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不思議な女 上田ユウ  作者: 上田ユウ


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12/13

No.12 計り知れぬ人(前編)

ユウは夢を見ることがほとんどなかった。


だが、その夜にかぎっては違っていた。

夢の中で、同年代の女性――友部が地に伏して泣いていた。

肩を震わせ、声にならない嗚咽を漏らしている。

なぜかユウも一緒になって泣いていた。

涙の熱さに我に返り、目を覚ます。

時計の針は午前三時を指していた。

まだ夜明けまでは長い。

しかし、その後はどうしても眠ることができなかった。

胸の奥に重たい石でも抱えたような、不快な疲労感だけが残った。

その日は予定もなく、静かに過ごすつもりだった。

ところが昼前、玄関のチャイムが鳴った。   「どちら様ですか」

インターホン越しに尋ねると、返ってきた声にユウは息をのんだ。

「友部です。少し、お話ししたいことがあるのですが」 

夢に現れた女性だった。  慌ててドアを開けた。

友部はどこか疲れた表情を浮かべていた。

ユウはお茶を入れ、向かいに座った。

しばらく沈黙が続いたあと、友部がぽつりと話し始めた。

「私ね、主人と結婚する前に好きな人がいたの」

それは高校卒業後、勤めていた会社で出会った男性だった。

大学生だった彼とは自然に心を通わせ、将来を考えるほどの仲になった。

やがて彼は言った。

「両親に紹介したい」  嬉しかったに相違ない。

けれど、その訪問が別れになるとは思ってもみなかった。

彼の実家で待っていたのは冷たい現実だった。

「あなたは息子には不釣り合いです」

「息子には以前から良家での大卒の許嫁がおります。

息子のためを思うなら、このまま帰ってください」

容赦のない言葉だった。   友部は故郷へ戻った。

ほどなくして彼から連絡が来た。

「申し訳ない。跡取りだから親には逆らえない。でも年賀状だけは続けたい」

その言葉を最後に二人は別れた。

友部は静かに語った。

「そのあと、お見合いで今の主人と結婚したの。年賀状だけは続いたわ。今年で十年になるの」

そこで言葉が途切れた。

湯呑みに残っていたお茶を飲み干し、彼女は再び口を開いた。

「今日ね、その人が突然訪ねてきたの」

風邪で仕事を休んでいたという。

どうしても会いたいと言われ、近くの喫茶店で向かい合った。

十年ぶりの再会だった。

彼はしばらく黙っていたが、やがてこう尋ねた。

「あなたは幸せですか」       友部は苦笑した。

「当然、幸せだって答えたわ」

すると彼は安堵したように頷いた。    そして静かに言った。

「良かった。これで区切りがついた。年賀状も終わりにしましょう」

それだけ言い残して帰っていったという。

ユウはコーヒーを淹れながら首をかしげた。

「それって、どういう意味?」    友部は答えなかった。

窓の外を見つめたまま動かない。   長い沈黙だけが流れた。

やがて彼女は低い声で言った。

「本当はね、年賀状だけは続けたかったの」

カップを両手で包み込んだ。  その指先はわずかに震えていた。

「奥様に知られたそうよ。長年、自分を裏切ってきたことは許せないって。今回を最後にすべて終わらせてこいと言われたんですって」

そこまで話すと、友部は黙った。

泣かなかった。   怒りもしなかった。

ただ冷めていくコーヒーを見つめていた。


**********************************

そのときだった。

突然、ユウの脳裏に閃光が走りある光景が浮かんだ。

病院の一室。

ベッドに横たわる友部の夫。

周囲には医師と看護師だけがいる。

家族の姿はない。

誰にも見送られないまま、彼は静かに人生の終わりを迎えようとしていた。

*****************************


なぜそんな光景が見えたのか。

意味は分からなかった。

気がつくと友部が立ち上がっていた。   「聞いてくれてありがとう」

彼女は冷めきったコーヒーを一息に飲み干した。

「少し気持ちが落ち着いたわ」

そう言って微笑み、帰っていった。

玄関のドアが閉まったあとも、ユウはしばらく立ち尽くしていた。

胸の奥に残るのは、夢と同じ不吉なざわめきだった。

――あの光景の意味を、ユウが知るのは十数年後のことである。



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