No.17 見えなかった未来(後編)
日翌、ユウは初めて彼女の家を訪れた。
松を覆うように枝を広げた古い門をくぐると、冬の冷たい風が 静かに身体を吹き抜けた。
案内されたのは、六畳二間続きの和室だった。
そこに横たわる彼女は、見る影もないほど痩せ細っていた。
穏やかな眠りについたようなその顔を見つめながら、ユウは言葉を失った。
やがて娘が静かに口を開いた。
「母には、とても心配ばかりかけました」
そう言って語り始めた話は、ユウの知らなかった彼女の人生だった。
母親の反対を押し切って結婚したこと。
その結婚生活は決して穏やかなものではなかったこと。
生まれた二人の子どもには、父親譲りの生きづらさが受け継がれていたこと。
一度離婚したものの、再婚した相手もまた精神的に不安定な人だったこと。
母は娘や孫たちのことを案じ、二人の孫を引き取り、一緒に暮らし始めた。
孫たちを守りたい――。 その一心で選んだ暮らしだった。
だが、その生活は次第にすれ違いを生み、親子の間に深い溝をつくっていった。
娘はしばらく黙っていたが、やがて顔を上げ、真っすぐユウを見つめた。
「母の思いやりは、よく分かっていました。でも、私の人生です。家族で一緒に
暮らしたかっただけなの」
その日、感情があふれた娘は、
「もうやめて」 そう言って母の肩を押したという。
彼女はその拍子に倒れ、頭を打った。
転倒した時の頭部の損傷が、後に命取りになったという。
それでも彼女は病院で、 「転んで頭を打ちました」
とだけ話し、娘を責めることなく、静かに息を引き取ったと娘は涙ながらに語った。
ユウは、自らの臨死体験を思い返していた。
死の淵をさまよったあの日。
天井近くから、自分の身体を静かに見下ろしていた、あの不思議な感覚を。
肉体は滅びても、魂はなお生き続けるのかもしれない――。
そんな思いが、再び胸の奥から静かに湧き上がってきた。
ふとユウは、昨年見たあの光景を思い出した。
彼女が二人の子どもと暮らしている姿。
あれは、生前のことではなかったのかもしれない。
今もなお、愛する二人の孫のそばに寄り添い、その小さな背中を静かに
見守り続けている。
そんな未来を、あの日のユウは一瞬だけ見せられたのではないだろうか。
ユウは祭壇の前で静かに手を合わせた。
「これからも、あの子たちを見守ってあげてください」
祈りを終えて顔を上げると、庭の松が冬の風にゆっくりと枝を揺らしていた。
まるで、その祈りに静かにうなずいているかのようだった。




