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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
日常と暗い影

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告白と矜持

 いつもなら何事も淡々と受け止めるクロが、わずかに困ったような苦笑を浮かべている。その意外な表情に、オンリーだけでなく、ダリやトバラまでもが不思議そうに目を向けた。


「クロちゃんが?」


 オンリーが興味深そうに尋ねると、クロは自分自身を振り返るように、わずかに視線を落とした。


「ええ。だって、私は多くのものを真似ていますから」


 クロはそう言いながら、自らの手のひらへ目を向ける。


 正体を隠し、宇宙を進むために整えた本体の擬態。


 戦う際に口にする技の名前や、その見せ方。


 かつて作り上げた武器や装備に込めた意匠。


 その多くが、自分が憧れ、心を躍らせた物語の影響を受けている。


「擬態した本体の姿もそうです。必殺技の一部も、かつて憧れたものを参考にしています」


「クロ……」


 アヤコが心配そうに名前を呼んだ。


 オンリーの言葉によって、クロが自分の在り方を否定し始めたのではないか。そんな不安が、その声と表情に滲んでいた。


 クロはアヤコへ視線を向けると、安心させるようにふっと柔らかな笑みを浮かべた。


 そして、アヤコの手の上へ、そっと自分の手を重ねる。


「いえ。本当に、ただ耳が痛かっただけですよ」


 心配する必要はないと伝えるように、重ねた手を一度だけ優しくさすった。


「オンリーさんも言っていたでしょう。これは、あくまで個人の考えだと」


「うん……」


 アヤコはまだ少しだけ不安そうにしながらも、重ねられた手の温もりを確かめるように、小さく頷いた。


「それに、私の場合は少し違います」


 クロは言葉を選びながら、静かに続ける。


「私にとっては、ただの模倣ではありません。リスペクトです。それに――ロマンでもあります」


 その言葉を口にした瞬間、クロの瞳にわずかな熱が宿った。


 遠い過去。


 まだ前世で人として生きていた頃に見た、数多くの物語。


 巨大な機体が空を駆け、宇宙を進み、仲間を守るために必殺技を放つ。画面の向こうにしか存在しなかった英雄たちの姿に、胸を高鳴らせていた記憶。


 長い年月の中で忘れてしまった物語もある。


 だが、すべてではない。


 いまだ心の奥に残る勇姿と、その生き様。


 胸を震わせたロマン。


 ただ格好いいと目を輝かせた、あの日の思い。


 長い年月を経た今も、それらは鮮やかに蘇る。


 あの時に抱いた憧れは、消えていなかった。


「私自身が、そうなりたいと思った。あの姿で宇宙を飛び、技の名を叫びながら戦いたいと願った。その結果として、今の私があります」


 誰かに強制されたわけではない。


 効率だけを求めたわけでもない。


 ただ、自分がそうしたかった。


 それがクロにとって、何より大切な理由だった。


「始まりが、誰かへの憧れだったことは否定しません」


 クロはアヤコの手に重ねた自分の手に、ほんの少しだけ力を込めた。


「それらは、私の心を動かし、長い年月を経ても忘れることのできなかった憧れです」


 その声には、恥じる様子も、言い訳をする響きもなかった。


「今は、その憧れを自分なりの形で生きています」


 クロはそこまで語ると、アヤコの手からそっと自分の手を離した。


 ここまで話を広げるつもりはなかったのだろう。一度だけ小さく咳払いをすると、どこか気遣うような眼差しを向けているオンリーを見返した。


「話が脱線しましたね。では、残る半分の理由は何です?」


 話を強引に元へ戻したクロに、オンリーは一瞬だけ目を丸くしたものの、すぐに軽やかな笑みを浮かべた。


「そうね。では、残る半分について話しましょうか」


 オンリーはそう告げると、テーブルの上に置かれた作業端末へ視線を向けた。


「その前に、貴方が四時間でどこまで進めたのか、見せてもらえる?」


「……はい」


 ダリは緊張した面持ちで端末を操作し、制作データを表示する。


 画面に現れたのは、幾つものラフ案と、途中まで形を与えられたデザインだった。どれも未完成ではある。けれど、与えられた四時間を使い切り、必死に自分なりの答えを探していたことは十分に伝わってきた。


 オンリーは一つずつ目を通し、最後に作業履歴を確認すると、静かにダリを見た。


「理由はこれよ。完成させられなかったから」


 あまりにも端的な言葉に、ダリの肩がわずかに揺れる。


 けれど、オンリーは責めるような口調ではなく、結果を正しく伝えるように静かに続けた。


「決められた時間の中で考えをまとめ、形にして、デザインとして完成させる。それも、とても大切な力なの」


 ダリは膝の上で手を握り、真剣に耳を傾けている。


「たとえ自分が納得できていなくても、期限が来ればクライアントへ提出しなければならないことはあるわ。依頼する側にとって、こちらが何時間悩んだか、どれほど苦しんだかは関係ないもの」


 その言葉に冷たさはなかった。


 むしろ、創作を仕事として続ける厳しさを知る者だからこそ語れる、重みのある声音だった。


「もちろん、今回は少し意地悪な時間制限だったけれどね。四時間で、しかも四人分。簡単な課題ではなかったわ」


 オンリーはそこまで言うと、わずかに表情を和らげた。


「それでも、できることなら間に合わせてほしかった。完璧でなくても、自分なりの答えを一つ、形にして見せてほしかったの」


「すみません。どうしても、納得できる形にしたくて……」


 ダリは申し訳なさそうに目を伏せる。


 使える時間が少ないと分かっていても、納得できないまま手を止めることができなかった。一度、現時点での答えとしてまとめれば、形にはできたかもしれない。それでも、自分が認められないものを提出することが怖かったのだろう。


「それ自体は、悪いことではないわ」


 オンリーはすぐに否定せず、穏やかに言葉を返した。


「こだわりがなければ、良いものは作れないもの。最後まで諦めず、自分が納得できる形を探そうとしたことは評価しているわ」


 しかし、そのまま優しさだけで終わらせることはしなかった。


「でもね、世の中はそれほど甘くない。こだわり続けた結果、一つも完成させられなかったのなら、仕事としては成立しないのよ」


 ダリの表情が引き締まる。


「限られた時間の中で、どこまでこだわるのか。何を残し、何を削るのか。そして、どの時点で一つの完成形としてまとめるのか。それを判断する力も、これから身につけなければならないわ」


「……はい」


「そのことは、肝に銘じておきなさい」


 厳しい言葉ではあったが、オンリーの顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。


 見放しているのではない。


 次こそは完成させてほしい。


 その期待が、言葉の奥に確かに込められていた。


「オンリーさんは、自分が納得できない形のまま出すことはあるんっすか?」


 それまで黙って話を聞いていたエルデが、不思議そうに首を傾げる。


 エルデにとって、オンリーは何を作らせても完璧に仕上げる人物に見えているのだろう。そんなオンリーでも、期限やクライアントの都合によって、納得できない形のまま作品を出すことがあるのか。それがエルデには気になったらしい。


「いいえ。納得できないまま出すことはないわ」


 オンリーはエルデの素直な疑問を面白がるように、柔らかく笑った。


「私は自分の仕事に妥協するつもりはないわ。けれど、クライアントが求めているものと、私が目指している完成形が、いつも完全に一致するとは限らないの」


「違う時は、どうするんっすか?」


「話し合うのよ」


 オンリーは紅茶のカップへ指を添えながら、落ち着いた声音で答えた。


「相手が何を求めているのか。どうしてそれを望むのか。私が何を美しいと思い、どこまでなら相手の希望へ近づけられるのか。互いの考えを出し合って、納得できるところを探すの」


「それって、妥協じゃないんっすか?」


「場合によっては、そう見えるかもしれないわね」


 オンリーは否定することなく、わずかに目を細めた。


「でも、依頼として受けた以上、作り手の理想だけを押しつけるわけにはいかないでしょう? 着るのも、使うのも、そして最後に満足するべきなのもクライアントなのだから」


 そこで、オンリーの口元に悪戯っぽい笑みが浮かぶ。


「だから、依頼を受ける時には折り合いをつけることも必要なの。相手の希望を取り入れることは、質を落とすための妥協とは違うわ。求められた条件の中で、私自身が納得できる最高の美しさを探し出す。それもデザイナーの仕事よ」


「なるほどっす……」


 エルデは分かったような、それでいてまだ完全には理解しきれていないような表情を浮かべ、何度か頷いた。


「ただし――」


 オンリーはそこで言葉を区切り、優雅な仕草で足を組み直す。


「私自身が一からすべてをプロデュースする時は、作品の方向性について折り合いなんて一切つけないわ。今回のファッションショーのようにね」


 その笑みは美しく、そして揺るぎない。


 自らが全責任を負い、最初から最後まで作り上げるのであれば、作品の核となる方向性だけは、誰にも譲るつもりがない。


 それもまた、オンリーワンというデザイナーが貫いてきた、一つの矜持だった。

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