それぞれの輝き
いつも『バハムート宇宙を行く』を読んでいただき、ありがとうございます。
おかげさまで、800話を迎えることができました。
ここまで続けてこられたのも、読んでくださっている皆様のおかげです。
たくさんの感想やリアクションも、本当にありがとうございます。
いつも励みになっております。
これからもクロたちの物語をよろしくお願いいたします。
「どういうことです?」
だが、ルビーの答えを待つ間もなく、会場から再び大きな歓声が沸き起こった。
「エルデ」
クロはすぐにホロディスプレイへ視線を戻した。
そこに映っていたのは、元気いっぱいにランウェイを歩くエルデの姿だった。
歩いている途中で楽しそうにくるりと一回転し、客席へ向かって大きく手を振る。その顔には満面の笑みが浮かび、緊張している様子などまるでない。
むしろ、誰よりもこの舞台を楽しんでいるように見えた。
「これは、エルデ自身の魅力ですね」
「はい。天性の明るさが衣装と合わさり、さらにエルデ様を輝かせております」
聞こえてきた声にクロが振り返ると、そこにはクレアを抱えたサファイアが立っていた。
クレアはクロの姿を見つけた途端、サファイアの腕から軽やかに飛び降り、そのままクロの足元まで駆け寄ってくる。
クロは自然な動きでクレアを抱き上げた。
するとクレアは、当然のように定位置であるクロの肩へ収まる。
「クレア。良かったですよ」
そう声をかけると、クレアの尻尾と背中の小さな翼が勢いよく動き始めた。
言葉にしなくても、喜んでいることは十分すぎるほど伝わってくる。
クロは小さく笑い、そのままクレアと一緒にホロディスプレイへ視線を戻した。
ちょうどエルデがランウェイの先端へ到着したところだった。
エルデはそこで立ち止まることなく、軽く跳び上がる。
着地すると、今度はワンピースの裾を広げるように、くるくると回り始めた。
淡い黄色。
鮮やかな向日葵の色。
そして、角度によって一瞬だけ見える柔らかな金色。
エルデが動くたびにワンピースは表情を変え、その明るい笑顔と重なって、舞台全体をさらに華やかにしていく。
そのたびに、観客席からは大きな歓声が上がった。
だが、その熱気の中には、単なる称賛とは少し違うものも混じっている。息を呑み、思わず身を乗り出す者。衣装だけではなく、エルデ自身へ強く引きつけられている視線も少なくない。
それに気づいたクロは、わずかに眉を寄せた。
少しだけ、異様な熱気だった。
「あんなに動いて……ですが、本当によく似合っていますね。私とは違って、少し羨ましいです」
「クロ様。先ほども申し上げましたが、それは違います」
ルビーは即座に否定した。
その迷いのない言葉に、クロは不思議そうに首を傾げる。
「どうして、そこまで言い切れるんです?」
ランウェイの先端から引き返してくるエルデの姿を眺めながら尋ねると、ルビーは意味ありげな笑みを浮かべた。
「もう少しだけ、お待ちいただければおわかりになるかと」
「……教えてはくれないんですね」
「ふふっ」
ルビーはただ楽しげに微笑むだけで、結局、それ以上は答えなかった。
クロはこれ以上聞いても無駄だと判断し、再びホロディスプレイへ視線を戻す。
やがてエルデの姿がランウェイの奥へ消えると、次に現れたのはアヤコだった。
その瞬間、観客席のあちこちから驚きの声が上がる。
「おお……」
「可愛い!」
そんな声が次々と広がり、会場を包み込んでいった。
ランウェイへ一歩足を踏み出したアヤコは、そこで一瞬だけ動きを止めた。
目の前に広がる無数の観客。
自分へ向けられる視線。
逃げ出したい気持ちが、再び胸の奥から込み上げてくる。
けれど、ここまで来たのだ。
アヤコは小さく息を吸うと、勇気を振り絞るように一歩を踏み出した。
そして、もう一歩。
ゆっくりと歩き始めた、その時だった。
変化が現れる。
一歩進むたびに、それまでの緊張が少しずつ薄れていく。
代わりに、どこか気品を感じさせる空気が、アヤコの周囲へふわりと漂い始めた。
背筋が伸びる。
視線が上がる。
歩幅は決して大きくない。けれど、ティアラを戴き、桜色のドレスをまとって進むその姿には、先ほどまでの少女らしい緊張とは違うものが宿り始めていた。
それに気づいた観客たちの反応も、少しずつ変わっていく。
最初に上がっていたのは、愛らしい少女へ向ける素直な歓声だった。
けれど今、その声の響きも変わり始めている。
まるで、本物の姫が目の前へ姿を現したことを歓迎するような、喜びに満ちた声へと変わっていた。
「これは……」
クロが思わず呟く。
「さすがでございます。アヤコ様」
「アヤコねぇ! 本当に姫様っす!」
聞こえてきたダイヤモンドの感嘆と、興奮を隠せないエルデの声に、クロは振り返った。
「エルデ。静かに」
「うっす」
注意されたエルデは、周囲が静かに見守っていることに気づき、慌てて両手で口を押さえた。
その様子に、ダイヤモンドはわずかに微笑みながらも、視線はホロディスプレイへ向けたままだった。
「まるで、王家の気品をまとわれたかのような歩み。さすがでございます」
その評価を聞き、クロは改めてアヤコの姿を見つめる。
ランウェイの先端へ到着したアヤコは、そこで静かに立ち止まった。
そして、観客へ向かって深く一礼する。
顔を上げた時、その表情には少しだけ照れたような笑みが浮かんでいた。
その瞬間。
会場から、ひときわ大きな声が上がる。
(帝国の血を引いているからなのでしょうか?)
クロは内心で考える。
特別な振る舞いを教えられているようには見えない。それなのに、今のアヤコからは、どこか自然な気品が感じられた。
(血筋というものは、こういうところにも現れるのでしょうか……)
少し困惑しながら、クロはランウェイを戻っていくアヤコを見送った。
もっとも、最後の方になると緊張から解放されたい気持ちが勝ったのか、歩みが少しだけ速くなっていたが。
「やはり、私は……」
嫌々ながらも参加したファッションショー。
クレア、エルデ、そしてアヤコ。
三人は、それぞれ違った形の歓声に包まれていた。
それに比べて、自分の時はまるで正反対だった。
クロは小さく息を吐き、ルビーへちらりと視線を向ける。
その視線に気づいたルビーは、何も言わずに小さく頷いた。
その瞬間。
ランウェイの照明が一斉に落ちた。
それまで明るく照らされていた舞台が暗闇に沈み、中央だけを一本のスポットライトが静かに照らし出す。
「ふう~~~。緊張したよ。もうこりごり」
その声に振り返ると、ランウェイから戻ってきたアヤコと、その隣を歩くエメラルドの姿があった。
「いいえ。とても優雅で、気品に満ちた歩みでございました」
「本当? 最後、ちょっと早歩きになったけど……」
「それも含め、アヤコ様らしい魅力でございます」
エメラルドの答えに、アヤコは少し困ったように笑った。
そこへ、クロがわずかに口元を緩める。
「さすがでしたね。お姫様」
少しからかうような声音だった。
だが、アヤコは照れたように頬を赤くしながらも、今度は逃げることなく、その言葉を真正面から受け止める。
「今は私、お姫様だからね。良かったでしょ? ノーブル姉さんの真似をしてみたんだ」
からかうつもりだった言葉を、あっさりと打ち返された。
クロは少しだけ目を瞬かせた後、素直に頷く。
「ええ。素敵でした」
「ありがと!」
アヤコが嬉しそうに笑う。
その時、暗闇に沈んだ会場から、ざわめきがゆっくりと消えていった。
「クロ様」
ルビーの声が静かに響く。
クロが振り向くと、ルビーはランウェイを映すホロディスプレイへ視線を向けていた。
「クロ様が抱かれている疑問。その答えが、今、おわかりになるかと」
「答え……?」
ルビーの視線につられるように、クロもホロディスプレイを見る。
そこには、暗く落とされた舞台。
中央を照らす、一本のスポットライト。
そして、その光の中を――桜の花弁が、ひらひらと舞い始めていた。
クロは、息を呑んだ。




