No.11 さようなら友よ
人の一生には、必ず岐路がある。
その時、右を選ぶか左を選ぶかで、人生は違ってくるのだろうか。
それとも、結末は同じなのだろうか。
ユウは、人の未来を垣間見るたびに、いつもその疑問を抱いている。
若き日のユウは、ある日電車で偶然、高校時代の友人に再会したことがある。
友は色鮮やかな晴れ着姿で、一段と輝いて見えた。「お見合いなの」
そう言って照れくさそうにうつむきながら、ユウとすれ違いに車内へと乗り込んでいった。
その友は、眉目秀麗で容姿端麗、誰もが振り返るような美しさを持っていた。
だが、その身の上には複雑な事情があった。
高校の頃の彼女は男勝りで、負け知らずの強気な少女だった。
けれどもある時、喧嘩で負けた近所の少年が、悔しさのあまり吐いた一言・・・
「お前なんか、浮気の子じゃないか」
初めて耳にした言葉であった。
その言葉が、彼女の運命を大きく傾けてしまった。
彼女の実の母親は浮気の末に娘を身ごもり、出産した。
ちょうど子供のなかった現在の両親が、その子、つまり彼女を喜んで引き取ったのだという。
育ての両親は小さな食堂を営んでいた。評判もよく、客足の絶えることはなかった。
友は何不自由なく育っていた。
だが人生には、思いもよらぬ落とし穴が待ち受けていた。
少年のそのたった一言を境に、彼女は家に閉じこもり、登校拒否になってしまった。
困り果てた育ての両親は、ユウの母親に事情を打ち明けた。
そして、時折話し相手になっていたユウに、助けを求めたのである。
二人とも多くを語る性格ではなかった。
それでも、不思議と心に通じるものがあり、彼女はユウの支えで無事に高校を卒業できた。
その後、ユウは短大へと進み、友は育ての父親の死をきっかけに、家業の食堂を手伝うようになった。
――あの日の再会は、それ以来のことだった。
この、ほんのわずかな再会が、二人を最後までつなぎとめていった。
年に一度届く年賀状は、小さな、今にも消え入りそうな文字で埋められていた。
――お見合いは「不釣り合い」と断られたこと。
――店を畳み、誰も知る人のいない都会の市営住宅に移り住んだこと。
――定年を待たずに職を退いたこと。
――同居していた育ての母親を看取り、その後の独り身の不甲斐なさ、孤独の深さ。
――ある新興宗教に深く傾倒してしまったこと。
断片的に綴られる一枚一枚それぞれのハガキの中に 彼女の人生がにじみ出ていた。
友の過ぎ去った一年間の報告は 何時も 「でも元気です」で終わっていた。
幸福は細切れに訪れるのに、不幸は波のように押し寄せてくる――
ユウはその言葉を、年賀状を読み返すたび思わずにはいられなかった。
そして、最後の大波がやって来た。
その年 桁外れの大型台風が襲って来たのだ。
近くの山が崩壊し、その大量の土砂が彼女の住んでいた市営住宅を押し崩したのだ。
テレビには、崩れ去った建物の無残な光景が、繰り返し映し出されていた。
何度も食い入るようにニュースを見て確認すると、ユウはすぐさま友へ電話をし、手紙を書き送った。
だが返事はなかった。
あれから十年以上が過ぎた。
しかし、ユウが毎年出した年賀状に、返事が届くことは一度もなかった。
その上 「宛先不明」との返送もない。
ある日、ユウはこれまでの年賀状を整理することにした。
もう、生死にかかわらず・・・
友は自らの意思で、ユウとの縁を断とうとしているのだろう。
「さようなら、友よ。生きているなら、どうか思いきり楽しんでほしい」
幸か不幸か友の未来は全く感じない。
ユウは静かにそうつぶやいて黙禱した。
生きているうちにもう一度会いたいと念じながら・・・
手紙の燃える白煙は、一筋に青い空に駆け上っていった。




