↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不思議な女 上田ユウ  作者: 上田ユウ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/31

No.20 帰り道の祝福(前編)

帰り道の祝福(前編)



ユウの楽しみは、自宅の庭を耕した小さな家庭菜園だった。

土づくりには殊のほか熱心で、牛糞や魚粉にも強いこだわりを持っていた。

ある日、肥料を探していたユウは、郊外に建つ小さなプレハブ事務所を見つけた。看板も色褪せ、個人経営と思われる簡素な会社だった。

対応してくれた智子とは、不思議と初対面から馬が合った。

「うちの社長、牛糞には命をかけているんです」

智子は少し呆れたように笑いながらも、誇らしげだった。

社長は、チョコレート会社からアーモンドの搾りかすを譲り受けたり、牡蠣殻を砕いて混ぜたり、独自の工夫を重ねているという。

その努力は実を結び、この会社の牛糞は「作物が甘くなる」と評判になった。

ユウは肥料を買いに行くたび、饅頭やプリン、ときには巻き寿司を手土産に持って行った。

取引の多くは大手企業相手らしく、事務所はいつ訪ねても静かだった。

そんなある日、智子がぽつりと自分の身の上話を始めた。

「両親は早くに離婚してね。母子家庭だったの。私、負けず嫌いだったから、奨学金を受けながら大学にも行ったわ」

智子はコーヒーを口に含みながら続けた。

「でも母は、苦労ばかりして早くに亡くなったの」

意外だった。

ユウはこれまで、智子に陰りのようなものを感じたことがなかった。

いつ訪ねても明るい声で、

「元気だった? お茶飲んで行って」

と迎えてくれる。

帰り際には、「一袋ずつ買って、何度でもいらっしゃいよ」といつも笑った。

その言葉に、ユウはどれほど救われてきただろう。

電話対応やパソコン操作を見ていると、もし智子が男だったなら、相当やり手の経営者になっていたかもしれない、とユウは思った。

話が途切れた時、ユウは何気なく尋ねた。

「大恋愛はなかったの?」

智子は「ハハハ」と高らかに笑った。

「もちろんあったわよ。大学時代ね」

相手は老舗旅館の一人息子だったという。

「相手のお母さんから、“女将として旅館を継ぐことが条件です”って言われたの。夏休みの間、実際に働いてみたけど、私には向いていないって分かったわ」

そう言って肩をすくめた。

「それ以来、恋愛なんてないわね。さっぱりしたものよ」

――さもありなん。

その瞬間、ユウの脳裏に、鋭い閃光が走った。


だが、ユウの見た智子の未来を、ここで語るのはやめておこう。

ただ、静かに頷いたユウの表情から、それが穏やかなものであったことだけは記しておきたい。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。