No.17 見えなかった未来(前編)
友が死んだ――。
もう二十年も前になるだろうか。
ユウは歯科医院の待合室で彼女と出会った。
名前も知らぬまま交わした何気ない会話だったが、そのわずかな時間が、
不思議なほど二人の距離を縮めた。
彼女は秋田で育ち、集団就職で上京したという。
都内の会社で事務員として働いていたが、田舎育ちの実直な性格ゆえに、
都会の人間関係にうまく馴染めなかった。
人に気を遣いすぎるたびに心をすり減らし、やがて人と関わることそのものに
疲れ果ててしまった。
そんなある日、ふらりと立ち寄った教会で、ちょうど神父の説教が始まっていた。
彼女は、初めて神父の姿を目にした瞬間、身体に電流が走ったようだった、
と後にユウへ語ってくれた。
神父はすでに六十歳を迎えていた。 彼女はまだ二十歳。
親子ほども歳は離れていた。
それでも、半年も経たぬうちに二人は結婚した。
神父は、自分が彼女より先に召される日を覚悟していたのだろう。
彼女に手に職をつけるよう勧め、看護の道へ進ませた。
彼女は専門学校へ通い、看護師の資格を取得した。
やがて女の子と男の子に恵まれ、穏やかな日々が流れた。
しかし、娘が小学校へ上がる頃、神父は静かにこの世を去った。
ユウと出会った頃、彼女はぽつりとつぶやいた。
「去年、夫が亡くなったばかりなの」
その言葉を口にした時の、寂しさを押し隠したような微笑みを、
ユウは長い間忘れることができなかった。
それから彼女は、よくユウの家を訪ねてくるようになった。
二人で簡単な昼食を囲み、取りとめのない話をして帰っていく。
そんな穏やかな時間が、いつしか二人の日常になっていた。
不思議なことに、ユウはこれまで一度も彼女の未来を見たことがなかった。
ところが、昨年、最後に会った日のことだった。
ふいに、ユウの脳裏を一筋の閃光が走った。
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彼女が、二人の子どもと暮らしている――。
ただ、それだけの光景だった。
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その時は深く考えなかった。
だが今思えば、それが彼女にまつわる、唯一見えた未来だったのかもしれない。
気がつけば、もう半年も彼女と会っていなかった。
いつもならメールか電話で連絡を取り合っていたのに、その頃はどちらにも
返事がなかった。
よく考えてみれば、ユウは彼女の家さえ知らなかった。
「そのうち招待するわ」 彼女はいつも、そう笑っていた。
そして昨日、突然一本の電話が入った。
受話器の向こうから聞こえたのは、彼女の娘の声だった。
「母が亡くなりました」
あまりにも静かなその一言に、ユウは言葉を失った。
受話器を握る指先から、ゆっくりと力が抜けていく。
あの日、脳裏をよぎったあの光景が、今になって胸の奥で静かに疼き始めていた。




