風が吹くたびにハラハラと銀杏の実が落ちてくる。


その神社の隣には、広い庭をもつ立派なお屋敷があった。


ある日、ふとユウは茶碗蒸しが食べたくなった。


――そうだ、この銀杏の木の持ち主にお願いすれば、拾わせてもらえるかもしれない。


そう思い立ち、玄関に回ってチャイムを押してみた。


しばらくして出てきたのは、上品な雰囲気をまとったご年配の婦人だった。


「ぎんなんが欲しいのですが、持ち主をご存じでしょうか」


そう尋ねると、婦人はクッククックと笑いながら答えた。


「まあまあ、私どもの所有でございます。どうぞ、お好きなだけ拾ってくださいな。


皆さん、だまって持ち帰られますのに……。あなたのように声をかけてくださった方は、


これまで一度もございませんよ」


ユウは深くお礼を言い、再び境内へと戻った。


銀杏の実は、独特の匂いを放っている。まるで――大便のような、鼻をつく異様な匂いだ。


用意していたナイロン袋を手にかぶせ、銀杏を拾っていると、先ほどの老婦人がやって来た。


手に新しいナイロン袋を持ち、「これをどうぞ」と差し出した。


ユウがすでに用意しているのを見て、またもやクッククックと笑いながら、


「しばらくお話をしてもかまいませんか」と声をかけてきた。


三十分ほど取りとめのない話をし、ユウは「これで茶碗蒸しを作るつもりなので、できたら持参します」


と約束をして別れた。


数日後、ユウは約束どおり茶碗蒸しをご夫婦分二つ用意し、再びお屋敷を訪ねた。


銀杏をきっかけに親しく付き合うようになった。


ある時は病身のご主人への不満、またある時は亡き義父母への愚痴――他愛のない話が多かった。


しかしながら、何時も立ち話であった。


やがて三年ほどが過ぎた頃。久しぶりに「お決まりの茶碗蒸し」を手に、ユウはお屋敷を訪ねた。


「ぜひお上がりになって。今日はお話ししたいことがあるのです」


初めて通されたお屋敷の中は、幅広い廊下がまっすぐに伸び、その左右に幾つもの扉が並んでいた。


一つ目の右の部屋に通され、コーヒーが差し出された。


「実は……主人は半年前に亡くなりました」


老婦人は静かに語った。最後は施設に入れたこと、未婚の長男とささやかな葬儀を済ませたこと。


「でも今が一番幸せなのよ。気楽に一人暮らしができて」


一通り話し終えると、老婦人は「見ていただきたいものがあるの」と言い、やおら席を立った。


隣の部屋の扉を開け、ツツツッと腰ほどの高さの小さな箪笥の前に進む。


引き出しに手を掛け、ゆっくりと開けた瞬間――ユウは目を見張った。


そこには、現金がぎっしりと詰まっていたのだ。


「それは……どうしたのですか」


「義母が亡くなったときに見つけたの。もう七年近くなるかしら。この部屋は義母の部屋でしたのよ」


老婦人はおもむろに次の引き出しを開けた。さらにその下の段も。


三段すべてに紙幣が詰め込まれていた。 圧巻であった・・・


どの位の金額になるのだろう。 目にしたこともない程の紙幣が無造作に入っていた。


「いくらあるのですか」 「さあ 数えた事はありません」


そう言うと老婦人は引き出しを閉め テーブルに戻った。


小ダンスとは言え 40センチもあろうかと思われた。


三段となると一億円? それ以上? ユウには見当もつかなかった。


兎に角 大金であった。


その後のことは、あまり記憶に残っていない。 


ただ一つ、胸に残ったのは――老婦人がやがて認知症を患い、「お金がなくなった」と言い始めたり、


あるいは本当に泥棒に奪われたり、そんな未来があり得るという不安だった。


気が動転していたためか、いつもなら見えるはずの「予知」も、この時ばかりは一切見えなかった。


「誰にも言わないでね」


老婦人との約束を胸に、ユウは静かにお屋敷を後にした。


ユウは小心者であった。 


何か事件が起き自分が疑われる事は耐えられない。


だからあの出来事以来、ぎんなん拾いも、茶碗蒸し作りもやめてしまった。


それでも心にはいつも引っかかりが残り、時折お屋敷の前を通ってみることがあった。


そこはひっそりと静まり返り、雨戸さえ閉ざされている日が多くなっていた。


――関わりたくない。ごめんなさい。どうか、幸せな人生でありますように。


ユウは胸の内でそう祈るしかなかった。


数年後、幸運にもその老婦人の姿をスーパーで見かけた。


息子さんらしい男性と、その恋人らしき女性と三人で、楽しそうに買い物をしていた。


ユウはそっと足を止め、心の中で手を合わせるように願った。


「ご多幸をお祈りいたします」


何事もなく幸せな老後が送れていると感じ、ユウは安堵した。


程なくしてその老婦人は施設に入所したと近所の人から聞いた。


ユウはやっと胸のつかえが下りた。






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