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不思議な女 上田ユウ  作者: 上田ユウ


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30/31

No.20 帰り道の祝福(後編)

「三年前だったかな。突然父が訪ねてきたの。」

しばらく黙っていた智子は、小さく笑った。

「正直ね、『今さら何を』って思ったわ。

父は、自分たち母子を残して去っていったのよ。

母がどれだけ苦労したことか・・・ 

病気を我慢して働いていたことも、私、知っている。

だから、『困ったから娘を思い出したの?』

そんな気持ちが湧かなかったと言えば嘘になる。でもね。」

智子は静かにコーヒーを置いた。

「会ってみたら、小さくなっていた。 背中も曲がり、

昔は怖かった父が、どこにでもいる老人になっていた。

怒りは、不思議なくらい少しずつ消えていったわ。

母が生きていたら何て言ったかなって考えたの。たぶん、

『放っておきなさい。』とは言わなかった気がする。

だから近くのアパートを借り、家賃も払った。

時々は食べ物も届けたわ」

人に頼らず生きてきた智子だったが、その優しさは筋金入りだった。

「その父親が、ついこの前亡くなったの」

そう言いながら、ユウが持って来た煎餅を、智子は景気よくバリバリと頬張った。

ふいに立ち上がり「コーヒーもう一杯どう?」

空になったカップを手に、事務所の小さな台所へ向かう後ろ姿は妙に晴れやかだった。

「なんだかサッパリしたわ」

湯を沸かす音の向こうで、智子が言った。

「今度は自分のために生きようと思ってね。実は家を探してるの。小さくていいのよ。二階もいらない」

「気にかけておくわね」と言いながら、ユウが帰り支度をしていた時、

智子がふいに言った。

「生きるのがつらい時は、ここにいらっしゃい。

何もできないけど、話くらいは聞いてあげるから」

女というものは、必ずしも答えを求めているわけではない。

ただ誰かに聞いてもらうだけで、背負っている荷が軽くなることを、智子は十分すぎるほど知っていた。

ユウが靴を履いていると、智子がまた笑って言った。

「株もしてるのよ。退職金くらいにはなりそう」

そして悪戯っぽく続けた。

「教えてあげるから、いつでもいらっしゃい。 お礼はお饅頭一個でいいわよ」

ユウは思った。

――神仏は、真摯に生きてきた者を見捨てたりはしない。

夕暮れの道を歩きながら、ユウはまだ見ぬ未来の社長へ

心の中でそっと、 「おめでとう」を送った。



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