進化と機能と美
「今回のコンセプトは、機能美でございます」
ルビーとメイドたちの満足そうな笑みに、クロは目を見開いた。
鏡に映る姿は、いつも着ているワイルズシリーズに近い。だが、同じではない。むしろ、似ているからこそ違いが際立っていた。
フードはなくなり、襟は少し厚めに仕立てられている。首元を守りながらも顔立ちを隠さず、黒髪の流れを邪魔しない形。以前よりも薄く見えるジャケットは、体の線に沿いながらも動きを妨げない。
両脇にはガンホルダー。さらに裾の裏側にも、予備の装備を隠せるような仕掛けが施されていた。
外から見れば装飾にしか見えない縫い目や切り返しも、よく見ればすべてが収納と可動域を考えて配置されている。
そして、一番違うのは材質だった。
軽い。それなのに、頼りない薄さではない。
指先で触れると、布のように柔らかく、けれど奥には確かな芯がある。しなやかで、滑らかで、クロがどれほど激しく動いても、その動きを邪魔する気配がまるでない。
「今回は、ハンター様向けの高級ライン『アセンダンスシリーズ』となっております」
ルビーは誇らしげに説明を始めた。
「クロ様がいつもお召しになっているワイルズシリーズとスネークシリーズを参考に、我がユアオンリーが再設計いたしました。素材も、最新技術も、各種機能も。盛り込めるものは、すべて盛り込ませていただいております。こちらは、その中でもクロ様専用に仕立てた最高級モデルでございます」
「ワイルズシリーズやスネークシリーズって、他社のブランドじゃ?」
クロは鏡越しに、じとっとした目をルビーへ向けた。
その視線は、まるで「パクったのでは」と言わんばかりの疑いに満ちている。
だが、ルビーは微塵も動じない。むしろ、何も問題はないと言わんばかりに、優雅に一礼した。
「ご安心ください。正式な許諾はいただいております。ノウハウを共有し、相互に提供する契約のもと制作しておりますので」
「そこまでしますか」
一着のためにそこまで契約を結ぶオンリーに、クロは呆れたように呟いた。
だが、ルビーは当然のように頷く。
「はい。それに加え、先方の会社には我がユアオンリーの一部デザインを使用できる権利も提供しております。ですので、採算だけを見れば、こちらの方が少々譲歩した契約でございます」
「……そうですか」
そこまでの覚悟を持っていたことに、クロは呆れを通り越し、少しだけ笑ってしまう。
そして、自分の服へ視線を戻した。
そこまでして仕立てられたアセンダンスシリーズの自分専用モデルを、もう一度確かめるように鏡で見返す。肩を回し、拳を軽く突き出し、屈伸し、短く跳んでみる。
どの動きにも、引っかかりはない。
「ボトムスや手袋、シューズも軽くてしなやかですね」
その言葉に、控えていたメイドたちの顔がほころぶ。
ルビーも嬉しそうに微笑み、さらに説明を続けた。
「ボトムスには、端末を装着するための専用ホルダーを備えております。さらに、各種ビームソードを取り付け可能なホルダーもございます。腰にはマルチマウント式のホルダーを標準で組み込んでおりますので、状況や利き腕に合わせて位置を変更することも可能でございます」
「ベルトをしないと重みでずり落ちそうですね」
クロは苦笑しつつ、各ホルダーの位置を切り替えたり、装着角度を調整したりして試していく。
端末の位置。ビームソードの抜きやすさ。予備装備を隠す角度。
どれも、思った以上に自然だった。
「そこはご心配なく」
ルビーは静かに胸を張る。
「身につけていただいているインナーとスパッツには、ジャケットとボトムスの位置を固定する装置を組み込んでおります。激しい戦闘行動や跳躍、姿勢変化を行っても、衣装全体がずれることはございません」
「……そこまで」
「はい。戦闘時にズボンがずり落ちて死んだ、では話になりませんので」
真面目に説明するルビーの言葉に、クロはその姿を想像してしまった。
着地した瞬間にずり落ちるボトムス。慌てて押さえるハンター。その隙に、敵の銃口が無情にも向けられる。
あまりにも間抜けで、そして嫌すぎる最期。
「それは……恥ずかしいですね」
「はい。ですので、万が一のために組み込ませていただいております」
「わかりました」
クロはそう言うと、もう一度、鏡の中の自分を見る。
いつもの赤いジャケットに、黒いTシャツ。青いボトムス。
マスクはなくなった。それでも、そこには見慣れたクロの姿がある。
ただ、いつもより少しだけ洗練され、少しだけ隙がない。
「では、行きますか」
「お待ちください」
移動しようとしたクロの肩を、ルビーがそっと掴んで止めた。
そして、指を軽く鳴らす。
その瞬間、メイドたちはすぐさま椅子を用意した。さらに、ルビーが鏡の一部を押すと、そこからメイク台が静かに現れる。
開いた壁の奥には、大量のメイク道具と美容品。
筆、パフ、色とりどりの小瓶、香りのよいクリーム。整然と並べられたそれらは、まるで武器庫のような迫力を持っていた。
「まだ、でございます」
「……はい」
クロは、すべてを悟ったように大人しく椅子へ座った。
逃げられない。
いや、逃げても無駄だ。
そんな諦めに近い感情を胸に、クロは鏡の中の自分を見つめる。
ルビーの手が、そっとクロの髪へ触れた。
次に、頬へ。
肌の状態を確かめ、光の当たり方を見極める。その所作は静かで、丁寧で、けれど迷いがない。
「ふふふっ……本当に、お美しい」
ルビーはクロをどう仕上げるべきか思案しながら、うっとりと呟いた。
だが、その手つきは少しも乱れない。
美しさを見つけた職人の目。仕上げるべき素材を前にした、確かな熱。その両方を向けられ、クロは何も言えなくなった。
ただ、鏡の中で少しずつ変わっていく自分を、黙って見つめるしかなかった。




