黒バラ姫のランウェイ
オンリーに促されると、ルビーがクロの傍までやってきた。
そして、ランウェイへ送り出す前の最終確認を始める。ジャケットの位置を整え、襟や袖のわずかなずれまで丁寧に直していくと、端末、ビームガン、ビームソードを、それぞれ専用のホルダーやマウントへ取り付け、クロが自然に手を伸ばせる位置へ細かく調節していった。
「クロ様。右手側の通路からステージへ出られましたら、そのまま普段通りにお歩きください。そして、ランウェイの先端で少しポーズをお願いいたします」
「ポーズって、どうしろと……」
「クロ様のお好きなように」
「それが一番困るんですが……」
だが、ルビーは答えなかった。
にこやかに微笑むとクロの後ろへ回り、その背中を軽く押す。
「いってらっしゃいませ」
「ちょっ――」
押し出されるように、クロはランウェイへ足を踏み出した。
その瞬間。
先ほどまで熱気に包まれていた観客席の空気が、すっと冷えたように感じられた。
歓声が止まり、無数の視線が一斉にクロへ集まる。
(そりゃそうだよな。だって俺、ほとんど普段の姿だし)
クロは内心でため息を吐きながら、とりあえず言われた通りに歩き始めた。
黒いTシャツ。
赤いジャケット。
青いボトムス。
いつもの自分と、ほとんど変わらない色合い。
クロ自身にはそう見えていた。
だが、足を進めるたびに、客席のカメラや周囲を飛ぶドローンカメラが、執拗なほどクロの姿を追い続ける。
正面から。
横から。
足元から。
そして、次第に観客席のあちこちから、小さなざわめきが広がり始めていた。
(ええい。俺のせいじゃない!)
そのざわめきを受け、クロはわずかに歩く速度を上げた。
早く終わらせたい。
その一心で歩き続け、ランウェイの先端までたどり着き、そして、そこで気づいた。
(……ポーズ)
ルビーに言われた言葉を思い出す。
だが、そんなものをクロが知っているはずもない。
少しだけ考えた末、クロは腰のホルダーへ手を伸ばした。
次の瞬間、ビームソードを抜き放つ。
刃を発生させることなく、目の前に仮想の敵を想像し、一歩踏み込みながら横薙ぎの軌道を描いた。
ジャケットの裾が鋭く翻り、赤い布が軌跡を描く。
その動きから止まることなく、今度はビームソードを素早く戻しながら、反対の手がジャケットのガンホルダーへ伸びた。
ビームガンを瞬時に引き抜く。
そして、とどめと言わんばかりに、仮想の敵の心臓へ銃口を向けた。
そのまま、実際に一射を放ったように見えるほど自然な動きで、引き金を引く真似をする。
もちろん、本当に撃ったわけではない。
だが、迷いのない動作と鋭い視線は、そこに本当に敵が存在しているかのようだった。
クロはすぐにビームガンをホルダーへ戻す。
(これで終わり)
軽く息を吐き、踵を返した。
あとは再びランウェイを歩き、そのまま舞台裏へと戻っていく。
そして、出迎えるように待っていたルビーの姿を見つけると、クロは疲れたように小さく息を吐いた。
「やっぱり処刑場じゃないですか……」
だが、ルビーの反応はクロの予想とはまったく違っていた。
普段の落ち着いた表情はどこへやら。
目を輝かせ、興奮を隠そうともせずにクロへ駆け寄ってくる。
「素晴らしかったです! さすが黒バラ姫!」
「はい?」
クロは何を言われているのかわからず、きょとんと目を瞬かせた。
「お次はクレア様でございます。こちらから様子をご覧いただけますので、どうぞ」
ルビーに案内され、クロはランウェイ全体の様子を確認できる、舞台裏のコントロールルームへと向かった。
扉をくぐった瞬間、外から響く大きな歓声が耳に届く。
室内にはいくつものホロディスプレイが浮かび、それぞれ異なる角度から、ランウェイを歩くクレアの姿を映し出していた。
「私の時とは違って、大歓声ですね」
「あら? クロ様の時も、十分に凄かったですよ」
ルビーの言葉を聞きながら、クロはホロディスプレイに映るクレアの可愛らしい姿を眺め、軽くため息を吐いた。
画面の中では、クレアが小さな身体で堂々とランウェイを歩いている。
黒を基調とした小さな紳士服。
頭には角を模した帽子。
背中では小さな翼が歩みに合わせて揺れ、尻尾に結ばれたリボンも楽しげに踊っていた。
やがて、クレアはランウェイの先端へ辿り着く。
そこで一度立ち止まり、観客へ姿を見せるように、その場でゆっくりと一回りした。
そして次の瞬間、小さな身体がふわりと宙へ跳ね上がる。
空中でくるりと一回転。
その動きに合わせて背中の翼も大きく広がるように揺れ、クレアは軽やかに着地した。
その瞬間、会場全体を包み込むような大歓声が沸き起こった。
「ほら。私の時は、こんな歓声ありませんでしたよ」
クロはどこか納得したように言う。
しかし、ルビーは静かに首を横へ振った。
「クロ様。どうやら、大きな勘違いをなさっております」
「勘違い?」
「はい。歓声が上がらないことと、不評であることは、まったく同じではございません」
ルビーは、きっぱりと言い切った。




