No.16 不揃いの庭(後編)
ユウはすぐに市役所へ連絡を入れた。
担当者は事務的な口調で答えた。 「引き取りは三日後になります。」
三日間。
その間は、生かしておかなければならない。
ユウは近くの魚屋へ向かった。 「イワシを数匹ください。」
店主は何に使うのか尋ねることもなく、新聞紙に包んで手渡してくれた。
庭へ戻ると、檻の中の動物は相変わらず低く唸り、鋭い爪で金網を
引っ掻いていた。
ユウは少し距離を取りながら、檻の隙間からイワシを一匹放り込んだ。
動物はしばらく警戒していたが、やがて魚に鼻を寄せ、一気に食べ始めた。
何とか三日間は生きていてほしい。
残りのイワシをそうっと檻に落とし込んだ。
翌朝、覗いてみると、魚は跡形もなくなっていた。
骨も、腸も残っていない。 よほど空腹だったのだろう。
その日も魚屋へ向かった。 イワシを買い、静かに檻へ入れた。
すると、昨日ほど激しく威嚇しなくなっていた。
檻の奥から、じっとユウの様子を見ている。
敵意なのか、それとも警戒なのか。 ユウには分からなかった。
それでも、魚だけは残さず食べていた。
朝になると真っ先に檻へ向かい、餌を与え、水を替える。
と言っても、水は餌皿に檻の上から注ぐだけだ。
畑を荒らした動物の世話をしている自分が、どこか可笑しくもあった。
二日目の朝だった。
庭へ出たユウは思わず立ち止まった。
檻が一メートルほど横へ移動していたのである。
中の動物の力だけで動かせる重さではない。
周囲へ目を向けると、柔らかな土の上には新しい足跡がいくつも残っていた。
檻の周りには、掘り返そうとした跡もある。
ユウはしばらくその場にしゃがみ込んだ。
――助けに来たのか。
昨夜、仲間たちが必死になって檻を動かそうとした光景が、目に浮かぶようだった。
人間だけではない。 仲間を思う気持ちは、彼らにもあるのだ。
そう思うと、胸の奥が静かに締めつけられた。
明日には業者が来る。 今夜が最後になる。
ユウは迷った末、仲間たちが入って来られるよう、庭の入口だけは 閉ざさずにおいた。
もし会いたいのなら、最後に会わせてやりたかった。
その夜、庭は静まり返っていた。
闇の向こうから気配だけが近づき、また遠ざかっていく。
姿は見えない。
それでもユウは、仲間たちがすぐ近くまで来ていたような気がした。
三日目の朝。
檻の中の動物は、おとなしく丸くなっていた。
昨日までの激しい威嚇はない。 時折ユウを見るだけだった。
やがて業者が到着した。
檻を一目見るなり言った。
「これはハクビシンじゃありません。アナグマですね。」
ユウは思わず聞き返した。
「アナグマ……ですか。」
鼻筋の白い模様が微妙に異なるという。
ユウは、山へ放されるものと思っていた。
しかし、業者の次の言葉に息をのんだ。
「このまま殺処分になります。」
しばらく言葉が出なかった。
畑を荒らした動物だった。
捕まえようと決めたのも、自分だった。
それなのに胸の奥には、小さな後悔が広がっていく。
ユウは檻の前にしゃがみ込んだ。
「……ごめんなさい、アナグマさん。」
その声は、土に吸い込まれるように小さかった。
業者が檻を持ち上げた瞬間、アナグマは最後の力を振り絞るように低く唸り、鋭い爪を金網へ立てた。
それが最後の抵抗だった。
車が見えなくなるまで、ユウはその場を動かなかった。
その夜、ユウは庭の入口を開けたままにした。
静かな庭に、風だけが草を揺らしている。
しばらくすると、闇の奥で何かが立ち止まる気配がした。
仲間だろうか。 姿を現すことはなかった。
やがて気配も静かに消えていった。
それから畑を荒らすものは、二度と現れなかった。
夏の日差しを浴びながら、曲がった胡瓜も、小ぶりな茄子も、傷のついたトマトも、それぞれの形のまま実っていく。
ユウは土をそっと撫でた。
不揃いなのは、野菜だけではない。
人も、動物も、それぞれ違う命を抱えながら生きている。
あの三日間は、その当たり前のことを静かに教えてくれた。
今日もまた、不揃いの庭には、小さな命が息づいている。




