舞台のあとで
「クロ。トバラさんと何を話してたの?」
アヤコはそう尋ねながら、興味深そうにクロの隣へ腰を下ろした。
その間に、エメラルドはアヤコのために紅茶を用意し、静かにその前へ置く。続いて、クロのカップが空になっていることに気づくと、そのままコーヒーの用意を始めた。
「クロ様。コーヒーのお代わりはいかがいたしますか?」
「お願いします」
「かしこまりました」
エメラルドが淹れたてのコーヒーをカップへ注ぐ。
クロは礼を告げてカップを手に取ると、隣に座るアヤコへ意味ありげな笑みを向けた。
「秘密です」
「何それ?」
アヤコは納得がいかないと言いたげに眉を寄せる。
何を話していたのか、気にならないわけではない。
だが、先ほどまでトバラと楽しそうに話していたクロの表情を思い出すと、それ以上追及する気も失せたのか、小さく肩をすくめて紅茶へ口をつけた。
「まあ、いいや。それで、これからどうするの?」
「今はダリのテスト中ですので、待ちですね」
「そっか」
それから少しの間、室内には穏やかな時間が流れた。
クロはゆっくりとコーヒーを味わい、アヤコも紅茶を飲みながら、先ほどのファッションショーについて時折言葉を交わしている。
そんな中、部屋の扉が開いた。
サファイアに抱かれて戻ってきたクレアは、室内へ入った途端、すぐにクロの姿を見つけた。
次の瞬間、サファイアの腕から飛び降り、一目散にクロのもとへ駆け寄る。そのまま軽く跳び上がると、当然のように膝の上へ収まった。
そして、何かを期待するようにクロを見上げる。
その丸い瞳と、落ち着きなく揺れる尻尾を見れば、何を求めているのかは明らかだった。
「お疲れ様です、クレア。今日はよく頑張りましたね」
クロがそう言って背を撫でると、クレアは満足そうに目を細め、その手に身体を預けた。
そんなクレアの姿に、アヤコやエメラルド、サファイアも自然と頬を緩めた。
静かだった室内に、柔らかな空気が広がっていく。
そこへ今度は、勢いよく扉が開いた。
「クロねぇ! アヤコねぇ!」
飛び込むように入ってきたのは、まだ興奮の収まらないエルデだった。
その後ろからは、そんなエルデの姿を微笑ましそうに見守るダイヤモンドが静かに続いてくる。
エルデは部屋へ入るなり、真っすぐクロとアヤコのもとへ駆け寄った。
「すごかったっす! 本当にすごかったっすよ! 歩いてる時も、回った時も、皆が声を上げてくれたっす!」
ファッションショーの興奮をそのままぶつけるように、身振り手振りを交えながら次々と感想を口にしていく。
「それに服もすごかったっす! 動くたびに色が変わって見えて、自分でも何回も見ちゃったっすよ!」
「エルデ。少し落ち着いてください」
「うっす! でも、本当に楽しかったっす!」
落ち着くよう言われても、その勢いはほとんど変わらない。
アヤコは思わず笑い、ダイヤモンドも穏やかな笑みを浮かべながらエルデを見守っていた。
クレアはクロの膝の上で満足そうに背を撫でられ、エルデは止まることなく感想を話し続ける。
アヤコも時折笑いながら言葉を返し、先ほどまで静かだった室内は、あっという間に賑やかさを取り戻していった。
そうして皆でファッションショーの話をしているうちに、ダリに与えられた制限時間も、残りわずかとなっていた。
その頃になって、部屋の扉が再び開いた。
「あらあら。随分と賑やかね」
その声に、クロたちが一斉に振り向く。
戻ってきたのはオンリーだった。
今日、最初に会った時のドレスとも、先ほどランウェイでまとっていた黒と深紅の衣装とも違う。
今のオンリーが身にまとっているのは、落ち着いた意匠のドレススーツだった。先ほどまで見せていた妖艶な姿とはまた異なる、静かで洗練された美しさを漂わせている。
「お疲れ様。ありがとうね。おかげで、いいショーになったわ」
オンリーは皆へ微笑みながら礼を告げると、そのままいつものソファーへ腰を下ろした。
付き添って戻ってきたルビーは、すぐに紅茶の用意を始める。
慣れた手つきでカップを整え、香り高い紅茶を注ぐと、オンリーの前へ静かに置いた。
「どうぞ、オンリーワン様」
「ありがとう、ルビー」
オンリーは紅茶を一口味わうと、カップを手にしたままクロへ視線を向けた。
「それで、どうだった?」
クロはすぐには答えず、自分が身にまとっている赤いジャケットへ視線を落とした。
軽く身体を動かしてみる。
先ほどのランウェイでも実感した通り、動きを邪魔する感覚はない。むしろ、今まで着ていた服以上に身体へ馴染み、装備の位置も手を伸ばせば自然に届くよう計算されている。
服そのものに、不満はなかった。
問題があるとすれば、服ではなく――あの舞台だ。
クロは視線を上げると、真っすぐにオンリーを見て、正直な本音を漏らした。
「二度とごめんですね」
「あらあら」
即答だった。
オンリーが楽しそうに目を細める中、クロは少しだけ間を置いてから言葉を続けた。
「素人が、気軽に立っていい場所ではありませんよ。あれはモデルという職業の方々が、自分のすべてを懸けて戦う舞台です」
クロの声音は静かだった。
だが、その言葉に冗談はない。
「そんな場所に、何の経験もない私たちが軽い気持ちで出るのは、そこで本気で自分を磨き、舞台に立っている方々に対して失礼になると思います」
オンリーは口を挟まない。
ただ穏やかに微笑みながら、クロの言葉へ耳を傾けていた。
「なので……身内だけで見せ合うような場なら、その時は参加してもいいかなと思います」
「そう」
オンリーは小さく頷くと、嬉しそうに笑った。
「ふふふっ。やっぱりクロちゃんはいいわね」
そして、紅茶のカップを静かにテーブルへ戻す。
「どう? 本格的にモデルになる気はない?」
「ないです」
クロは迷うことなく答えた。
「私はハンターですから」
その言葉には、揺るぎないものがあった。
どれほど服を褒められても。
どれほど舞台で注目を浴びても。
クロにとって、自分が選んだ生き方は変わらない。
オンリーはそんなクロを見つめ、ますます楽しそうに目を細めていた。




