舞台裏の黒バラ姫
『バハムート宇宙を行く ノアの歩み』を更新しました。
更新が遅くなってしまい、申し訳ございません。
よろしくお願いいたします。
クロはランウェイの舞台裏へと連れてこられた。
そこでの自分の存在は、明らかに浮いている。少なくとも、クロ自身にはそう感じられた。
身にまとっているのは、機能美をコンセプトとしたアセンダンスシリーズ。だが、クロ自身にはそれを着こなしている実感がまるでなかった。
少し居心地が悪い。
なぜなら、周囲にいるモデルたちは、明らかに違っていた。
彼女たちは、最先端を行くデザインで身を武装し、メイクという戦闘服で表情を整え、観客という視線の戦場へ堂々と歩いていく者たちだった。
視線という攻撃を真正面から受けても、怯まない。歓声も、ざわめきも、評価も、すべてを受け止めながら、ただ前へ進む。背筋を伸ばし、顎を引き、足音一つに意味を持たせる。
それは、クロが知る戦いとはまったく違う。だが、間違いなく戦場だった。
「地獄じゃないですか」
ぽつりと漏れたクロの声に、隣に控えていたルビーが優雅に微笑む。
「いいえ、クロ様。ここは舞台でございます」
「私には処刑場に見えます」
クロは改めて自分の姿を見下ろし、小さくため息を吐いた。
ドレスを着た時のような華やかなメイクとは違い、今回はあくまでナチュラルに仕上げられている。そのせいか、周囲のモデルたちと比べると、自分だけがどこか控えめで、場に馴染めていないように思えた。
「ご安心ください。処刑されるのではなく、魅せる側でございます」
「余計に怖いです」
クロの愚痴に、ルビーはにこやかに答える。
その余裕が、さらにクロの不安を煽った。
「場違いすぎますよ。私には」
その声の端には、隠しきれない心細さが滲んでいた。
だが、本人は気づいていない。
クロがモデルたちを見ているように、モデルたちもまた、クロを見ているということに。
「あれが黒バラ姫……」
「あの黒髪……羨ましいほど艶がある」
「自然な佇まいが、もう美しいわ」
「さすが、オンリーワン様が認められた方ね」
小さな囁きが、ランウェイ裏の空気に溶けていく。
それは嘲笑ではない。
好奇の目でも、値踏みでもない。
純粋な感嘆と、わずかな憧れ。
モデルたちの視線に宿っていたのは、クロ自身が抱いている不安とはまったく違うものだった。
クロは、自分がただ衣装を着せられているだけだと思っている。
だが、その自然な立ち姿。余計な力の入っていない肩。光を吸い込むような黒髪と、赤いジャケットが作る鮮烈な対比。
それらは、彼女が意識していないからこそ、かえって強く目を引いていた。
そんなことを噂されているとは知らぬまま、クロは舞台へ次々と向かっていくモデルたちを、どこか眩しそうに見つめていた。
「……皆さん、すごいですね」
クロはぽつりと呟く。
その声には、場違いな場所に放り込まれたような心細さがにじんでいた。
ルビーはその横顔を見つめ、静かに微笑む。
「クロ様も、十分に」
「え?」
聞き返そうとルビーへ顔を向けたクロの視界に、別の一団が映り込んだ。
クレアたちだ。
サファイアを先頭に、クレアとメイドたちがこちらへ歩いてくる。その姿は、先ほどまでとはまるで違っていた。
「お待たせいたしました」
代表して、サファイアが静かに声をかける。
「待ってはいませんが……随分と変わりましたね、皆さん」
そう言いながら、クロはまずクレアへ視線を向けた。
今まで見たことがないほど、毛艶が整っている。
光を受けた黒い毛並みは柔らかく、深い夜のような色を帯びていた。頭部には、小さな角を模した帽子。黒を基調とした小さな紳士服に、ピンクの蝶ネクタイ。
さらに背中には、どこかバハムートを思わせる小さな翼が添えられている。
尻尾には、控えめなリボン。
可愛らしさと凛々しさが同居した、不思議な装いだった。
「クレア様には、オンリーワン様より賜りました『ドラゴンの友』というコンセプトをもとに、仕立てたお洋服をお召しいただいております」
サファイアが誇らしげに説明する。
クレアはサファイアにそっと床へ下ろされると、クロに見せるように歩き出した。
正面で止まり、斜めを向き、くるりと向きを変える。
小さな身体で、さまざまな角度から衣装を見せるように動く姿は、まるで自分も立派なモデルだと言っているようだった。
「可愛いですね。クレアにぴったりです」
クロに褒められた瞬間、クレアの尻尾が大きく揺れた。
すると、それに合わせるように背中の小さな翼もふわりと動く。
リボンが揺れ、蝶ネクタイが小さく跳ねる。
クレアは得意げに胸を張り、もう一度くるりと回ってみせた。
「……凝ったギミックですね」
クロは思わず感心したように呟く。
その横で、サファイアは静かに目を細めた。
「はい。クレア様の愛らしさを損なわず、動きに合わせて翼が揺れるよう調整しております。尻尾の動きと連動することで、感情の表現もより豊かに見える仕様でございます」
「なるほど……」
クロは納得したように頷きながら、クレアを見る。
尻尾と翼、そして誇らしげに上がった顔だけで、十分すぎるほど気持ちを伝えていた。
可愛いと言われて嬉しい。
クロに見てもらえて嬉しい。
その感情が、小さな身体いっぱいにあふれている。
クロは目元を少しだけ和らげ、そっとクレアを抱き上げる。
「本当に、よく似合っていますよ」
その言葉に、クレアはさらに胸を張った。




