No.16 不揃いの庭(前編)
ユウは庭の一角で、小さな家庭菜園を楽しんでいた。
土を耕し、種をまき、水をやる。
季節の移ろいを肌で感じながら、何も考えずに鍬を振るう時間が好きだった。
畑には、トマト、ゴーヤ、トウモロコシ、茄子、ピーマン、絹さや、ラッキョウ、ニンニク、里芋、南瓜……。
収穫の多さを競うつもりはなかった。
芽を出し、花を咲かせ、実を結ぶ。
その小さな命の営みを眺めているだけで、心が満たされた。
採れた野菜は、どれも形が違った。
曲がった胡瓜。 小ぶりな茄子。 傷のついたトマト。
市場に並べば、きっと規格外と呼ばれるのだろう。
それでもユウは、不揃いな野菜たちが愛おしかった。
整いすぎたものより、少し欠けていたり歪んでいたりするものの方が、
なぜか人の温もりを感じる。
人もまた同じなのかもしれない。
誰一人として、同じ人生を歩む者はいない。
不揃いだからこそ、その人らしさがある。
そんなことを思いながら土をならしていると、ふと鍬を持つ手が止まった。
畑の隅に違和感があった。
落花生を収穫したまま、そのままにしていた場所である。
誰かが掘り返したように、土が盛り上がっている。
しゃがみ込み、しばらく眺めた。 猫だろうか。
そう思ったが、いつも庭を横切るあの猫は、
土を掘り返すようなことはしない。 では、何だろう。
翌日も、その翌日も、土は少しずつ荒らされていた。
気づけば、ユウの中で小さな「犯人探し」が始まっていた。
その夜、雨戸を開けたまま庭の見える部屋で横になった。
静まり返った庭を見つめながら、何かが現れるのを待つ。
虫の声だけが夜の闇に溶けていく。
どれほど時間が過ぎただろう。
ふと物音に目を開けると、畑の中に黒い影があった。
中型犬ほどもある動物が、二本足で立ち上がり、熟したトマトを器用に
両前足で抱えて食べていた。
月明かりに照らされた鼻筋には、一本の白い筋が浮かんでいた。
――ハクビシンだ。 ユウは思わず息をのんだ。
驚きはしたが、不思議と恐ろしさはなかった。
物音を立てないよう身を潜め、その様子を見守る。
動物は夢中でトマトを食べ終えると、辺りを見回し、庭の隅へと姿を消した。
夜が明けるのを待ちきれず、ユウは庭へ出た。
昨夜の足取りをたどると、出入りしている場所はすぐに分かった。
その場所に金網を張った。
しかし、それだけでは防ぎきれない。
土を掘れば、新しい出入口はいくらでも作れる。
ユウは市役所へ相談に行った。
農作物の被害対策として、野生動物を捕獲する檻を貸し出しているという。
一メートルほどの大きな檻を借り受け、防いだ金網を少し開け通り道にし、そこに設置した。
「エサはキャラメルコーンがいいですよ。」
担当者は笑いながら教えてくれた。
甘い匂いにつられて入るのだという。
半信半疑で袋を開け、檻の奥へ置いた。
さらに檻の上には草をかぶせ、人の手が入ったことを悟られないよう慎重に整えた。
準備を終えると、ユウは静かに家へ入った。
その夜は庭を見張らなかった。 待つしかない。
そう自分に言い聞かせ、床に就いた。
翌朝。 ユウはまだ朝露の残る庭へ降りた。
胸のどこかで、「掛かっているはずはない」と思っていた。
檻が見えた瞬間、ユウは思わず足を止めた。
中から低い唸り声が響く。
鋭い爪が金網を激しく引っ掻いた。
――掛かっている。 しかも、たった一晩で。
ユウはしばらくその場に立ち尽くした。
檻の中の動物もまた、こちらをじっと見つめ返していた。
互いに動かないまま、朝の静けさだけが庭を包んでいた。




